国境周辺の威力偵察
「ねえねえまだー?」
「まだっすかー?」
「黙れ馬鹿者。偵察の意味を理解しているのか?ここへは戦闘のために来たわけではない。戦闘はあくまで敵がいた時の場合のみ許可されているのだ」
「「だって暇ー」」
プチンと何かが切れる音がした気がするが、気のせいではないだろう。
ジュリエッタの堪忍袋の緒が切れたようだ。
頬が痙攣してピクピクしている。
「お前達二人はいつもいつも! 少しは真面目に出来んのか!!」
「「だってー」」
「だってじゃない! レーネやクリスたちを少しは見倣え!!」
「でもー、威力偵察ってことは、国境付近で武器チラつかせながらウロウロするもんでしょー?あとー、敵を探すのも仕事じゃなーい?」
……いらんことだけ覚えてやがったな?
何やら恨めし気な視線を感じるが気のせいだろう。
きっとそうだ。そうに違いない。
「団長……帰ったら覚えていろ」
「なあなあ。あれって魔物じゃね?」
「だねー。やっちゃう?」
「おい勝手に……」
「「やるしかないでしょ!!」」
アルマとカルマは言うが早いか、魔物の元へと一直線に向かってしまった。
取り残されたジュリエッタはというと……
「………ふっ」
「おい、大丈ぶ……」
「ふひっ」
ふひっ、ってなんだよ! 怖いわ! 不気味すぎだろ!!
あっちはどうなってるのかなぁ……おおっ、二人掛かりでしっかりと相手して――ボカーン!!
「「うわー!!」」
「弟子が戦ってるところに魔弾をぶち込むやつがあるか!!」
「ついイラっとして」
「つい、で済むか!! あいつらじゃなかったら死んでたぞ!!」
「あの二人だからやった。殺意はあった」
「弟子に殺意を抱くな!! ………はぁ。なんかすでにどっと疲れた」
「「やったなー! やられたらやり返す!!」」
「かかって来い。返り討ちにしてやる」
任務そっちのけで弟子と戦い始めやがったよ。しかも結構本気じゃね?
アルマとカルマもそこそこ本気の魔法を使ってるからこれ、周囲の地形が変化しちゃうかもなぁ……。
あとでドロシーにこっぴどく怒られるんだろうなー。
――――――
私闘を始めてかれこれ一時間。
使い魔越しに眺めているが、よくもまあ飽きないもんだ。
互いに殺意はないものの、所々避けきれなくて小さい怪我を負っていた。
始めた頃の場所から移動を続け、元の場所からすでに一キロは離れている。
移動している間も攻撃は絶えず、木は折れたり砕けたり燃えたり。
草は灰に、地面は抉れ、川は干上がり、魔物たちは悲鳴を上げながら逃げ出している。逃げ切れなかったモノは三人の弾丸で即死。
アルマとカルマの弾丸は被害が小さいからまだいい。木とか折るけど、まだいい。
だが、ジュリエッタの弾丸は笑えない。
散弾は触れれば木や草を灰に変え、榴弾は大地を溶岩地帯へと変貌させていた。
被害は今も拡大し続けているが、一度火がついた彼女を止めるのは至難の業だ。
しかも、気持ちが昂っているのか、角と尻尾が生え始めている。
「カルマ!」
「アルマ!」
ああ……もう手遅れだな。二人も本気になってしまった。
すでに二人は背中合わせの状態でジュリエッタに銃を構えちまってる。
ジュリエッタも迎撃態勢に入ってるし。
ここまで来たら止めらんねえな。
「「『天雷の業火』!!」」
「――砕け散れ。『紅蓮散華』」
って、おおい!! 馬鹿か!!?
ここで、上級魔法相当の弾丸を撃ち出すやつがあるか!!!
くそっ、両弾丸が衝突する前に消滅させねえとここら一帯が消し飛ぶぞ!!!
使い魔越しだが泣き言は言ってられん!! 詠唱を破棄できればどれだけ楽か。
「〈
ギリギリで間に合った!! なんとか衝突は防げたようだな。
やれやれ……師匠が付いてるから安心できる、とか言ってたかつての自分を殴り飛ばしたい。弟子は師を映す鏡だ。
今後はもう少し組み合わせを考えなくちゃな。
「「だんちょー。いいとこだったのにー」」
「……………」
「アルマとカルマは落ち着いたようだな。ジュリエッタ、無言で銃をくるくる回すんじゃない。周りを見てみろ」
アルマとカルマは冷静になったらしく、周囲をぐるっと見回した後、頭の後ろで手を組んで吹けない口笛を吹き始めた。
動揺しすぎだろ。
「それで?」
「お前は事の重大さを理解してるか?」
「アルマとカルマがそこそこ強くなってることか?正直驚いてるが、まだまだだな。私ならもっと強くなってる」
「「さっきのは手加減しただけだしー!!」」
「やかましい!! お前ら帰ったらメシ抜きだからな?それに反省文も書かせてやる。クロエあたりにでも監視してもらうから逃げられると思うなよ」
「「「ええー」」」
「ガキか!! ――はぁ……お前らが派手に暴れ回ったせいで面倒事を呼び寄せちまったじゃねえか」
「手間が省けて丁度良かったんじゃないか?」
まだ森が残っている側は王国領で、反対側――辺り一面が荒野なのは帝国領。
その帝国領側から馬に乗った一団がこちらに向かって来ている。
身なりは軽装に分類されるような、胴・腕・足を覆う程度の防具しか身に着けていない。騎士ではないだろう。冒険者か。
「貴様ら、王国の人間だな。それも冒険者の」
「それが?」
「ここで何をしていた?ただ散歩をしていたわけではあるまい?」
「散歩――と答えたらどうする?」
「帝国に仇為す存在は排除するだけだ!」
三人とも女だと思って油断してるな。
周辺の状況も、互いの実力差も理解していない。
やはり帝国は質よりも量の国か。
「待て。奥の二人に見覚えがあるぞ。確か……王国最強のギルドに所属している連中のはずだ。油断するな」
「何? あれらが王国最強??フハハハハッ! 冗談にしては笑えんな。こんな小娘ごときに何が出来る?一丁前に銃を腰に提げているが所詮は玩具だ。何を恐れる必要がある。なあ?」
ゲラゲラと周りの男たちが気色悪い笑い声を上げる中、先程注意を促した男だけは真剣にジュリエッタを見据えてる。一切の油断がないな。
「それで、どうするのだ?我々はここらを散歩していただけなのだが」
「捕らえて連れ帰り、その後でじっくりと話を聞かせてもらうさ」
「「このデブきもーい」」
おおーう……ド直球で挑発と罵倒したなぁ。
周りの奴等の顔が引き攣ってるぞ。まあ、同じことを思ったけどさ。
「……誰がデブだって?」
「「「お前以外いないだろ」」」
今日はよく幻聴が聞こえるな。
堪忍袋の緒が切れる幻聴ってのはどうしてこうもはっきりと聞こえてくるんだろうな?
「お前達!! このクソ餓鬼どもを痛めつけて動けなくしてから捕らえろっ!!!」
『は、はい!!!』
「はぁ……雑魚の相手は楽しくない。あんたたち、さっさとやっちゃいなさい。加減は……しなくていいわ」
「「りょうか~い」」
悪魔二人が笑ってやがるよ。
対人相手の性能確認も兼ねてなんだろうけど、正直話にもならんだろ。
「ふむ……サクッと終わるかと思ったが、あの真面目男はなかなかどうして油断できんな。カルマの動きに慣れつつあるようだ」
「アルマの蜃気楼にも惑わされてないみたいだな」
「だが」
「ああ。その程度ではまだ足りない」
俺達が批評していると、戦闘も終わってしまった。
真面目男以外は全員絶命。
カルマの雷を纏った神速戦闘と、アルマの蜃気楼を使った幻惑戦闘に為すすべもなかったのだろう。
ふと思ったが、アルマとスーリヤを戦わせたらどうなるんだ?
面白そうだから帰ったらやらせてみるか。
「はぁ…はぁ……最強の名は伊達ではないという事か」
「勘違いしてるみたいだけど――」
「自分らは最強には程遠いぞ?」
アルマとカルマの言葉に男は開いた口が塞がらないようだ。
「はっ!……王国はバケモノの巣窟かよ」
「「ありゃ、死んじゃった」」
「アルマ、燃やしなさい。全部ね?」
結局この後は特に何事もなく任務は終了。
三人とも大人しく見回りをこなしてくれた。よかったよかった。
無事でなによりだ。
「そうですねぇ。御三方とも無事だったことはよかったのですが、あの惨状をどうされるおつもりですか、ねえ?」
「ま、魔物同士の諍いで出来たってことには……できないよな?」
今、目の前にはドロシーが仁王立ちして見下ろしている。
俺が椅子に座り、ドロシーが立っているのだから当然か。
ドロシーの背後には『天使』の三人が控えているが、一切俺に助け舟を出すつもりはないらしい。部下なら擁護してくれてもいいだろうに。
「あの三人がやったこと、全部見てたわよねぇ?どうして最初の段階で止めなかったのかしら?止める暇、あったわよね?ねぇ?」
「師匠と弟子のじゃれ合いだ。そんな大騒ぎするほどのことでもないって甘く見てたのは確かだ。だがな、なかなか周りも気にせず加減なしで闘える環境はないから少しくらい羽目を外してもいいかと容認したんだ」
「ふ~ん…………本音は?」
「やり始めたら止まらないと思って諦めた」
「……あんた、それでも団長なの?団長ならちゃんと団員を統率して――」
また始まったよ。これから満足するまで延々とお説教の時間だ。
しかし、毎回毎回飽きないもんだねー。
クロエたちは止めることも退室することもしないのか。
こいつの説教聞いてて楽しいかね?
第一、普段の任務で溜まった鬱憤の発散も兼ねた師匠との任務なんだから、多少問題が起こっても気にする必要なんてないんだよ。生態系に変化が起こる、なんて言うけどさ、あそこは元々魔物が多くいる場所だったんだから、戦闘の余波で消滅したら「――聞いてる」儲けものだろうに。……ん?
「今、人がお説教してる時に考え事してたでしょ。主に言い訳の方で」
「……な、なんのことかな?」
「どもる時点でアウトよ。まったくもう!!」
「そのうち角でも生えるんじゃねえか?」
「生えたらあんたを貫いてやるわ」
ジト目で見てきたかと思ったら、踵を返して部屋を出て行こうと扉へ向かった。
今日の説教は短く済んだな。よかったよかった。
「……あの三人が帰って来たから説教しに行くだけよ。終わったらまたここに来るから。三人とも、逃げないように監視しててね」
「んな馬鹿な!!?」
「今日という今日こそは、その頭を叩き直してやるから覚悟してなさい」
そう言うと扉を閉めて出て行ってしまった。
一縷の望みにかけて三人に視線を向けるが――誰も合わせてくれなかった。
……団長、やめたいな。
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