少女漫画あるあるが嫌いな二人による、絶対的すれ違い回避ラブコメの始まりを見た少女の物語
恒石涼平
第1話
――俺は恋をしている。
窓から差し込む風に前髪を揺らし、友達と小さな微笑みを浮かべて話し合っている彼女。
同じクラスの隣りに座る黒髪ショートの女の子、
――私は恋をしている。
いつもつまらなさそうに肘を突いて、時々授業中に居眠りしている寝顔が可愛い男の子。
同じクラスの隣りの席に座っている眼鏡を掛けた猫背の男の子、
きっと彼女は俺の事なんて眼中に無くて、片想いなのだろう。
きっとあの人にとって私は唯のクラスメイトで、私の一方的な気持ち。
俺は何度も声を掛けようとしたけどその一歩を踏み出す勇気が出ない。
私は朝の挨拶だけで嬉しくなってしまって、まだまともに顔を見て話し掛ける事が出来ない。
「――っていう少女漫画の焦れったいやつ嫌いなんだよな。だから春日井さん、俺は君の事が好きだ」
「あ、奇遇ですね。私も少女漫画でくっついたり離れたりを繰り返して果てには違う男性と付き合い始めたりするの嫌いなんです。私も新城くんの事が好きです。よろしくお願いします」
朝早くの二人以外誰も居ない教室で無く、放課後の夕日が差し込む教室で無く、普通に一時限目を終えた休み時間。
先程まで雑談や読書に耽っていたクラスメイトたちはあんぐりと口を開き、教室の中心で流れるように告白し成功した様子を見ていた。
情緒も風情も何も無いそこには、少女漫画のような甘い恋愛模様は生まれていない。
「あ、あの、春日井さん。さっきのって?」
春日井と呼ばれた少女の隣りに座る女の子が動揺を抑える事無く、先程まで読んていた可愛いブックカバーを付けた本を机に置き声を掛けた。
彼女は春日井と同じ中学校出身でその頃から仲の良い友人だ。
「えぇ、入学してから二日目。私の想いが実りました」
「一目惚れからのスパンが短いっ!? 春日井さんってそんなに積極的な子だったっけ!?」
彼女は声を荒げます。
恋愛をした事の無い彼女にとって告白というものには沢山の理想がありました。
片想いをして、アピールして、その人の理想に近付いて、恋をすると綺麗になるという言葉に彼女は希望を持っていたのです。
それが瓦解していく音を聞きながらも、中学校では影で聖母と囁かれていた優しい彼女は友人の言葉に耳を傾けます。
「普段は積極的ではありませんが、こと恋に関しては別です」
「そ、そうなんだ。実は恋愛マスターだったり?」
「そんな事はありませんよ。これまで付き合った方はいらっしゃいませんが、私はただ知っているだけですから」
「知っているってどういう……え、初めてなの!? 初めて付き合うのがあんな形なの!?」
「あんなとは、少し失礼ではありませんか?」
怒っている姿を一度も見た事が無い彼女は、即春日井に頭を下げました。
「ごめんなさい! でも、でもさ、告白ってもっとロマンチックな」
「道の曲がり角でぶつかって、実はその人が転校生だった! のような展開は創作の中だけですよね?」
「え、うん。そうだね?」
「ならば創作は創作、現実は現実だと思いませんか?」
「……うん?」
何が言いたいのか分からず彼女は首を傾げます。
その様子を見たクラスメイトの男子は、彼女の天然な可愛さに思わず顔を赤くしています。
「想いを伝えるという行動に創作は様々な悲劇を取り入れてよりドラマ性を出すように作られています」
「えっと」
「ですが現実ではそんな事が起きる必要無いと思うんです」
「クールっ!? 考え方がクール過ぎるよ!」
告白から数分、早くも春日井と新城の青春に不安を覚えた彼女は廊下に響くような大声でツッコミを入れていきます。
関西から引っ越してきたクラスメイトが彼女を見てその才能に目を光らせますが、残念ながら彼女はお笑いの方向に進む気は無いでしょう。
「では考えてみて下さい。少女漫画では伝統的とも言われている、言葉足らずで想いがすれ違うというシーンがあります」
「あ、確かにそれはよく見るね」
彼女は机に置いた本をチラッと見て頷きました。
「まず言葉足らずにしなければ円満ですよね?」
「……いや、まぁそうなんだけど。それは現実にも起こり得るんじゃ」
「あいつら一度すれ違ったらお互いに話し合おうともしねぇ。互いの気持ちと考えを話し合えばそれで解決なのにさ」
「新城くんも同じ考え!?」
春日井と新城が実はお似合いなのだと気付いた彼女は少しだけ安心しました。
だけれど納得はしていません。
彼女にとって恋愛とは物語であり、ロマンチックな物と思っていたから。
「つまり私は考えました。少女漫画の悪い所を徹底的に除去すれば、よりよい恋愛が出来るのではないかと!」
「その通り! 想いを伝えるか、伝えないかという焦れったいシーン等捨ててしまえばいい! 一度別れてから違う人と付き合って更に元に戻るなんて馬鹿馬鹿しい!」
「あ、あのー。お二人とも」
先程の安心感は何処へやら、二人の相性に対する安心感と引き換えに人間としての安心感が奪われていきます。
「女友達もその人の事が好きで『あの人の事好きなんだよね』と牽制されるシーン。牽制される前に付き合ってしまえばいいのですよ! だから親友の貴女に言われる前に告白したのです!」
「私は新城くんの事好きでも何でもないよ!? あ、でも親友って思ってくれてるんだ……」
春日井の言葉に心外だ! と大声で訂正するも、自分の事を親友と呼んでくれた事に胸が暖まります。
それを見たクラスメイトたちは春日井と新城よりも純粋で単純な彼女の事が心配になりました。
「想いを伝えた時点で一歩進んだ主人公が、付き合っていく上でその時よりも退化しているなんて許せないのよ!」
「主人公に引っ越す事を言えない男と、それを違う情報源から知った主人公が仲違いを起こすとかな! 大切な人なら言えよ!」
「やっぱり新城くん、見込んだだけの事はあるわ!」
「お前もな、春日井。お前となら仲良くやれる気がするぜ!」
「……うん。二人ともお幸せにね」
もう止められない、というか仲が良いのなら止める必要も無いと判断した彼女は先程まで読んでいた本を持って一人廊下へ向かいました。
それと同時にクラスメイトたちも元に戻りますが、しかし話す内容はあのカップルの事に変わっていました。
廊下に出た彼女は扉を締め、手に持っていた本を開きます。
「……焦れったいのがいいんだけどなぁ」
彼女は決意したのだ。
あの二人の前で自身の大好きな少女漫画の話は絶対にしないでおこう、と。
――その日、そのクラスでは一つのカップルが生まれた。
そのカップルの傍にはいつもツッコミを入れる少女が居たそうな。
少女漫画あるあるが嫌いな二人による、絶対的すれ違い回避ラブコメの始まりを見た少女の物語 恒石涼平 @ryodist
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