第二章

第17話 それぞれの事情。逆だと情事。


 マジカルキューティ達は危機に瀕していた。


 光りの園は、12体もの新型ネクライマーの進入を許したのだ。


 新型ネクライマーは、人と獣を合体させ、重装甲を施したタイプ。

 彼女らの得意技は鎧と盾を装備したネクライマーに通じない。浄化の光は重装甲に阻まれ、ネクライマーの柔らかい本体まで届かないのだ。


 一人、また一人とマジカルキューティが倒されていく。




 光の園を平気で歩くマーゾックが2人。

 男女のペアだ。


 もう一人いた。2人の後から走り寄ってくるのは大柄の男だ。


「ナグール様、ゲスダムの野郎が余計な真似をしたようですぜ!」


 がっちりとした体付き。なかなかに野趣溢れた顔を持つ。

 ぶっちゃけ、顔は灰色狼のそれだった。


「ヅツッキか? ゲスダムなど放っておけ」

 ナグールと呼ばれた男は、戦闘の前線から目を離さないでいた。


 この男、戦闘服の上からでも筋肉質である事が見て取れる。

 顔の中央に真横一文字の傷が、凄みを与えている。


「でもですよ、あんな他力本願の男が、あの第4世界にちょっかい出したんですぜ! ケルーナ様も何か言ってやってくださいよー!」


 なじるような口調が、風貌と乖離していた。


「ゲスダムはサタノダークの守り役でしたから、身の危険を感じて焦ったのでしょう。もしくは、あなたが怖かったからかしら? サタノダークは惜しい事をしたわね、あなた」


 ケルーナと呼ばれた女。

 ほっそりとした面にきつそうな目をした美女。さしずめ氷の美女と言ったところか

 中世ヨーロッパを彷彿とさせる黒のロングドレスをまとっている。これがさまになる良い女だ。


「サタノダークは負けた。負けた者に何をしろというのだ? ……決着が付いたようだな」


 ナグールの視線の先には、凄惨な光景が広がっていた。


 最後のマジカルキューティが倒れた。


 一斉に12体もの魔獣ネクライマーが光の園へ侵攻していく光景。

 逃げ惑う光の妖精達。捕まっては切り裂かれていく。

 光の園は、片っ端から輝きを失っていく。


 光の妖精達はマーゾックの爪や牙に捕らえられ、存在を散らしていった。


「戦いとはこうするものだ。……もはや、この第3世界はマーゾックの物……か」


 ナグールは、戦場に興味を無くした。それを悟られぬよう目を伏せる。

 繰り広げられる終末に背を向けた。


「あなた……」

 ケルーナが、ナグールの腕を取る。


「サタノダーク様の敵を討てるチャンスは、きっと巡ってきますよ。第4世界へ赴く事があるはずです」


「巡っては来ぬ!」

 ナグールが吠えた。長い犬歯が剥き出しになっている。


「それと、俺はサタノダークの事を何とも思っていない。負けた男に興味は無い!」


 ナグールは空いた手を軽く振ると、スクリーンが現れた。そこに別世界の映像を映しだす。


「俺が興味を寄せるのは、第2世界。光の園を喪失したというのに、まだ戦う力を有する者どものが残っている」


 スクリーンに映し出された者達。

 てんでバラバラの服装。彼らの私服なのだろう。

 魔獣ネクライマーを蹴散らしている姿が映し出されていた。


「この者どもは面白い。一度手合わせを願いたい!」

 唇をゆがめて笑うナグール。


 ケルーナは、わずかばかり肩をすくめた。


「あなた。八つ当たりはおよしなさい」

「八つ当たりなどではない!」

 ナグールが吠えた。


 光の園だった世界が震え、スクリーンが割れる。脆くなった構造物が音をたてて崩れ落ちた。


「ナ、ナグール様、落ち着いてくだせぇ!」

 怯えたヅツッキが土下座している。彼のせいではない。


 ケルーナは溜息をつきながら首を左右に振った。


「ナグール殿」

 野太い声だ。3人の背後からだ。


 それは初老の男。良い感じに年を取った、色気を持つ男である。


「これは! ワルダクム総司令、お恥ずかしいところを」


 ナグールが頭を下げる。胸に手を置く儀礼的な礼だった。


「ナグール殿は第2王子じゃから、総司令ごときに礼を繕う必要は無いのじゃよ」

「いえ、今はワルダクム総司令の配下故……」


 そこで僅かに笑いを浮かべた。


「……立場が変わったら、遠慮は辞退させていただきますが」


 つられて、ワルダクムも口に笑みを浮かべた。


「第1世界と、この第3世界を平らげた君だ。逆転はもう間もなくじゃよ。それにしても容赦ないのぅ」

「負けた者は弱いので。彼女らの苦悩や努力に意味は無いのです」

「相変わらず求道者じゃのう。さて……」


 ワルダクムは改めて姿勢を正した。目が鋭い光を帯びる。

 その変化に気づき、ナグールも気を引き締めた。


「早速だが、ナグールに指令を下す」

「何なりとお申し付けください」


「第4世界へ転戦じゃ」

 一瞬、呼吸を乱したナグールだが、すぐ返事を返した。


「望むところ!」


 ほらね、と言う顔をするケルーナ。

 よかったっすね、とは言葉に出さず、にっこり笑うヅツッキ。


「後始末は任せて、プロノク=レイマーへ出頭するように」

「プロノク=レイマーへ出頭。了解いたしました」


 獰猛な、笑みらしきものを頬に浮かび上がらせるナグール。光の園であった空間に、闇の波動が広がっていった。 







「マジカルキューティーの強化を要望する!」

「何だとニュ?」


 満を持したあたしの宣言に、UMAが嫌な顔をした。もうこの辺りは脊髄反射だな。

 ……早い反射速度からして、梯子状神経連接反応かもしれないが。


 セレブ犬の話だと、少なくとも4つ以上存在する世界の内、光の園が破壊された世界が3つあるそうだ。


 防御率2割5分。

 次年度は、打撃ピッチャーという新天地でがんばって欲しい。


 駄目じゃん!


 いや、敵の宣伝工作という可能性もある。うかつに犬の言葉を信じてはいけない。ましてや情報源が犬だなんて、恥ずかしいから口に出来ない。


「あたし抜きで、鎧対策を立てられる?」


 ちなみに、あたしは光の園の為に身を犠牲にする気は微塵もない。


「そこは根性だニュ! 愛と勇気と希望があれば、恐れる物など無いニュ!」


 それ、どこの嘘っこ魔法の使者だよ?


「わたし達の魔法は、邪なる者を浄化するだけの力。現実世界の物質を壊す事無く、マーゾックだけを撃破できる」

 ブルーの眼鏡が光りましたよ!


「それが光の使徒の強さだニュ!」

「逆に言うと、わたし達の力では、この世界の物質を貫く事が出来ない」


「それって、あれやな……」

 レッドまでもが不安を口にし出した。


「こないだみたいな鎧に守られたネクライマーが相手やと、わたしらの攻撃が利かへんって事やな?」


「お姉ちゃんのような邪な物理破壊手段が無いと、戦いにすらならない。てことよ」

 ブルーの眼鏡が光って仕方ない。


 てか、邪って何だよ! あたしの力は光の力よ!


「そ、そこは、あれだニュ――」

「お姉ちゃんが居れば大丈夫って事だよね? ね、姉ちゃん!」 


「その通り! これからはあたしが突破口を開くから、みんなは安全なところからプリンセス・デビュー・パーティでも撃ってなさい。ホーッホッホッ!」


 よーし、お姉ちゃん頑張っちゃうぞ!


「駄目だニュ! 意地でも闇の力に頼らないニュ!」

 UMAが、ちっこい拳を握りしめて唸っている。


「みんな! 付いてくるニュ!」

 と言うわけで、あたしの思惑通り、光の園へと繰り出したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る