第二十七話:『魔王に恋する魔法少女(男)が毎日プロテインを飲むのに使用しているジョッキ』
「いやぁ寒いですねぇ」
『女神の空間を勝手に雪景色に変えないでください、燃やしますよ』
「まあまあ。女神様って普段外に出ないじゃないですか、だからたまにはと用意してみたんですよ」
『肌寒いだけで風情もなにもありませんがね』
「かまくらなら作ってありますよ」
『無駄に手際が良いですね。どれどれ……中は意外と暖かいのですね。炬燵まで完備していますし』
「そこにカセットコンロと鍋をセット、本日は豆乳スープの鍋です」
『結局食欲で誤魔化そうとしていませんかね』
「では申し訳程度のオーロラを外に」
『かまくらの中ですから見えませんよ』
「では屋根を取っ払いますか。これで良し」
『通気性が備わったことで本来の保温性が失われましたね』
「二兎を追う者は一兎をも得ずとはこのことですかね」
『そうですね。炬燵と鍋で温まっているのでさしたる問題ではありませんが』
「いやーオーロラが綺麗ですねぇ」
『人工的に生み出したオーロラと言うだけで感動が半減ですがね』
「倍の美しさになっても女神様には遠く及びませんけどね」
『シメの雑炊をお願いします』
「早い、そしてつれない。卵入れますか」
『二つお願いします。おっとそろそろ異世界転生のお時間ですね』
「うーむ、風情を楽しむ前に料理の準備だけで終わってしまった。まあ女神様と一緒に炬燵に入れたのだし良しとしましょう」
『さっさと目安箱を用意したらどうですか』
「ちょっとこの中では狭いので外に呼び出してっと……引いてきました。猿の巣窟さんより『魔王に恋する魔法少女(男)が毎日プロテインを飲むのに使用しているジョッキ』です」
『何処かの漫画の設定を思い出しましたね』
「プ〇ティ〇ルですかね」
『そうそれ』
※魔法少女 マッチョで上に出てきます、自己責任で検索してください。
「しかしジョッキなのは良いとして、流れ的には恋のキューピッド役ですかね」
『ジョッキなのは良いとされるあたり貴方の器の広さが計り知れなくなっていますよね』
「普通サイズのジョッキになる予定ですよ」
『器の解釈違いです』
「恋愛相談なら戦闘力は適当で良いかな。ヒロインっぽい魔王を倒しちゃったら可哀そうだし」
『リア充には厳しいくせに、これからリア充になる人には優しいですよね』
「ジャッキじゃないだけ何とかなると思いますし、それでは行ってきます」
『プロテインを飲むのに何を持ち上げるのでしょうかね。行ってらっしゃいませ』
◇
『室内に雪を降らせながら炬燵に入るというのもオツなものですね。濡れるのは嫌なので即効で蒸発させますが』
「ただいま戻りました。おお寒い寒い」
『流れるように女神の入っている炬燵に入り込まないでください。足が触れたらその足を雪だるまの装飾に使いますよ』
「雪だるまに足を生やすのですか」
『腕代わりに刺します』
「想像するだけで軽いホラー。正座しておいてっと……それでは報告しますね」
『魔王に恋する魔法少女(男)が毎日プロテインを飲むのに使用しているジョッキでしたか』
「そうですね、舞台はファンタジー世界で勇者が魔王に倒されたところから始まります」
『おや、早々に勇者が退場ですか』
「はい、勇者ベニシャーケイと魔王ベアラとの戦いは歴史に残るほどの激戦でした」
『その方貴方が手を下す前に退場してしまいましたか』
※そろそろ紅鮭師匠の参照話を何処にすべきかで悩んでいます。多分2話で良いのかな。
「勇者ベニシャーケイの方が優勢だったのですが持病の発作が最後の一撃の瞬間に発動し、その隙を突かれて敗北といった感じですね」
『酷い不幸ですね』
「いえ、どうもそういう設定で異世界転生したようですね」
『ふむ、それはどういうことでしょうか』
「一度魔王と戦い敗北し、その後変身用ステッキに乗り移ってから冒険を行うといった感じの異世界転生です」
『中々凝ったシチュエーションですね。なるほど、敗北してからの無生物化を行い勇者設定を維持したまま冒険をするといった魂胆でしたか。賢いですね』
「そんなわけでベニシャーケイの魂が宿ったステッキを使うと魔法少女に変身して戦うことが出来ます。それを拾ったのがとある街の少年キャルトンです」
『男の子が拾っちゃいましたか。まあ貴方のお題の時点で予想の範疇でしたが』
「ベニシャーケイは少年が魔法少女として変身してしまったことにショックを受けましたが、『ありだな』と判断してそのまま一緒に魔王ベアラを倒す旅に出ます」
『許容範囲広いですね、その紅鮭』
「異世界転生者であるステッキを持った主人公ともなれば無双は約束されたものも同然。キャルトンは次々と強敵を倒して魔王ベアラの城まで乗り込みます」
『ここまで貴方の気配が一切ありませんね』
「まだキャルトンはプロテインを飲んでいないので仕方ありません」
『それもそうですね』
「キャルトンは魔王ベアラを追い込みますがここで問題が発生します。トドメを刺そうとした時、魔王ベアラの被っていた兜が壊れ、その下にあった美人なお姉さん系魔王の素顔が露になったのです」
『ふむ、それで恋に落ちたと』
「はい、そしてキャルトンは魔王ベアラを倒すことを止め、思い切って告白しましたが『魔法少女になるような軟弱な男なんてお断りだ』と拒否されてしまいました」
『ようやく貴方の登場の流れが予想できました。その魔法少女(男)は軟弱そうなイメージを払拭する為に筋肉を付けようとトレーニングやプロテイン摂取を始めたということですね』
「流石ですね女神様、聡明でいらっしゃる」
『そうでしょうそうでしょう』
「美しく、そして生足が艶めかしい」
『炬燵の中を覗き込まないでください』
「蜜柑の皮を目に埋め込まれるのは中々痛い。キャルトンがプロテイン摂取用に購入したやや大きめのジョッキが俺です。なんと一リットル入ります」
『確かに大きめですね』
「先ずは挨拶代わりに大声で驚かせました。キャルトンはプロテインを勢い良く噴き出しましたね」
『挨拶代わりが地味で嫌がらせでしかないですね』
「俺はキャルトンがどれだけ本気で魔王ベアラに惚れているかを聞きます。半端な野郎だったら根性から入れなおす必要がありますからね」
『ジョッキ風情が偉そうですね』
「プロテイン用ですからね、ビール用と比べてもらっちゃ困ります」
『ビール用だったら謙虚だったのでしょうか』
「キャルトンは言います『一目惚れだった、彼女以外の女性なんてもう視界にすら入らない』と」
『中々強力に惚れてしまったようですね』
「俺はキャルトンの本気の眼差しを見てコイツは本物だと感じ、ならば協力してやろうと手を組みます」
『ちなみに本物の手を生やしたのでしょうか』
「にゅっと」
『にゅっと』
「流石に足は置いてきました」
『そうですか、だから何だという話ですが』
「重量的に移動するだけなら手があれば十分ですからね」
『妖怪てけてけを思い出しますね』
「やる気に満ち溢れていたキャルトンのトレーニングに関しては然したる問題はありませんでした。ですが一つ大きな問題があったのです。そうベニシャーケイです」
『魔王を倒すための魔法少女を生み出すステッキですからね』
「はい、そんな恋心なんてまやかしだ。世界を救うために奴を倒すのだとキャルトンを叱咤してきたのです」
『現時点でシリアス感が薄れているのですが、常識的に考えれば魔王は倒すべき人類の敵ですからね』
「キャルトンは聞く耳を持とうとはしませんでしたが、ベニシャーケイの力を借りなければ侵攻を再開していた魔王軍から人間達を守れません。自分のエゴで魔王を倒せないだけならば平気だったのですが、それで関係のない人間達を危険に晒せるほど無責任でもなかったのです」
『板挟みな状況ですね』
「そしてベニシャーケイはそのことを利用して少しずつキャルトンの自我を乗っ取ろうと画策します」
『元魔王関係の転生先が多いだけに色々と工夫が見られますね。貴方はそれに対してなんらかのアクションを行ったのでしょうか』
「はい、俺の持ち込んだオプション『注がれたプロテインを美味しくさせる』を発動して抵抗します」
『何の抵抗にもならない』
「凄いんですよ、不味いプロテインがまた飲みたくなる程美味しくなるんですよ」
『それは凄いと言えば凄いのですが、だから何だという話です。早くステッキをなんとかしなければ主人公が支配されてしまう状況ですよ』
「そりゃあ暴力に訴えれば変身ステッキ如き、1秒でへし折れます。ですがベニシャーケイとは正々堂々とキャルトンへの干渉のみで勝負を挑みたかったのです。ですが簡単な事ではありません」
『確かに、今までの貴方は力で解決しようとすれば基本無双していましたからね。あえて困難に挑むとは殊勝な心掛けでしたね』
「なのでキャルトンをプロテインなしでは生きていけない体にしました」
『私の上げた評価を1秒で下げてくれましたね』
「ベニシャーケイの精神への浸食に対抗するには更なる浸食を行えば良いと判断しての行動です」
『ギャンブル依存症を治す為に麻薬漬けにする所業ですよね』
「ですがその効果もあり、キャルトンはベニシャーケイの精神干渉を跳ね除け、立派なプロテイン中毒者になります」
『立派ではないですが』
「しかしプロテインとは食事と併用してのカロリーコントロール、又は運動後にしか摂取出来ないのです」
『摂取しようと思えばいつでも出来る筈なのですがね』
「一日に取れる食事は3食のみ、つまりプロテインを大量に飲む為には頻繁な運動が必要になります」
『摂取しようと思えばいつでも出来る筈なのですがね』
「キャルトンはプロテインを欲するためにひたすらに体を鍛え始めます」
『摂取しようと思えばいつでも出来る筈なのですがね』
「現れた魔王軍もプロテインを飲む為の運動の一環として問題なく倒していきます」
『魔王軍もまさか運動後のプロテイン目的の為に倒されたとは思わなかったでしょうね』
「そして月日は流れ、細身の少年だったキャルトンは立派な筋肉を手に入れます」
『一心不乱に鍛え続ければそうなるでしょうけどね』
「この変化には魔王ベアラも胸がドキドキするほど」
『割とちょろい魔王』
「しかしキャルトンの目には最早プロテインしか映りません」
『一途な恋心すら塗りつぶしやがりましたね』
「更にここで新たな問題が、俺を使えば限られた時にしかプロテインを摂取出来なかったのですが他のジョッキを使えば自由にプロテインを摂取できることに気づいてしまったのです」
『そりゃそうでしょうね。ですが味は落ちるのではないですか』
「プロテイン中毒となったキャルトンに最早味は関係無かったのです」
『想像以上にヤバいことになっていますね』
「とは言え、運動しないとお腹が減らないのでキャルトンはベニシャーケイを掴み魔法少女へと変身して暴れ出したのです」
『その辺は律儀に運動したのですね』
「只のマッチョになったキャルトンならばどうにでも料理できたのですが、異世界転生者のステッキで変身した魔法少女相手ともなればそう容易い話ではありません」
『その異世界転生者のステッキに話をして変身を解いてもらえれば良いのでは』
「それがキャルトンのプロテインへの想いがベニシャーケイの精神を蝕んでしまいまして。ベニシャーケイの意志でもどうにもならなかったのです」
『えらいモンスターを誕生させてくれましたね』
「このままではキャルトンは魔王以上に世界を恐怖に陥れる存在になりかねない。そう思った俺は魔王ベアラに協力を願います」
『おや、今度は魔王サイドにつきましたか』
「元はと言えばキャルトンは魔王ベアラに振り向いて欲しくて筋トレを、プロテインを摂取しようとしたのです。だからきっと魔王ベアラならばキャルトンを正気に戻せると確信していました」
『俗に言う愛の力でしょうか、魔王の方は筋肉に惹かれていましたが主人公への評価はどうだったのでしょうか』
「キャルトンの経緯を知って『ま、まあ、悪くはない……かな』とか赤ら顔で言っていましたね」
『ちょろい魔王』
「そんなわけで魔王ベアラと協力してキャルトンを止めることになりました。ですが簡単な事ではありません」
『相手は異世界転生者のステッキによる強化を受けていますからね。簡単には止められないでしょうね』
「なので魔王ベアラをプロテインなしでは生きていけない体にしました」
『何をやってくれていやがるんですか』
「俺に出来ることなんてプロテインを美味しくさせることくらいですから」
『他に持ち込んだオプションは無かったのですか』
「手が生えます、にゅっと」
『にゅっと、それで何が出来ると言うのです』
「そりゃあ勿論キャルトンを拘束するのに使いましたよ」
『凄くまともな使い方に逆に驚きました』
「俺が抑えているうちに魔王ベアラはキャルトンに語り掛けます。『お前は美味しいプロテインの為に体を鍛えていた筈だ。だと言うのになぜ不味いプロテインで満足している。目指したものを見失ってどうする』と」
『目指していたのは魔王なのですがね』
「そして俺に注がれたプロテインをキャルトンの口に流し込みます」
『プロテイン中毒にプロテイン摂取させてどうするんですか』
「俺はこのタイミングでプロテインを過去最高に美味しくしてキャルトンに飲ませました。それによりキャルトンは美味しいプロテインとの思い出を取り戻したのです」
『プロテインだらけでわけが分からなくなってきましたね』
「正気に戻ったキャルトンは魔王ベアラに頭を下げます。『君の為に体を鍛えていたのに、君を一途に想っていたのに、僕はプロテインに屈してしまった。プロテインの力に支配されてしまった。僕には君を想う資格がない』と」
『貴方のせいで少年の恋心が挫折してますね』
「魔王ベアラは応えます『このプロテインの味は私も知った。それに支配されてもなお戻ってこれたお前は十分に凄い。未だプロテインの抜けていない体で私を想えているではないか』と」
『互いにプロテイン中毒にさせられていましたからね』
「結局魔王ベアラはキャルトンを認め、互いにぎこちない関係ではありますが付き合うことになりました」
『ハッピーエンドのように感じますが、爪痕が酷いですよね』
「二人はその後、プロテインは最低限に抑え、用法用量を正しく守って飲むようになります」
『結局プロテインは断てなかったのですね』
「そして普通のプロテインを人を狂わせるプロテインへと変貌させるジョッキ、俺を破棄する決断をしました」
『冷静に考えれば全ての元凶が貴方でしたからね』
「最後にキャルトンは言います。『貴方は僕の一途だった想いが不変ではないと、恋や愛が絶対ではないと教えてくれました。それらは自分自身で守っていくものだと教えてくれました。僕は貴方の教えを守り、彼女とプロテインへの想いを大切に守っていくつもりです』と」
『プロテイン中毒が抜け切れていない』
「そんなわけで戻ってきました」
『ところで異世界転生者のステッキはどうなったのでしょうか』
「あーキャルトンを拘束する際に邪魔だったのでバキっと」
『まあ支配されっぱなしでは哀れでしたし、次の異世界転生に期待でしょうかね』
「ちなみにお土産ですが向こうの世界で人気だったプロテインです」
『プロテインが一人の少年の恋心を揺らがした話を聞かされた直後なのですが』
「只のタンパク質ですよ、中毒になるわけないじゃないですか」
『まあ貴方が干渉していないなら問題は無いのでしょうがね……おや、飲みやすいですね』
「忙しい時には軽食代わりにもなりますよ」
『そうですね、ですが私としてはきちんと食事は取りたいところです』
「では鍋でも作りましょうか、プロテイン鍋で良いですか」
『良いわけないでしょう』
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