第四十二話 アキラ・アモウル・エウテルペ 4/6
「すまん。でもそれはゲイツ中佐の指示ではなく、その場に居合わせた正教会の司祭だか司教の指示で仕方なく従ったそうだ」
「正教会だって?」
ミリアは眉をひそめて見せた。
「現場の近くに山ごもりの修行用の庵があるそうで、騒ぎに何事かと偶然顔を出したその司祭だか司教だか神官だかが死体の扱いについてグラニィに指示をしたという事のようだな」
「司祭だか司教だか神官だかって」
「それも突っ込むな。一目で高位にあるものだとわかる服装をしていたそうだ」
「いや、それは理由にならないだろう?」
「そうなんだが……」
「そいつの名前は?」
「イオスとか言う名を名乗ったそうだ。知りたいなら後で詳しい報告書を届けよう」
「まさか……イオスだと?」
ミリアは眉を顰めると、独り言のようにそうつぶやいた。
「知っているのか?」
「あ、いや」
「司祭だか司教だか神官だかというのは最初に取り次いだ兵が後からグラニィに再確認された際に、そう言ったそうだ。聞いたがうっかり忘れたらしい。ただ、確かに教会のクレストが大きく入った紺色の凝った装束を着て、その辺の坊主たちとは全く違うありがたい雰囲気が漂っていたというのは苦虫を噛み潰したような顔でグラニィも話していた」
「アルヴィンか?」
「ほう、よくわかるな。まさにアルヴィンだ。だから年齢はわからんよ。子供にしか見えなかったそうだがな」
「アルヴィンだからな。しかし、うーん」
ミリアはテーブルに両肘を突くと手を組み、その上に顎をのせて少し思案するとアキラに質問をした。
「そのアルヴィンのイオスとかいう高僧がル=キリアをやったとは考えられなかったのか?」
「もちろん念のために付近の庵とやらは調べたそうだ。庵と言ってもただの小さな岩穴だったらしいが、そこも特に怪しいことはなかったと報告を受けた。武器なども一切持っていなかったそうだ」
ミリアは不満そうだった。
「ル=キリアの、さらにその精鋭の小隊をまさか一人でやれるわけはない、と?」
「逆に聞くが、君はそんなことが出来る人間がいると思うのか?」
アキラの問いに、ミリアは何のためらいもなくうなずいた。
「やれるさ。ただの人間じゃなくて高位のルーナー、もしくはエレメンタルなら」
アキラは眉をひそめた。
「エレメンタルだって? まさか」
「単なる可能性の話さ。どちらにしろ修行用の庵とやらにはもう誰もいないだろう。ただ、エレメンタルの可能性はあるものの、それが唯一の未確認エレメンタルである炎のエレメンタルならば特性である炎で焼き尽くしているはずで、報告にあるように剣で突き刺されてやられて事切れているというのはかなり不自然な話だな。そうなると高位ルーナー説が妥当だとは思わないか? そのアロゲリクにあるザルカバードの偽庵とやらにはルーンの罠が張ってあったんだろうしね」
「だいたいそのイオスという僧がやったと決まった訳じゃないんだぞ」
「まあ、確かにそうだね。本当に山野修行の最中だったのかもしれないけど……一応現地の再確認だけはしておいてくれるかい? さっき言ったようにたぶんもう誰もいないとは思うが、その確認という意味だ」
「ミリア、お前はそいつが犯人だと?」
「直接の犯人だとは思っちゃいないけど、偶然にしても話ができすぎてる。怪しいと思う方が自然じゃないかな?」
「どちらにしろ高位のルーナーとはいえル=キリアの中でも精鋭の人間を簡単にやれるものか? おまけにそのうちの一人はけっこうな力を持つルーナーだというんだぞ」
ミリアはしかし顔色一つ変えずにアキラの目をじっと見つめて呟いた。
「できるさ。最高位のルーナーなら?」
「最高位だと?」
「そう。賢者ならば」
「賢者?」
思わず大きな声を出してしまったアキラは、慌てて周りを見渡した。幸い喧噪に包まれた店内の客はだれも二人に注意を払っている者はいなかった。
アキラは安堵のため息をつくと肩を落とした。ミリアはそんなアキラの様子を見て可笑しそうに微笑んで続けた。
「他のル=キリアの小隊も、全てザルカバード文書で記された偽庵で同じようにやられたんじゃないのか? そしてそれぞれの庵には高位のルーナー、おそらくバード級、賢者級の人間によって相当な罠が張られていたって考えるのが妥当だろう?」
「さっきからお前は偽庵だと断定しているが」
「ニセモノだよ。それは間違いない」
「自信たっぷりだな。裏付けを持っていると言うことか?」
「言ったじゃないか。ザルカバードなんてもうとっくに死んでるんだ」
アキラはその件についてはそれ以上言及しなかった。ミリアがそう断定するからには、確固とした根拠を持っているという事なのだ。そしてその根拠を示さないのには理由があると言う事なのだろう。そしてミリアが言い出さない限り、それを詮索しないのがアキラの矜持であった。
「噂が本当であれば、賢者一人の力は一個大隊に匹敵するというが」
「ル=キリアの小隊もさすがに一個大隊には勝てないだろう? もともと奴さん達は単機能の急襲部隊だし、防衛戦が得意な部隊じゃない」
「それじゃ、ザルカバード文書は……」
ミリアはうなずいた。
「うん。スプリガンが調査しても一切何の変化もないのに、ル=キリアだけがやられているなど不自然にも程がある。ボクの推理が正しければ、やはりザルカバード文書はル=キリアをおびき出して殲滅させるための罠だという事になる。数を多く書いているのもル=キリアを細かく小隊に分断させる目的だろう。そしてそれは図に当たったと言う事だな」
「何の為に?」
「もちろん……」
ミリアはアキラの皿の白ソーセージをフォークで突き刺した。
「ル=キリアが邪魔な奴らの仕業だろうさ」
「それはドライアドではあるまい? 正教会、もしくは新教会が動いているということか」
「まだ単なる推理の段階だよ。敵は外にいるとは限らないわけだしね。どちらにしろエレメンタルが欲しいんだろう。その争奪戦にル=キリアが絡んでもらっては面倒だとでも思ったのかな。そもそもマーリン正教会がエレメンタルを欲しがる理由がまだよく解らないし、新教会だという証拠は希薄すぎる。だから推理は推理として、教会が絡んでいるという先入観は止めておこう。ウンディーネ……いや、アダン島だって何を考えているか解ったものじゃない」
「ふむ。確かに、ミリアの視点から俯瞰すると、ファランドールの情勢が目に見えない形で動いている気がするな」
「この話についてはもう少し状況を見てから別途考えることにしよう。どちらにしろ正面から取り組む問題じゃない。その向こう側の意図が問題だからね」
「ふむ」
すんなりと納得はしかねたが、それでもアキラは頷いた。
ミリアはジョッキに残ったビールを一気に飲み干すと、トンと軽い音を立ててそれをテーブルに置いた。
「じゃあ次は今夜の本題だ。アキラ、君にボクのちょっとした難しい頼みをきいて欲しいんだよ」
「『ちょっとした難しい話』、という物がどんなものか想像がつかんが、まずは内容を聞こう」
ミリアは苦笑した。
「相変わらず、用心深いな」
「慎重派と言ってくれ。お前の『ちょっとした』系の頼みは、過去の例を見ても相当に難しいものなのは間違いなさそうだからこちらとしては用心もしたくなる」
アキラはそう言ってはみたものの、ミリアの願いは無条件にきくつもりでいた。ただミリアから出来るだけ情報は得ておきたかったのだ。ミリアの悪い癖で、全ての情報をいつも与えてくれる訳ではない。ミリアは時として全ての人間が自分と同じ能力を持っている事を前提として話をする事があった。
多くの人間にとって、彼の言葉の向こう側は理解不能な平原である事が多い。そしてその事をミリアはしばしば忘れるのである。彼の大きな欠点の一つと言っていいだろう。
「アカデミー」を首席で卒業した経歴が証明するように、頭脳の明晰さでは一頭地を抜くアキラをもってしても明後日の方向に言葉の真意を放り投げているようなミリアの考えにはさすがに届かぬ事も多々あった。
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