第19話 地平線の先っぽにて
「隣町のややこしい噂が絶えない金融業者が、建築物ごと消えたって、大騒ぎになってるわよ」
「へぇー」
ブルーから、近くの喫茶店への出頭命令が出た。
心細いので妹を伴って喫茶店へ。
すでにブルーはレッドと共に待ち受けていた。いまココ。
「構成員、もとい、社長から平社員まで、重傷を負わされて差穂川河原に放置されてたって話よ。しかも全裸で」
「ちょっと、なあ、二人とも――」
レッドがおろおろしている。
「先に注文しようよー!」
気の利く可愛い妹は、ブルーの魔の手よりお姉ちゃんを守ってくれた。
「お姉ちゃんは炭酸以外が飲みたいな」
「なに、あなた、まだ炭酸飲めないの?」
今日のブルーは良く絡むブルーだ。
「あのしゅわしゅわが駄目なんだ?」
リンゴジュースを注文した。妹はクッキーセットだ。
「お子様ね」
「なんだー? 今日はよく絡むねー? あー?」
「犯人はお姉ちゃんね。うん、返事は要らないわ。決定事項だから」
「証拠はどこにあるのよ? それに、経験値がふえてレベルアップしたんだから。これは良い事なのよ!」
「自供って言葉知ってる? いいえ、返事は要らないわ。こんな小学生用語を聞いたわたしが悪いんだから!」
「おいおい。あたしに向かってそんな口聞いて良いのかな? あー?」
「自分の能力に胡座掻いて、増長してるわね? ああ、返事はいらないわ。私がお姉ちゃんならとっくに増長してたから」
「なあ、ちょと、ブルーさんの言ってる意味が深そうなんやけど?」
レッドのボケはもういい!
あったま来た!
「よーし、よく言った。表出ろぃ!」
ブルーに掴みかかろうと手を伸ばした。
その時だった。
「もう止めときてー!」
レッドがあたしとブルーの間に体をねじ込んできた。
プロノク=レイマーには3つの名がある。
一つは、機動城塞。
一つは、侵略要塞。
最後の一つは、魔王の城。
軌道城塞(パレス)の名に恥じず、プロノク=レイマーは、厳かにマーゾン空間を移動している。
侵略要塞の名を表すご如く、プロノク=レイマーは、平行世界軍を闇に染めていく。
魔王の城の名なればこそ、―― ネガ・クライマーがそこに棲む ――。
30前の男が、プロノク=レイマー奥の通路を急いでいた。苦悶の表情を浮かべながら。
彼の名はルッセーナ。ネガ・クライマーの親衛隊長。
そしてサタノダークとナグールの兄。
第一王子だ。
美中年なのだが、痩せぎすの体躯と青白い肌、ご丁寧にグレーの髪が、彼に病的なイメージを持たせている。
だが、きびきびした動きが彼の侮れぬ戦闘力を証明していた。
プロノク=レイマーの最深部、そこが彼の目指すところであり、この軌道城塞の主の居場所である。
暗い通路に入り込み、いくつもの暗い部屋を通り過ぎ、空間を仕切る黒いカーテンを押しのけ、一切光の届かぬ世界へ足を踏み入れた。
後一枚、カーテンを押しのければ、彼の父にして主が住まう場所。
手をかけて、彼は静止した。息を殺し、一切の気配を立つ。
――主が、誰かと会話している――
「……言いたい事はそれだけか?」
一瞬会話が途切れたが、すぐに話が続いた。
気のせいか? 気づかれたか?
「ならば話は……いずれ、相まみえ……」
部分部分が聞き取れない。いや、盗み聞きするつもりは毛頭無い。
「ルッセーナ。何をしておる。話があるなら済ませよ」
「はっ! 申し訳御座いません、ネガ・クライマー様!」
切れの良い動作でカーテンを撥ね、音を立てる事なく、ネガ・クライマーの前に進み出た。
片膝をつき、臣下の礼をとる。
父とは言え、主として仕えているのだ。
……まったく、主の姿が、見えない。
この部屋に光が全くない、だけでなく、ネガ・クライマーが放つ陰の気配が読みをより黒く塗りつぶしている。
彼が苦悶の表情を浮かべていたのは、このプレッシャーを嫌がっていた為。
とてもじゃないが長くは耐えられぬ。
闇に住まう者なのに、闇の波動が強すぎて体を壊してしまいそうだ。
ルッセーナの頭の中に、先ほどの会話は綺麗に消えて無くなっていた。
唾をごくりと嚥下する。
「例の、反逆者共の資料を集めて参りました。これを……」
手のひらサイズの異物を差し出した。それは、磨き上げた黒曜石にしか見えない。
静まりかえった時間が、ただただ過ぎていく。
「ふふふ、面白いな。このような生命がいたとは。いや、これを生命と呼ぶのか? ふふふ、謎だな。ほほう、他の平行世界にも生息しておるか。ふふふ」
「ふー」
ルッセーナは主の機嫌が優れている事に安堵した。
「ルッセーナよ」
だからいきなり名を呼ばれ、心臓が跳ねたからと言って彼の責任ではなかろう。
「この巣、まだどこかに穴があるようだ。探して塞げ。下がって良し」
「はっ! ははーっ!」
額を床に押し当て、拝命する。
黒い石状の記録媒体を回収。そのまま膝行りつつ後ろへ下がる。
どうにかカーテンの所まで後退し、素早く立ち上がって踵を返す。
命を長らえた。
そのことを実感しつつ、走りさる。
ナグールは黒曜石を手にしていた。
出所はルッセーナだ。
長い間、怖い顔をして覗き込んでいた。
光の園が消滅した第2世界。そこでネクライマーと戦うグループが映し出されていた。
彼らは光の戦士ではない。
1人目は、邪なる者。巨大な刃物を振り回す、中心戦力の1人。
2人目は、聖なる者。巨大な銃器を振り回す、もう1人の中心人物。
残りは、やや劣る者が6人。
――聖邪2つを合わせ持つ少女剣士。攻撃を全て無効にする邪なる少年。少年の背を守る獣。複数の武器を扱う聖なる筋肉男。天才的な采配をふるう、邪な少女。
どうやらこの連中、自主的に戦っているらしい。
ようやく、ナグールが黒曜石から目を離した。
「第4世界を鎮圧したら、全軍で第2世界へ攻勢をかけ、一気に殲滅占領する」
手の中の黒曜石を強く握る。
指の間から、黒曜石の粉が流れ落ちた。
「もう止めときてー!」
レッドがあたしとブルーの間に体をねじ込んできた。
「仲間割れしてる場合ちゃうやろ!」
ったく! 何してるのかな、この子。
「あのね――」
「本気で喧嘩するわけないでしょ!」
あたしが言い返す前に、ブルーが言い返していた。
「お姉ちゃんには、むしろ恩があるの。腹が立つけどね。だから本気じゃないの」
いちいちカチンと来る言い方だなー。
こいつ昔からこうだったよなー!
「こっちだって、この女の下心くらい理解してますですよ! 将来、国家公務員を狙ってんでしょ?」
きっ!
首からブレーキ音を立て、こっちを睨み付けてんじゃないよ!
「いつも仲が良いよねー、お姉ちゃんとブルーは」
のんびりした声。妹だ。
かじり掛けのビスケットを手に持って揺らしている。
「え? なんやのん? 二人はそう言う関係なん?」
二人を交互に指さしながら、レッドがあきれ顔を晒していた。
「違う! 少なくともあたしは本気でこいつの事がっ!」
「はいはい、チュッチュチュッチュ!」
「だから違うって!」
ブルーは両手を軽く挙げた、それって降参の意味だよね!
「違……、お姉ちゃんは特別だから」
「ん?」
レッドの眉が歪む。何か気になるところがあったようだ。
ブルー、てめぇ口が軽いぞ!
「まあ、……仲が良いんならかまへんねけどな」
「だから――あ?」
ガシャーン!
テーブルにのっていた食器類が割れる音。
あたしがテーブルを立てたからだ。
バシャーン!
喫茶店の窓ガラスが全部割れた!
ガラスのジャワーを浴びるお客さん達。
あたしが咄嗟にテーブルを立てたおかげで、妹たちに被害は無い。
「この気配!」
マーゾックの奇襲を食らったようだ。
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