第四十二話 アキラ・アモウル・エウテルペ 3/3
「兵に罪はない。隊長ですら気の毒な存在さ。どう考えても問題は功を焦った幕僚の一人にあるようだ。別隊との合流・業務交代の為の駐留、それも隠密のはずなのに中隊長の許しを得ずに独断で要らぬ事をした罪は重い。ましてや戦術的に貴重な比較的高位のルーナーを含む数名の部下を失っている。とはいえ件の副官は軍幹部の人間のバカ息子だから、おそらく全責任は指揮官に行くだろう」
「部隊の指揮官は一体誰だい?」
「グラニィ・ゲイツ中佐だ」
「ゲイツか。確か近衛部隊では若手で一目置かれていた戦術家だと聞いたことがあるが」
「人物としても得がたいよ。今回も部下の尻ぬぐいをしてやるほどのね。子爵家の三男で家督を継ぐのは望み薄のようだが、軍では頭角を現しているし、上層部の連中も一目置いてはいる。だが、今回は尻ぬぐいでおとがめなしというわけにはいかないだろう」
「誰の尻ぬぐいだって? いったいその間抜けな幕僚ってのは誰だい?」
「ザワデス大尉だ。ノガル・ザワデス」
「ザワデスか。聞いた事があるな」
「ザワデスはザワデス中将の息子だよ。たいした能力もないのに親の七光りでやけに速く昇進している典型的なドライアド的小物軍人さ。早く出世させてやりたい親が考えたのがスプリガンに出向させて小さな手柄をいくつか挙げさせた上で、佐官として軍中央の幕僚として呼び返す筋書きだ。見え見え過ぎてあきれてモノも言えない」
「爵位を買えるほどの金はないから軍での地位を振りかざす小物中の小物のザワデス中将か。自分だけでなく子供まで使ってドライアド軍の中枢を無能化したいのかね? ある意味売国奴だぞ、エウテルペ大佐!」
アキラはそれには答えずビールをまた一気に空けた。
「で?」
ミリアはアキラが入ってきてからほとんど手を付けていないジャガイモをつつきながら訊ねた。
「ゲイツの最終処分は?」
「さっき、とりあえず謹慎を申し渡したところだ。さすがに今回は降格しかねない」
「ふん。それで?」
「ゲイツ中佐をなんとか救う理由を考えているところだ」
「ほう?」
「だから現場で既に相当の懲罰を受けた、という理由を付けてみた」
「軍高官の馬鹿息子は、三男とはいえ貴族である上官に劣等感を持っていたってところかな。ウーモスで偶然ル=キリアの小隊を見つけて、自分の実力とやらを誇示できる格好の機会だと舞い上がったということか。どちらにしろ統率が命の秘密部隊にそんな腐った蜜柑が紛れ込んでるのは由々しき問題だね」
「それがわかっているから、穏便に済ませようと考えている。ゲイツ中佐に関する報告書には総司令として一言上申を入れておくつもりだから運が良ければ階級は現状維持って事で済むかも知れないがな」
「ふむ。確かゲイツにはこれと言った妙な後ろ盾は無かったはずだな」
「そうだな。ゲイツ子爵は政治力を持たない。だからゲイツ自身に基本的な実力が備わっているという事だ。大した後ろ盾がなく中佐までこぎ着けている。スプリガンの中隊長はさすがに名前だけの中佐ではつとまらんよ。ただし、履歴を調べるとどうにも参謀に恵まれていないようだがな」
ミリアは腕を組むと天井を見上げて数秒間そのままの姿勢で何かを考えていたが、唐突にアキラに向かって身を乗り出した。
「謹慎後の処分は?」
「まあ、少なくともスプリガンの司令は更迭だな。さらに減給の上訓告というところが上も納得できる落としどころかな」
「手緩い」
「ん?」
「精鋭部隊たるスプリガンの兵士、しかも貴重な高位ルーナーをも失うとは、極めて重大な失策だ。部下の独断によるものとは言えそれを統括できない中隊長こそが全責任を負うべきだろう。よってふさわしい処罰は二階級……準佐に降格。もちろん減俸の上、本国のどこか辺境の警備部隊に肩書き無しの指揮官付き部下にでも配属して窓際族の名簿に加えておこう。それくらいはアキラの裁量で決定できるだろ?」
アキラはミリアの目を見た。皆まで言わせるな、というミリアの表情はアキラにはすぐにわかった。
(……なるほどな)
「ふん、それもよかろう」
「あとは、まあ、物事のわかった軍の実力者がそれなりに適当な配慮をしてくれるんじゃないか? たとえばどこかの元王国の島国の駐留軍付きなんていう閑職で冷や飯を喰らわせるとか、ね」
ミリアはそういうとにっこり笑って目配せをした。
「わかった。そうしよう」
アキラはミリアの一言で彼の思惑を充分理解した。
ギリギリ軍規の許容範囲ながら傍目にはやや重すぎるとも言えるこの処分はグラニィ・ゲイツを将来のコマとして使うための布石であった。
もっともミリアにとっては自分の直接のコマというわけではない。それはもう少し大局を見たものであろう。
「続けてくれ。ユグセル中将達の遺体はどうなった?」
「ゲイツの判断で、その場で荼毘に付したそうだ」
「そうか、遅かったか」
「遅かった?」
「いや、こっちの話だ。それで?」
「そもそも公式にはもう居ないとされている人間だからな。シルフィードに送り返す訳にもいくまい?」
「そうだな。だが、実に残念だ」
「残念?」
「ファルンガ領主のユグセル公爵とはぜひ一度会って話をしてみたかった。こっちの準備が一段落付いた後にでも出向こうと思っていたんだけど、こうなると早く行動しておくべきだったと心底悔やまれるよ」
アキラはミリアの言葉を額面通り受け取っていいものかを思案しているかのように少し間をあけてから訊ねてみた。
「あの『白面の悪魔』がこちら側につくとでも?」
ミリアは苦しそうに笑って見せた。
「いや、どうだろうね。噂ではシルフィードという国家に身も心も捧げているような粉骨砕身ぶりたから、ボクの話に耳を傾けてくれたかどうかははなはだ疑問だけどね。それ相応の正義がボクにあればまた違うんだろうね。そんなことよりボクはただ……」
「ただ?」
「会って確かめたいことがひとつあったんだ……」
「何をだ?」
アキラの問いに今度はミリアが少し軽い苦笑をして見せた。
「なあに、本当に個人的な事さ。シルフィードにはちょっと尋ね人があってね。かつてキャンタビレイ家の食客だったと言う彼女なら知っているかと思っただけだよ」
「お前が尋ね人とは興味をそそられるな。こちらの情報網で探してやろうか? それくらいの事は今の俺なら可能だ」
「いや……」
それには及ばないと言った風にミリアは手を小さく挙げて掌をアキラに見せた。
「本当につまらない事さ。そもそもまだ何もわかってやしなかった子供の頃の、ぼんやりした記憶しか手がかりはないんだから」
アキラはそういうミリアの曇った顔を見やると、その件についてはそれ以上言及しなかった。彼は今のようにミリアが時折見せる妙に人間くさい面が少し気になっていた。的確な政情判断と時代に対する卓越した洞察力で何年にもわたる戦略を編んでいる凍った湖の様に沈着冷静なミリアこそがアキラにとってのあらまほしきミリアの姿であり、今のように時折見せる矮小な人間的側面はミリア自身が長年にわたって築き上げている壮大な戦略に小さくはない綻びを生じさせる原因になるのではないかと密かに恐れていた。
「すまない。話の腰を折ってしまったね。そのほかに情報は? ル=キリアに随行していたそのルーナーというのも気になるな。戦力の大小という問題以前にル=キリアの部隊の特性を考えると機動力にまったく欠けるルーナーの同道など相容れない組み合わせじゃないか?」
アキラはうなずいた。同意する、という意味だ。
「ル=キリアを追いかけていた中隊は小競り合いの末結局彼らにまかれ、増援の中隊が駆けつけてようやく探し当てたときには全員が例のアロゲリクの渓にある庵とやらの近くで死体になっていたというのが事の全てなんだが……。ルーナーについてはまだ若いデュナンだったということしかわかっていないな。ウーモスでル=キリアの急襲に失敗したのはそのルーナーに妨害されたからだという情報もあるから、随行していた仲間である事は間違いないようだな」
「ザルカバード対策のつもりだったのかな」
「それはわからん……。それから死体はどれも後ろから剣で心臓を一突きにされていたそうだ」
「後ろから一突きか……。ところで彼らの遺品などはどうなっている?」
「全て遺体と一緒に焼いたらしい」
「おいおい……」
ミリアはさすがに呆れたという顔でアキラを批難するように両手を広げて見せた。アキラは片手を上げてそれを制すると弁解した。
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