路上で腹空かせて倒れる奴っているんだな

 今日はベレスと飲みながら情報交換をするため、行きつけの店に向かって歩いている。


 城下町は穏やかだ。

 商売人の威勢のいい声が聞こえてくるし、子供たちの賑やかな笑い声も聞こえてくる。すでに夕暮れだからか、飲み始めて大きな声で騒いでいる冒険者たちもいるようだ。

 

 この曲がり角の先に今回のお店があるのだが………


「まさか道端の、しかもど真ん中でうつ伏せに寝てる奴がいるとは」


 周りに人がいないからか、ずっと放置されてるようだ。

 とりあえず首根っこを掴んで持ち上げてみるか。


「……………」

「おい、こんなところで寝てると何されるか分かったもんじゃないぞ。寝るなら宿屋か、せめて木の上で寝ろ」

「……………」


 無反応。どうしたものか。見た感じ女だからな。

 放って置いたら人身売買の者達に連れて行かれたり、犯罪者たちに連れて行かれたりするかもしれんから、放置する気にはなれないんだが……今から飲みに行くからなぁ。う~む。


「おなか……」

「ん?」

「すいた……」


 まさか、空腹で倒れて寝てるのか?

 見た目からしてお金を持ってなさそうだが、本当に一文無しなのか。

 …………。


「仕方ない。連れてくか」


※※※


「おう! 先に居たのか……って、隣の奴は誰だ?」

「そこで拾った。腹空かしてたから食わせてる」


 ベレスは、俺の隣でメシをかき込んでる女の子を見て驚いている。

 まあ、この場に部下を連れて来ないから、驚くのも無理はないか。


「名前は……なんだ?」

「知らねえのかよ」

「……ヌァーザ」

「だそうだ」

「素性も知らずに助けたのか……って、おい。角と尻尾生えてるじゃねえか」

「ん?おぉ……この感じは竜種だな。………待てよ。まさか、霊竜か?」

「はあ!!!!???」


 大声を出さないでほしい。

 ヌァーザが驚いてしまったし、店にいる者達の視線も集まってるし。


「だが、尻尾の感じからしてそれ以外考えられなくないか?」

「いや、だが……むぅ………」

「……おかわり、いい?」

「いいぞ。好きなだけ食え」


 許可をもらったヌァーザは店員を呼び止めて追加の注文をしていた。

 どこにそれだけのものが入るんだ?すでに空いた皿が十枚も積まれている。

 ベレスはベレスで感心しているが、疑問を持てよ。


「しかし、どうするつもりだ?霊竜が人の中に紛れるなど、いくつもの問題を抱えている。一番穏便なのは帰すことだが……」

「……帰らない」

「と来たもんだ。お前のとこで育てるのか?」

「そうなるな。ちょうど、一人子供が入ったからな。いい遊び相手になってくれるだろう」

「だがなぁ……分かってるとは思うが、万が一にもその子に何かあれば大変な事になるぞ。それこそ、かもしれない」

「分かってる。だが、ここで俺達以外の者達に渡ったら、それこそ危険だ。何をしでかすか分かったものじゃない」


 俺の言葉を受けて、ベレスはぼりぼりと頭を掻いている。

 耳がピクピクと動いているのは考えている証拠。

 大きな溜め息を吐いたあと、ヌァーザを一瞥してからこちらに顔を向けてきた。


「仕方なし……か。まあ、お前のところならば万が一などあり得んな」

「文句は言われるだろうがな。特にドロシーから」

「ははっ! 彼女は嫉妬深いからな。……気をつけろよ」

「さて、本題だ。お前から言われた件だが、結果から言えば見つからなかった」

「ふむ。そう簡単には見つからんか。それで、何か成果はあったのか?」

「報告にあった通り、他ギルドの死体があった。人の手で殺されてたよ」

「で、殺した本人たちも抹殺したと」

「そうだ。どうにもきな臭いことになって来た。共和国が動き始めたのにも何か理由があるはずだ」

「純粋な人間以外を人と認めず、奴隷のように扱う国か……」



 ここで簡単に周辺国を説明しておこう。

 王国の北に位置する共和国。南に位置する帝国。 


 帝国は実力主義の国家で、力あるものがのし上がっていく。

 冒険者ギルドはなく、軍隊が組織されている。

 「三大将」、「六将軍」、「双頭の軍師」などと呼ばれている者達がいる、組織的に出来上がっている国家だ。

 皇帝が全てを握っているため独裁的ではあるが、問題が起こってもすぐに対応できる利点がある。

 


 共和国は民主主義的な国だ。

 議会の決定で物事が動くため、帝国と異なり決断が遅い。

 冒険者ギルドと軍隊の双方が存在するが、冒険者ギルドに属するのが人間で、軍隊に属するのが非人間だ。

 共和国の闇。それは、純粋な人間以外は「非人間」と呼称することだ。

 扱いは奴隷に近いもので、事情を知る者は誰も行こうとしない。

 「非人間」と仲良く話しているところを見られたら生きていけないとまで言われている国。それが共和国だ。



「今まで侵略行為をしてこなかった共和国が突如動き始めた。何かあると思う方が当然じゃないか?」

「奴隷を増やそうってか?」


 ベレスの毛が逆立ち始めた。

 眼も剣呑な光を宿している。

 これは不味い兆候だ。放って置けば爆発しかねないな。


「分からん。だが、どうにも俺に関わりのある人間が、何か大きなことをしようとしている気がするんだ」

「……例のジジイか」

「かもしれない。そうなると、俺はそちらにかかりきりになるだろう。たぶん、弟子たちも付いてくる」

「なるほどな。お前が空ける穴を俺達に補完してほしいと」

「そうならないのが一番だがな」

「はっはっは! お前さんの『勘』はよく当たるからな」

「笑えないぞ、馬鹿野郎」

「そういうお前こそ、ニヤけてるぞ」

『ハッハッハッハ!!』


 酒を飲んでるのもあるが、ここまで笑ったのは久しぶりだ。

 今日来たのは正解だったな。

 とはいえ、ふざけ合ってばかりもいられない。


「これから俺達は北への調査を繰り返すことになるだろう。いや、北にべったりかもしれない」

「そこまでか……。分かった。俺達は今まで以上に王都の警戒と守備を厳しくしよう。だから、後顧の憂いなくやってこい」

「すまんな」

「なに、うちの連中の面倒を見てもらった礼だ。気にするな。ガハハッ!」


 話すべきことは話したし、あとは飲むだけだ。

 ベレスはヌァーザに負けないくらいに食べて飲んで、ヌァーザも負けじと追加で注文していた。

 ちょっと待て。俺の酔いは醒めてきたぞ……。  



「さて、そろそろ戻るか。食べて寝ちまったお子様がいるからな」

「人間みたいだな」

「誰だって腹は減るし、眠たくもなる。生き物として当然だ」

「……そうだな」


 少しは溜飲が下がったのか、落ち着いた表情で頷いてくれた。

 過去が過去だから仕方ないとはいえ、もう少し感情を抑えてほしいかな。

 今後が心配だな。奥さんにでもあとで手紙を送って置くか。

 櫛も送るとしよう。

 

「それじゃあ、頼むぞ」

「おう、任せとけ」

「ここの御代もな?」

「……は?」

「二百ゴルドになりますー」

「はぁ!?」

「よろしくな~」


 背後から怒った声が聞こえてくるが気にしない。

 任せとけって言ってたし?


 背中におぶったヌァーザからは穏やかな寝息が聞こえてくる。

 ……本人は事の重大さを知っているのだろうか?










「戻るぞ。例の子供を見つけた」

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