夜想曲1

 魔王軍の幹部がいると思われる廃墟までは順調に歩いて1日で着くらしく、1度野宿をすることになる。

 道中出てくる魔物を倒しながら、3人は廃墟への道を進んでいた。


「今日はここで野宿しようか」

「辺りも暗くなってきたしな。それがいいだろう」

「見張りは1人2時間ずつ、6時間後に出発しよう」

「うむ、了解じゃ」


 予定よりも距離を多く歩いているため、少し早めに野宿の準備をする。

 とはいえワタルに野宿の経験などないため、マリーとエレナに教わりながら持ってきたテントを組み立てる。

 魔法で火を準備し、保存食と道中で狩った魔物の肉をエレナが調理し、夕飯を食べると日は沈み辺りは真っ暗になる。


 ワタル、エレナ、マリーの順番で見張りをすることが決まり、ワタルは焚き火のパチパチとした音を聞きながら考えにふける。

 思えばこの異世界に来て早くも1ヶ月以上が過ぎている。

 美人で可愛い仲間も2人できて、最初に思っていたよりずっと楽しく生活できている。


「エレナとマリーに俺が転移者だって伝えないとなあ」


 いつか伝えなければならない事実をボソッと口にすると、背後でガサリと音がした。


「誰!」

「すまない、驚かせたか?」

「エレナ? 大丈夫だけど、まだ時間にはもう少しあるよ」

「目が覚めてしまってな。それに本来人狼は夜行性の魔族だ」

「そうなんだね」


 それからエレナはワタルの隣に座り、何を話すわけでもなく無言が続く。

 その空気に耐えられなくなったワタルが、口を開く。


「エレナはどうして魔王を討伐しようと思ったの?」


 魔王は魔族のほとんどを部下にしており、裏切りなど聞いたこともない。

 異質とも言えるエレナの裏切りには前々から疑問を持っており、この機会に聞くことにした。


「私の一族は気高くてな。両親や友人たちは魔王の傘下に入ることに抵抗していた」


 エレナは話すべきかどうか悩む素振りを見せたが、やがて夜空を見上げて話し始めた。


「最初こそ説得されていたのだが、ついに向こうが強行手段に出てな。見せしめとして何人も殺された。その中に私も両親もいたんだ」


 エレナの話は重く、ワタルは声をかけるべきか悩む。

 その間もエレナの話は続く。


「私を含めた一族は従うしかなかった。勝ち目などなかったからな。私の目的は、魔王討伐もだがそれよりも、私の両親を殺した幹部を見つけ出して殺すことだ」


 それで話を終えたようで、エレナは黙る。


「ごめん、嫌な話をさせたよね」

「気にするな。いつか理由を話さなければならないと思っていた。仲間だからな」


 エレナはワタルを心配させまいとしてか、笑いかけてそう言う。


「そろそろ時間だ。ワタルも休め」

「うん、わかった。明日の幹部戦、絶対に生きて帰ろう」

「ああ、当然だ」


 エレナに言われテントへと向かう途中、ワタルは振り返ってそう伝える。


「ワタル、ありがとう。それと……すまない」


 その言葉は夜風に消え、ワタルに届くことはなかった。


***


「朝じゃ。起きれお主ら」

「ん、おはよう」


 出発の時間、マリーに起こされテントを出る。

 エレナは既に起きていたようで、朝食の準備はできていた。


「おはようワタル。早く食べろ。すぐに行くぞ」

「うん、ありがと」


 朝食を済ませ、テントを畳み準備を終える。

 廃墟まで残り少しで着くため、気を引き締める。


 歩き始めて2時間、ついに目的地の廃墟が見えてくる。

 崩れた建物が多く並び、広さは小さめの街ほどはあるだろう。


「俺が先行するから、エレナはカバー。マリーは後方で支援をお願い」

「わかった」

「うむ」


 軽く突入の確認をし、その場に荷物を置いて身を軽くする。

 グラムを抜剣し、盾を前に構えて慎重に廃墟へと足を踏み入れる。

 廃墟は静寂に包まれ、幹部どころか魔物がいる気配もない。


「……何もいない?」

「ワタル! 右だ!」


 少し気が緩んだその瞬間、ワタルの盾に強い衝撃が襲う。

 防げたのはエレナの声のおかげだろう。

 ワタルが衝撃を受けた方向に目を向けると、人間の姿をしているものの、体の所々が腐り酷い腐臭を放つ、およそ生きているとは思えない生物がいた。


「ゾンビ!」

「気を付けろ、数が多いぞ」


 その魔族の名を叫び周囲を見ると、廃墟に潜伏していたのか大量のゾンビが姿を現す。

 ゾンビたちは素早い動きで3人を包囲し、一斉に襲いかかってくる。


「このくらい、落ち着いて捌けば!」


 盾でゾンビたちの攻撃を防ぎ、隙を見つけて1匹の首を斬り落とす。

 が、ゾンビは何事もなかったかのようにかのように首を拾い、再び殴りかかってくる。


「ゾンビは頭を斬るか粉砕しなければ殺せない。聖属性の魔法があれば別なんだが」


 猛攻を凌ぎながら少しずつ数を減らす2人の背後で、大きな炎が燃え上がる。


「別に聖属性じゃなくとも、原型を残さなければ問題ないじゃろう。殲滅は得意分野じゃ」


 そこではマリーが杖を向けた場所に炎球を放ち、ゾンビをまとめて燃やしていた。

 どれほどの温度があるのか、炎に包まれたゾンビは数秒で塵となり消えていく。


「大分数は減ったが、一筋縄ではいかんようじゃな」

「みたいだね」


 マリーの魔法もあり、ゾンビを全て撃退した3人の前に立ちはだかるように、1匹のゾンビが現れる。

 見た目は他のゾンビと変わらないが、その雰囲気は強者のそれでありワタルは両手に力を込める。


「はぁっ!」


 最初に動いたのはエレナだった。

 右斜め前に突っ込むと、地を蹴り方向を急に変えそのゾンビに横から斬り込む。

 しかし、ゾンビはエレナの動きを追えたのか左手を上げ、その攻撃を防ごうとする。

 エレナの双剣はゾンビの腕を斬り落とすも、それを意に返さないゾンビは攻撃後の無防備なエレナの腹へ、膝蹴りを叩き込む。


「ぐっ!」


 飛ばされることはなかったものの、直撃だったのか後ろに数歩後退する。


「マリー、援護を!」

「わかっておる」


 少し遅れ、膝蹴りをして動きの止まったゾンビの体を盾で下から殴り上げる。

 ゾンビの体は一瞬宙に浮き、その隙を見逃さずにマリーが炎球を放つ。

 狙いは違わずにゾンビへ命中し、苦しむようにのたうち回る。


「終わりだ」


 そこへ、地を蹴ったエレナがゾンビの横を通り過ぎる。

 その一瞬で頭を斬っていたのか、ゾンビの頭は口から上がなくなり、地に倒れる。


「強かったね、もしかして今のが幹部?」

「いや、恐らくそれはない。こんなに簡単に倒せるとは思えないからな」

「それもそうじゃな。手応えがなさすぎた」


 戦闘終了後も気を緩めず、3人で辺りを警戒する。

 すると、廃墟の建物の屋上からパチパチと拍手が聞こえてくる。


「いやー、さすがここに来るだけはあるっすね」


 拍手をしている人物は屋上から飛び降り、3人の前へと着地する。

 見た目は人間の少女で、黒髪と紫色の瞳にワンピースを着ている。


「まさか人間に倒されると……って、人間は1人だけっすよね。見てた感じ、獣人族と魔女っすかね?」

「誰だ」

「警戒してるっすねー。そこまで言うなら名乗ってあげるっすよ」


 その少女はどこか抜けた話し方をしながら、エレナの問に答える。


「私の名前はノクターンっす。魔王軍幹部の1人っすよ」


 少女は笑顔で自らの名を告げた。

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