第三十一話 アルカナ・アナクラ 2/3
「俺にそれを聞くのか?」
「お前の考えをお前の口から聞く。その後で俺は決める事にした。オフクロの決めた事に素直に従える程、俺は大人じゃないんでね」
ニームはたまらずエスカの袖を引っ張った。
「いったい何の話をしているのだ、エスカ?」
だが、エスカはそっとニームの頭を撫でただけだった。
「今は聞くな」
エスカは短くそれだけ言うと、大きく息を吸い込んだ。
「では答えよう」
そこに集まっている全員が息を殺してエスカに注目した。
「俺が知るか」
エスカのその言葉に、海賊達はお互いに顔を見合わせた。だが、騒ぎが起こる前にエスカは続けた。
「そんなものは、お前達がお前達自身で見つけるもんだろ?与えられる事がお前達の生き方なのか?違うだろ?」
エスカの言葉に、ざわめき始めていた海賊達は再び静かになった。
「戦争が終わったら、また略奪の海賊に戻るつもりか?それともお前達は俺のお墨付きでも欲しいのか?どっちも違うだろ?」
エスカはそこまで言うと、アルカナと目を合わせた。海賊の首領は、無言でエスカの次の言葉を待っていた。エスカは残りの言葉をアルカナに向かって告げた。
「だったら、お前達がやる事は一つ。やるべき事をやれ。そうすれば戦争は終わる。戦争が終わればお前達は自分たちが次にする事を理解できるはずだ。その時、もしもまだ俺が生きていたら、お前達が向かおうとする道先を少しだけ見せてやれるかもしれない。俺に出来るのはそこまでだ」
ニームはエスカの話す言葉を、ぼんやりと聞いていた。
「だからその先が見たい奴だけでいい、俺を信じて生き抜いて見せろ。細々としたつまらん話はそれからだろ?」
ドライアドの少将が、海賊を相手に何を言っているのだろう?これはまるで……
「だったら見せてもらおうじゃねえか」
これはアルカナだった。部下である海賊達に向かって放った言葉だ。
「野郎ども、こんなもんでどうだ?」
すっかり柄の悪い言葉遣いになったアルカナがそう呼びかけると、静まりかえっていた甲板が急に賑やかな市場のような喧噪に包まれた。
「この男、エスカ・ペトルウシュカは、俺が出した嫌がらせの招待状を無視することなく、短時間で合法的に公爵になって正々堂々と現れやがった」
アルカナの言葉にうなずく者、隣となにやらお互い話し出す者等、思い思いではあったが、彼らはエスカが甲板に現れてから初めて自らの意見を表現していた。
「俺の意見を一応言っとく」
ひときわ大きな声でアルカナが叫んだ。
「俺はこいつに付く。オフクロに従うわけじゃねえぞ。俺が俺の目でこいつを見て俺の頭で考え、俺の意志で決めた!」
その言葉に、『黒のアナクラ』の旗艦オイアーヴの甲板は怒号に包まれた。怒りでも批難でもない、彼らはアルカナの言葉に賛意を表していたのだ。
「俺も付く」
「俺もだ」
「最初から俺は首領に付く事にしてた」
「バカヤロウ、自分で判断しろって言われたのを忘れたのかよ」
「そうだ、その為に俺達全員ここに集まったんだろうが?」
「うるせえ、このやろう!だから俺は自分の意志で首領に付く事に決めてたんだよ!」
「首領が認めたんなら俺も同じだ」
「よし、俺も」
アルカナは部下達の賛意の怒声にしばらく耳を傾けていたが、エスカに向き直ると元の穏やかな微笑を浮かべた。
「まあ、こんなものじゃないかな?」
そしてエスカに目配せをすると、腰にさした細身の片手剣を天に向かって突き上げた。
「よし、わかった。だったらお前ら、その目をおっ広げてよーく見ておけ」
アルカナは言うが早いが肩に羽織っていただけの装飾過多な船長服を脱ぐと、エスカの後ろに回ってそれを羽織らせた。
怪訝な顔のエスカに、アルカナはさらなる行動に出た。手に持っていた剣の上下を持ち変えると、柄の方を差し出したのである。
「誓え」
アルカナはそう言うとその場で片膝を突いた。それが合図のようにざわめいていた甲板が再び静まりかえった。
ニームは次の瞬間、我が目を疑った。なんと甲板にいた乗組員全員が、アルカナと同じように一斉に片膝を突いたのだ。
「ここで誓え、エスカ・ペトルウシュカ」
アルカナは部下達を満足げに見渡すと改めてそう言った。
「細けえ事はいい。ただ、こう言ってくれ。俺達を決して裏切らないと」
エスカはためらうことなく差し出されたアルカナの剣の柄を摑むと、その切っ先を黒く染め抜いた海蛇のスタンセイルに向けた。
「お前達のクレストに誓おう。このエスカ・ペトルウシュカ、アルカナ・アナクラとその仲間を、我が生涯の友とする事を」
それはエスカがアナクラの首領になった瞬間であった。
ニームはただ、あっけにとられてエスカを見上げているだけであった。
海賊アルカナ・アナクラとエスカがこの時接触した事は、ほぼ間違い無い事実である。しかしながら残念な事に、その時の会見の内容はドライアド側には一切残っていない。
ただ、アナクラの乗組員の口伝として、二人のやりとりが物語として伝わっているのみである。
それによると「黒のアナクラ」と名乗る海賊アナクラのアルカナ部隊は、ペシカレフの大葬参列の為の船団に一切手を出すことなく海蛇のスタンセイルを下ろすと、そのままエッダまで同行したという。
商船を装った船団は、しかしエッダに上陸することなく南へと船首を向けたのだ。
その際、ドライアド側の人間からは何も詳しい話は聞けなかったという。
ただ一人、エスカ・ペトルウシュカをのぞいて。
エスカはグェルダンに戻ると、事務官であるフェルンに対し、開口一番こう言ったという。
「いやあ、何だかよくわからないが、奴らはどうやら道に迷ったみたいで、エッダまでの案内を頼まれちまった」
そう言って笑う上機嫌のエスカとは対照的に、ニームは青ざめた顔でエスカに抱かれ、ぐったりとしていた。
心配顔でやってきたジナイーダとリンゼルリッヒに意識のないニームを預けると、エスカは「大丈夫だ、船酔いして眠ってるだけだ」と言って目配せをした。
「部屋で休ませてやってくれ」
ジナイーダとリンゼルリッヒは顔を見合わせた。
それはそうだ。エスカが平気なのに、ニームが船酔いをするなど信じられなかったのだ。
もちろんそれには訳がある。
話を遡ろう。オイアーヴの甲板で起こった出来事は、少なくともニームにとっては人生の一大事となったのだ。
海賊達から首領としての承認を受けたエスカは、そこでアルカナにある事実を告げられた。アルカナの言う「エスカを呼び出した二つ目の目的」を聞いた時の事である。
「実は、これは冗談でも何でもないんだが、オフクロからはお前の側に居るバードを始末するように命令されてる」
冗談めかした口調ではない。それはエスカだけでなくニームにもわかった。
アルカナとエスカが何かの縁でつながっている事はすでに理解していた。それはエスカを調べ上げても出てこなかった新事実である。だからこそ生じた疑惑と疑問で考えがまとまっていなかっただけに、アルカナのその言葉でニームの混乱は頂点を極めた。
大きな目をさらに大きく見開いたニームを見て、エスカはその小さな肩にそっと手を置いた。
エスカは険しい表情でアナクラに問いかけた。
「確かにサララ・アナクラがそう言ったのか?」
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