第三話:『魔王城の扉(右)』
『ふう、やはり水戸黄門は歴代ごとに良さがありますね。……そう言えばそろそろ次の転生をさせてあげるべきでしょうか、どの箱に入れていたんでしたっけ』
「……」
『おっと、これですね。それでは次の転生先を――』
「……」
『返事が無い、ただのヤドカリの剥製のようだ』
「……」
『……』
「はっ、女神様が着替えようとしている」
『見下げた下心ですね』
「下心を見下げるってお互い逆さまに見えそうですよね」
『さっさとヤドカリの体に別れを告げてください』
「この体も割りと気に入っているんですよ、永遠の闇の中で甲殻類の剥製としているのも侘寂わびさびがありまして」
『大分変態を極めてきましたね』
「時折聞こえる女神様の物音で色々と想像も膨らみましたし」
『大して成長していませんでしたね』
「いえいえ、こう見えても3回の人生を歩んで来たんですよ大成長ですよ」
『青年として死んで、肋骨として生きて、ヤドカリで15年ですね。多めに見ても二回分あるかどうかでしょう』
「それでも十分だとは思いますが」
『全く変わっていないのはある意味凄いと思いますよ』
「女神様への色欲も変わっていませんよ」
『それはありがとうございます、お礼にその体一度磨り潰してから元に戻してあげましょう』
「甲殻類にも痛覚はあるんですが――やはりこの体が落ち着きますね、人の体が一番です」
『体を磨り潰されてもうめき声一つ上げないのは中々驚嘆に値しますね』
「剥製でしたから、死体には痛覚はありませんよ」
『さっきの無駄なうんちくは一体なんだったのでしょうか、あと死体が欲情したり喋らないでください』
「死体にだって人権はありますよ」
『ヤドカリじゃないですか』
「ヤドカリ権ってなんだか三流格闘漫画の拳法にありそうですよね」
『同意はしないでおきます、それで次の転生先をどうしましょうか』
「ちょっと待ってください、目安箱を見てみます」
『ですから入っているわけないじゃないですか』
「あ、ありました」
『そんな馬鹿な』
「えーと、ペンネームGさんからですね」
※当人の名前許可が下りたら修正します。
『そんな人転生させましたっけ、ちょっと記憶にありませんね』
「細かいことを気にしたらダメですよ、それで転生先が書かれていますね」
『まあ貴方やその友人が提案する転生先に比べれば比較的マシだとは思いますが』
「魔王城の扉(右)ですね」
『比較が出来なかった』
「良いじゃないですか魔王城の扉(右)」
『ついさっきまで人の体が一番だと言っていた発言に責任を持ってください』
「でも勇者が三番目くらいに立ち寄る村の民家の納屋の扉(裏)よりも大分活躍の場はあると思いますよ」
『使用される回数に関しては否定しませんけどね、無生物で人生を送れば満足できるか理解に苦しみます』
「そこはほら、やってみないと分からないじゃないですか」
『分かりきっているとしか思えないのですが、貴方のことですからやってみるしかなさそうですね』
「しかし右側かー、左側は人気ありそうですからね」
『右も左も関係ないでしょうに……あ、左側先客がいましたね』
「左利きの人間って格好良いイメージありますからね」
『日本くらいでしょうけどね』
「こう、鉄の扉が勇者や魔王の登場でばぁあんと開くのって憧れますよね」
『そう言ったシーンの良さは理解できますがその扉になりたいというのは理解したくありません』
「見開きページで採用されたら1ページの大半が自分なんですよ」
『そんなシーンを見開きで使う漫画の作者はネタに苦しんでいそうですね。それでオプションはどうしましょうか』
「そこまで過度なのはいらないと思いますが、自分の意思で開け閉めできるくらいは欲しいですね」
『勝手に開け閉めしてくるドアとかホラーでしかないのですが』
「歩けないのでレベルが上がりやすい方が助かります」
『扉がレベリングしてどうするんですか』
「一応前回の反省を生かして勇者の伝説の装備になったり、呪われている装備とかは外しましょうか」
『そうですね、魔王も自分の城の扉で倒されたら異世界転生したくなる程度には世界に不満を持つでしょう』
「後はそうですね、扉としての設定も適当に付けていきましょうかね」
『人の端末を勝手に操作し始めないでください。インテリアとして拘る分には否定しませんけど西洋風にはしておきましょうね』
「自動ドアはダメですかね」
『電力問題までこちらが干渉すると世界観が非常に問題になりますね、そもそも勝手に開け閉めできる時点で自動も何もないかと』
「それじゃあ後はこんな感じにオプションをつけてっと……よし、ではちょっと行って来ます」
『出来れば満足して成仏して欲しいのですがね』
◇
「ただいま戻りました、お腹空きました」
『おかえりなさい、冷蔵庫にカレーが入っているのでチンせず食べてください』
「色々冷たい、では炒めてピラフにしましょう」
『匂いがテロですね、私の分もお願いします』
「了解です、そう言えば驚くことにダメでしたよ魔王城の扉(右)」
『ダメなことに関しては驚くことではありませんね、一応報告を聞きましょう』
「そうですね、始めは魔王の玉座の間の扉だったのですが」
『始めはと言う単語のせいでもう色々と変なことになるのは予想できました』
「いえいえ、最初は本当に頑張って扉ってたんですよ」
『扉ってたんですね、短い単語の割りに一致検索で引っかかりませんね』
「こう、誰かが扉を開け閉めしようとする力加減にあわせて無駄なく開閉して、全神経を研ぎ澄まして扉らしさを演出してました」
『身を任せれば自由に開閉できたとは思いますけどね』
「クシャミをした時に人を挟んでしまいましたけど」
『欠陥住宅もいい所ですね』
「埃っぽいんですよ、魔王城」
『魔王が主役の物語だとキレイ好きな印象はありますけど一般的な魔王は掃除とかしないでしょうからね』
「あと猫アレルギーでもくしゃみが出まして」
『扉のくせに、猫を飼っていたんですか魔王は』
「いえ、部下である魔王軍の幹部に獅子の魔物がいまして」
『ああ、いますね頭ライオンな強敵キャラ。ライオンは猫科ですからね』
「不敗将軍ガレンザと言う方でして」
『中々格好良い名前ではありますが一度でも負けたらと思うと後に引けませんね』
「いやあ悪いことをしました、彼が通るたびに何度もクシャミをして挟んでしまったんですよ」
『ガレンザも最初は魔王の嫌がらせを受けているとか思ったんでしょうね』
「彼一人でレベルが50まで上がってしまいました」
『不敗将軍倒しまくりじゃないですか、学習しないんですかその将軍は』
「いえ、防御することを学習していたのですがこちらのレベルアップによる威力向上の方が早くて」
『扉の成長性に負けると言うのも悲しい話ですね』
「中々凄かったんですよ、鋼鉄の鎧ごと粉砕する扉の一撃ってのは」
『想像以上に凄いですね、むしろ何故死なないのかと』
「彼の強さは本物だったんですよ、一度戦斧を握れば将軍でありながら敵陣の中央を単騎で駆け回り、敵が死に絶えるか逃亡するまでその足は止まらぬ、まさに殺戮の獣であるって通りかかる人の噂で聞きました」
『扉ですから外にはいけませんものね、ですがそんな殺戮の獣が扉に毎回挟まれると言うのも虚しい話ですね』
「ちなみに彼の最期は圧死でした」
『やっぱりトドメまで刺しましたか』
「まあ彼のことは悲しい事件として置いておきましょう」
『そうですね、扉による事故死ならば不敗将軍の名前も辛うじて保たれているでしょう』
「レベル90の扉に圧殺された光景は中々ホラーでしたけど」
『他に何人圧殺したんですかね』
「魔王軍の幹部は大体仕留めましたね」
『貴方は魔王の敵側でしたか』
「不敗騎士フェクトルンダー、不敗竜魔ドラグレスゴ、不敗神官レイベブロ、どれも人間達に恐れられていた猛者でした」
『二つ名のレパートリー増やそうとは思わなかったんですね、そして皆扉に敗北したと。それだけ被害を出しておきながらよく撤去されませんでしたね』
「実は特殊な力が働いていまして、魔王軍は扉に対して不信感を持たないようになっていたんですよ」
『それオプションのせいじゃないですか、貴方の仕業ですよね』
「いえ、自分はそんなオプションはつけていませんよ」
『では一体どのような力が』
「魔王城の扉(左)が持っていたオプションですね」
『おっと、もう一人の異常者の存在を忘れていました』
「彼もまた意思を持った扉でした、しかし仲良くはなれませんでした……奴は魔王の忠実なる家具だったのです」
『貴方も忠実であるべき家具なんですがね、しかしそうなら扉の左側を通れば良かったのに』
「魔王城の扉(左)の方は横開きだったので、押しても引いても開かなかったんですよ」
『和式にしちゃってましたか、西洋文化では中々気づけませんね』
「城自体は西洋なので本来の襖としても機能せずに……」
『片側しか開かない両開きの扉とかただの壁じゃないですか』
「でも俺が開いた時にはこちら側に移動できたんですよ」
『設計ミスもいいところですね、縁くらい取り付けてあげれば良かったのに』
「俺と奴はいつも言い争っていました。俺は魔王はこの世界のためにならないと言い、奴は魔王様こそこの世界を愚かな人間から救うのだと」
『扉がいつも言い合いしていたら魔王もノイローゼになりませんかね』
「そこはほら、不信感を持たないというオプションがありますから」
『そんな機能もありましたね』
「ですから俺達の言い争いは魔王の脳内で湧いてくる謎の言葉として処理されていました」
『ノイローゼになるしかないですね』
「魔王は自分の立場に揺れている情けない奴でしたよ」
『貴方の魔王を否定する言葉を自問自答の言葉として受け止めていたせいでしょうね』
「本当、最期まで魔王の肩を持つ酷い奴でしたよ」
『肩は持てないと思いますがね、ですが貴方は前世で魔王の後継者である紅鮭に助けてもらっていましたよね。よく魔王が悪だと断定しましたね』
「だって魔王は何かと直ぐ俺に手を出してくるんですよ」
『扉ですからね』
「俺が心を開いたと思ったら直ぐに閉ざすような酷い行為を」
『扉ですからね、むしろ礼儀正しい』
「他の部下たちもよってたかって俺ばっかりに手を出してきて」
『扉ですからね、反対側欠陥品で開きませんからね』
「誰も彼もがまるで人を物を見るような冷めた瞳で見てくるんです」
『扉ですからね、一々感情込めていたら変態です』
「ガレンザは扉フェチだったのでいつも笑顔でしたよ」
『変態がいましたか、死因を考えると彼は満足して死ねたかもしれませんね』
「ですが他の者達は違います、後半なんて腫れ物に触れるかのような態度だったんですよ」
『自分達の同胞を殺してレベル90以上になった扉ですからね、むしろ不信感を持てない筈なのによくその態度が取れたと褒めてやりたいです』
「扉としては不信感を持たれませんでしたが玉座の間が呪われているのではと噂がたちましたね」
『玉座の間も良い迷惑ですね』
「部屋なんかに迷惑されても」
『扉風情がよく言った』
「ではそろそろ顛末について話しましょう、魔王軍は人間との戦争に明け暮れていましたがやがて人間達に圧され始めてしまいます」
『幹部達が自陣の城の扉(右)に尽く圧殺されていればそうもなるでしょう』
「そしていよいよ勇者ユーラレクトフルレトがやってきました」
『貴方ってわりと記憶力良いですよね』
「これでいよいよ魔王も年貢の納め時と言うわけですよ、失策続きの魔王なんて惨めなものです」
『引越しをしなかったのが最大の失策でしたね』
「しかし流石に魔王とだけあって勇者との戦いは苛烈を極めていました、魔王ならではのチートスキルもかなりのものでした。瀕死になればなるほど強大な力を得て再生すると言う『無限の成長』というスキルが特に凄くて勇者の必殺技を受けてもすぐさま復帰してきたのです」
『それは随分と強いスキルですね』
「魔王軍の中で魔王の強さは次元が違いましたよ、伊達に魔王城で幾千回も発動してませんからね」
『相当挟みましたね、魔王の被害報告が無いことが気になってましたよ』
「圧倒できると思っていた勇者も魔王の強さに驚いていました」
『貴方が魔王を育てていなければ確かに圧倒できた筈でしょうからね』
「ですがその勇者も突如背後から魔法攻撃を仕掛けた魔王城の扉(左)によって窮地に立たされます」
『またしても存在を忘れかけていました、流石の勇者も扉から奇襲されるとは思いもよらなかったでしょう』
「このままでは勇者が死んでしまう、だけど俺には開け閉めするしかできなくてずっとバタバタと」
『勇者からすれば動く貴方の方が危険そうに見えたでしょうね。魔王城の扉(左)の方も攻撃できたと言うのが中々に予想外でした』
「扉のくせに魔法を使うとか最低ですよ、常識を知れって文句言いましたよ」
『貴方にだけは言われたくなかったでしょうね』
「すると魔王城の扉(左)は俺を亡き者にしようと俺にも魔法を撃ってきたんです」
『むしろ今まで何で使わなかったのでしょうね』
「まあ俺はオプション『絶対に破壊されない』がありましたので平気でしたけどね」
『ここでチートスキルが明らかに、歴戦の猛者を屠れた理由にも納得です』
「奴のダークネスグラビティエンシェントジェリックネオファントムテラコキュートスエターナルディメンションライトニングフレイムファイアーを見事弾いたのです」
『ちょっと魔王城の扉(左)の頭が心配になりました』
「そして弾かれたダークネスグラビティエンシェントジェリックネオファントムテラコキュートスエターナルディメンションライトニングフレイムファイアーは魔王へと直撃し、魔王は一瞬で消滅してしまいました」
『恐ろしい威力ですね、それを最初に勇者に撃っていれば勝負は着いたでしょうに。あとその魔法名は今後使うなら略してください』
「突然の出来事に驚く勇者と12名の個性派ヒロイン達」
『とってつけたようなハーレム要素が湧いてきた』
「しかし護るべき魔王を失った魔王城の扉(左)は怒りに我を忘れ勇者達にもダー(略)を放とうとします」
『ダークくらいは言っても良かったのですが、しかし魔王を一撃で消滅させる魔法を撃たれては勇者もひとたまりもありませんね』
「ですが魔王城の扉(左)はマジックポイントが足りずに魔法が撃てずじまい」
『渾身の魔法名でしたからね、余程貴方が憎かったのでしょう』
「所詮レベリングをしてない扉なんてその程度ってことですよ」
『扉にレベリング要素を入れるなんて中々思いませんからね』
「そして勇者は反撃のダー(略)を魔王城の扉(左)に放ちます」
『勇者も使えたんですか、その二人同じ世界の異世界転生者じゃないですかね』
「ダー(略)は魂すら焼き尽くす魔法、オプション『絶対に破壊されない』があったとしても魔王城の扉(左)の魂は無事では済みませんでした」
『貴方はどうやって跳ね返したんでしょうかね』
「レベル差があると即死系の魔法って効かないんですよ」
『即死系の魔法でしたか』
「こうして巨悪は完全に滅びました」
『ラスボスが魔王城の扉(左)と言うのが歴史的に問題残りそうですね』
「勇者もヒロイン達と抱き合い勝利を喜びます。俺も感動して拍手喝采です」
『ポルターガイストにしか見えないでしょうね』
「勇者は協力した俺に一緒に来ないかと誘ってくれました」
『大物通り越して頭おかしいですね』
「しかし俺は魔王城の扉(右)、その立場がある以上この場を離れるわけにはいきません」
『離れられても困りますけどね』
「勇者はその言葉に感動し俺を勧誘することを諦め、残念そうにその場を去ります」
『感動する要素は無かった気がしますけど』
「ただ勇者に抱きついていたヒロインの一人が猫耳系ヒロインでして、通り過ぎていた際についクシャミをして勇者を挟み殺してしまいました」
『やらかしましたね』
「息絶えた勇者が魔王城の扉(左)に肩を引っ掛けて死んでいる光景は中々悲惨でした」
『死後に勇者の肩を持ってしまいましたね』
「ヒロイン達は俺を責め立てます、しかし悪いのは猫耳系ヒロインです」
『そう言う事にしておきましょうか』
「しかし誰も話を聞いてくれません、まるで俺には人権が無いような扱いです」
『無いでしょうね人権は』
「俺は扉を差別するような奴等は生かしてはおけないと殺意を向けることにしました」
『開き直りましたね』
「ヒロインには閉じ狂った(とち狂った)かと言われました」
『うるさい』
「あらゆる魔王城の扉(右)に転移できる俺と残された11人のヒロインの壮絶なホラー脱出劇が始まりました」
『この場を離れられないとは一体なんだったのか、そして巨悪が残っていた、ついでに猫耳系ヒロインも仕留めていた』
「そんなこんなで生き残ったヒロインは脱出成功、魔王城は崩壊してしまいました」
『申しわけ程度の崩落シーンがありましたか』
「ちょっと強く閉めすぎましたね」
『レベル90以上で勇者すら殺す扉の開け閉めに城が耐えられませんでしたか』
「魔王城が無くなったことで俺と言うアイデンティティも失われ異世界転生は終わりを迎えました」
『やりたい放題やったのに帰ってきたと』
「恋人とのハッピーエンドが迎えられなかったので」
『扉じゃ土台無理な話ですね』
「魔王城の扉(左)も男でしたからね」
『女性だったとしても無理だったと思います』
「後は盛り付けをしてっと……ちょっとここにお皿並べますね」
『良い匂いですね、おやこのテーブルは始めてみますが』
「お土産の魔王城の扉(左)です、片方では使えないのでテーブルに加工しておきました」
『物を無駄にしない精神は評価しましょう、ではいただきます』
◇
『とある世界で魔王をしていた方が自分の城の扉に倒され世界に不満を持ったとの事で異世界転生の対象となりました』
「へぇ、奇特な世界もあったものですね」
『……そうですね』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます