アカネ 下

 アラクネは倒れ、操られていた男は気絶。これ以上ない成果で今回の騒動は幕を閉じた。


「お見事っ! パチパチパチーっ!」

「なかなかに恐ろしかったけどな」

「どうして?」


 少女はゆっくりと下降しながら暢気な声でそう訊ねた。


「あの剣はおそらく一族の至宝だろう」

「至宝?あれが?」

「ああ。俺の推測が正しければ、あの剣にはアラクネの毒と唾液が仕込まれているはずだ。刀身の表面には唾液、柄頭と切っ先には毒がな」

「アラクネの唾液は万物を溶かすと言われてて、毒は意識を残したまま体の自由を奪うんだっけ?」

「そうだ。ただし、それらを有するのは一部の古代種だ」

「その古代種のモノが使われてた剣だから至宝ってこと?」

「かつての同胞の力を再現して作られた剣だからな。昔一度だけ対峙したことがあったが、ヤバかった」


 男は昔の事に思いを馳せているのか、月が見える空を眺めている。


「じゃあ、どうして積極的に攻めて来なかったの?それだけヤバいならそれこそ自滅覚悟で突貫しそうだけど」

「……推測の域を出ないが、おそらく唾液と毒に耐性がなかったのが一因じゃないかと思う」

「――手助けいただき感謝する」


 二人で話していると、離れた場所で戦っていたポニーテールの少女がゆっくりと近付いて話し掛けた。服装は、およそ戦闘には向いていないように思える極東の武士の恰好をしていた。いわゆる袴だ。


「その恰好からしてお前、極東の出身だな?こんな所まで来るとは珍しいこともあるもんだ」

「修行中の身ゆえ。しかし、我々の事を知っていて?」

「何度か手合わせさせてもらったよ。皆強かった。まあ、融通が利かないのは共通なのも印象的だった」

「……それは我々の性ゆえ諦めてくれ」

「それで、何か用か?腰に差している刀に手をやっている時点で警戒してくださいと言っているようなものだぞ?」

「手前は強者との闘いを所望する」


 少女はそう言うと、腰の鞘から刀を抜き放った。


「そうか。ならば俺も断る理由はないな。、また空からの監視を頼む」

「も~、これだから戦闘狂は~。まあ、いいよ。後で奢ってよね~」

「後でな。――さて、寸止めでいいんだよな?」

「うむ、それで頼む。――では、参るっ!」


 互いに武器を構え、ルールを決めた直後、少女は一気に男との距離を詰める。


「まさか、一気に接近戦に持ち込むとはな。予想外だよ」

「ふっ! そうは言うものの、焦っているようには見えんが?」

「まあな。消去法だ。弓は確実性がなく、薙刀では能力的に敵わないと判断すれば、当然刀による近距離戦闘を選ぶだろう事は簡単に想像できる」

「では、なぜ――ふっ! 予想外だと? はあっ!!」

「おっと――予想外だったのは、奥の手を使わなかったことだよ。持っているんだろう?」


 刀を握り、必死に間合いを詰めて斬りかかろうとするも、男は二槍を巧みに扱う事で全く寄せ付けない。少女は焦り、男は余裕。実力の差が明確に表れている。


 少女が無理に踏み込もうとすれば、男はさらに踏み込むことで互いの間合いを潰し、距離を取ろうとすれば追随して槍の間合いで攻勢を仕掛ける。どうあっても男の土俵であった。


「うわ~。女の子を一方的に虐めるとか、男としてどうなの?」


 上空にて待機するドロシーは、冷めた目を相方の男に向けた。男はその視線に気付いていたが、無視することにして勝負を決するために動いた。


「そろそろ終わらせよう。奥の手を見せないのなら、これで終わりだ」


 追い詰められた少女は、右手の人差し指に嵌められた指輪を撫でたが、何かをしようという動きは見せない。悩んでいるようだ。


「行くぞっ!」


 男は一瞬で少女との間合いを詰め、右の槍を突き出した。少女は即座に払い落とすべく上から斬り下ろ――そうとして一瞬停滞する。

 男の左の槍がからだ。男はいつの間にか逆手に槍を握り、手首の動きだけで飛ばしたのだ。

 

「ぐっ!!」


 悩んだのは一瞬。左の槍を敵の右側へと身を投げ出すことで回避。右の槍はなんとか刀で捌くことでギリギリ回避した。しかし、完璧とはいかず、右脇腹と右肩を負傷してしまった。


「勝負ありだな。それとも続けるか?」

「いえ、手前の負けです。参りました 」

「も~、乙女の肌を傷付けるなんてダメでしょう!!」


 空から見ていたドロシーは、降りてきて早々に男に文句を言いつつ少女の傷の治療を開始した。


「真剣勝負だったのだから仕方ないだろう?加減が出来る相手ではなかった。あのまま突っ込まれていればどうなっていたか」

「嘘をおっしゃい! 終始一方的だったじゃないの!!」

「そうでもないぞ。追い込まれてはいても諦めず、常に必殺の一撃を放つタイミングを狙っていたからな。右手の指輪に触れてたから、何かしてくるものだと警戒していたんだがな」

「そうなの?」


 男には歯を見せるようにして怒っていたが、男の意外な言葉に意外感を覚えて少女をふり返った。


「通用したかは分かりませぬが、一応……はい。狙ってはおりました。指輪に関しては、奥の手というよりも秘策と言った方が正しいですね」

「ほらな?」

「それでも、乙女の肌を傷付ける奴があるかって言ってるの! まったく、どんな神経してるのよ!!」


 一旦は納得しかけたものの、男のいらぬ合いの手に怒りが再燃した。


「こういう神経だが?」

「屁理屈を言うな~!!」

「ふふっ」


 そんな二人の仲の良いじゃれ合いに少女は一瞬呆けたが、次の瞬間には笑ってしまったようだ。


「なに?何か面白い事でもあった?」

「いえ、御二人は大変仲が良いのですね。少し羨ましく思います」

「なあ、俺達と来るか?修行中ということは、組織的なしがらみはないんだろう?」

「いきなり誘うのは非常識じゃない?相手の事情も考えなよ!」

「うむ……御二人がよければ御一緒させてもらってもよいか?」

「いいの!?大変だよ!?」

「望むところです。それに、御二人といれば修行相手には事欠かないでしょう?」

「そうだな。俺だけじゃなくこいつもそれなりにはやるからな」


 男に巻き込まれたと知ってドロシーは大変驚いた顔をしている。


「えっ……私、魔法使いなんだけど?あなたに教えられた似非格闘術くらいしか身に付けてないんだけど?」

「杖術があるだろう?」

「あれは……やむを得ない時に使うものだから、使わないわよ?」

「まあ、軽い手合わせ程度でいいからやってやれ。技術が向上するかもしれないしな」


 腕を組んで悩むこと数十秒。


「まあいいか。わかった、私も時々相手をしてあげる。よろしくね、って名前を聞いてなかった。あなたの名前は?」

「私はアカネ・ミズキ。極東出身、武者修行中の若武者です」

「私はドロシー。こっちは……適当にクロとでも呼んどいて」





 ここから、私と団長との旅が始まった。この後すぐに、師匠となるパルテナと邂逅し、彼女に師事することとなった。

 ちなみに、この時には既にレーネとそのパーティ、それにシャルネとプレアが同行していた。これはこれでいい思い出だった。


「――ふっ! はっ!」

「朝から元気ですね。」

「クロエか。君も早起きだな」

「秘書として当然です。それで、少し手合わせ願えますか?今はあまり暇もないので鈍っていないか心配で。いつでも団長の命令で戦えるようにしておきたいのです。」

「真面目だな。大丈夫だ。軽くでいいのならいくらでも付き合おう」

「ありがとうございます。それでは、今日も無手でお願いします。」

「ああ、よろしく――」



 この後序盤の3分ほどは互角だったものの、徐々に形勢はアカネの方へと傾いて行き、開始から5分後にはアカネの勝利で決着がついた。


「相変わらずですね。これでも無手ではそれなりに自信があったんですけど。最近ではクリスとも引き分けたのに。」

「守りの意識が強いあまり攻め手が弱かった。もう少し攻撃を意識した方がいいと思うぞ」


 アカネは修行をしていたはずなのに、今ではギルドに所属して拠点にしているが、当の本人は――


「これも修行の一環。決して、居心地がいいから帰る気が失せたとか、そんなことでは断じてないからな!!」


 なんて言っているが、焦る感じも見受けられず、帰ろうとする素振りも見せないので仲間は全員察している。本人だけは隠しきれていると思っているようだが。

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