重複投稿したとしても、記憶にございません

ちびまるフォイ

はじめての、出品!

「あれ? どこかにやったかな」


軽く外に走ろうかと思って黒のランニングウェアを探したが見つからない。

ランニングシューズまで無くなっている。


それだけで急速に意欲はなくなって家でパソコンを開いた。

普段、運動なんてしない人間の意志なんてこんなもの。



>タブを復元しますか



ブラウザを開くと気になるものが目に入った。


「記憶……ネットショッピング?」


フリーマーケットのようにネット上に利用者の記憶がアップされている。

安いものから高いものまで。


『新作RPG ライディアント・ファンタジーの記憶』

 ゲームをクリアして、またイチから感動したいので

 記憶を売ります!


試しに安い記憶を1つ買ってみた。


「へぇ、こんなゲームなのか」


購入後、すぐに記憶を手に入れた。

ゲームソフトはおろか、ゲーム機すら持っていないのに

そのゲームについての細かいストーリーが記憶に刻まれる。


納得の名作だとプレイして無くてもわかった。


「このゲームやった? 超おもしろかったぜ」

「それより試験勉強しなよーー」

「んだよ、ノリ悪いな」


「俺もそのゲーム知ってるよ!!」


学校で記憶にあるゲームに反応して声をかけた。この感動を分かち合いたい。


「おお! お前もやったのか! エンディング最高だよな!」


「そうそう! 本当に切なくて最高だった!!」


記憶を買ってよかった。

実際にプレイした人の記憶なので深い話ができた。


来週に迫った期末試験など記憶から吹っ飛ぶほど盛り上がった。


「はぁ……試験勉強……」


記憶から吹っ飛ぶほど盛り上がったものの、現実を思い出して凹む。

現実逃避をかねて記憶ネットを見ていると手が止まった。



『高校生の数学の記憶』

 社会人になってから別に使わないので出品します。

 有名高校なので専門性は高いです。状態は良好。



なぜか金だけはたくさんあったので迷わず購入。

記憶の覚え具合に応じて状態があり、良好ということは――


「ふおおお!! すごい!! 高3までの勉強が頭に入ってくる!!」


鮮明な記憶が頭の中に流れ込んだ。

状態こそ悪かったりするものの、ほかの科目の記憶も見つけたので迷わず購入。


期末テストでは赤点まっしぐらの俺による下剋上にクラスがざわめいた。


「お前……本当に勉強したんだな……!!」


「勉強ね。ふふ、先生。大事なのは時間の使い方ですよ」


「「「 ステキ!!! 」」」


ドヤ顔でかっこつけたところ、女子からも声がかかるようになった。

晴れて彼女も作ることができて勝ち組まっただなかだが、悩みは尽きない。


「……でも、恋人って何すればいいんだ?」


これまでの日かげ生活がたたってか、まるでわからない。

困ったときは記憶ネットショッピング。



『恋人との記憶』

 昔付き合っていた彼氏との記憶です。

 記憶があると引きずったりするので、物の処分とともに出品します。



「こ、これだ!!」


使い道がないほど貯まっているお金を存分に生かして購入。

頭の中に刻まれるデートの実体験や、その時の気持ちなども理解できた。

次のデートでは、彼女を華麗にエスコートしてみせた。


「すごいね、同じ高校生なのにこんな場所も知ってるんだ。びっくりした」


「まあね。俺は勉強だけにやっきになる連中とは違って、

 この世界のいろいろなものを記憶しているんだよ」


子供ビールで乾杯した。

高校生の付き合いたてのデートとは程遠い、大人品質のデートをしてみせた。

彼女は俺の内面にある大人っぽさにますますメロメロに。


「記憶ネット最高だ!!」


 ・

 ・

 ・


と、使いつぶすこと数か月。


「か、金が……ない……」


あれだけ無駄にあったお金も消費だけ続ければ底を尽きる。

まあ、ランニングシューズを購入したりもしたけど。


バイトは学校で禁じられながらも始めているが、

高校生のバイトで稼げる金額なんて記憶ネットしていればすぐに消し飛ぶ。


「かといって、自分の記憶売るのもなぁ……」


自分のものを失うのは大嫌いだ。それが記憶であれ同じこと。

中学の野球部で使っていたバットが紛失したのに気づいたときは、

夜通しで家中をひっかきまわして探したほど。見つからなかったけど。


何かいいアイデアはないものかと、テレビを見ていた。


『現在、行方不明の増田やすえさん(32)は

 帰宅中に連絡が取れなくなり、警察はなおも捜索中です』


「これもう死んだだろ」


ニュースに不謹慎なことをコメントして閃いた。


「そうだ!! 死体の記憶を売れないかな!?」


死体なら人生全ての記憶を出品しても大丈夫。文句は言われない。

病院の霊安室や警察の被害者の場所を調べて、遺族のふりをして潜入する。


記憶の出品方法は簡単。


アプリを起動し、スマホで頭を取る。

記憶のリストが出てくるのでそこから出品するものを選ぶだけ。


「お、おお! 行ける! 死体でも行けるぞ!」


記憶の状態は少し不安だったが死んでても記憶は残っている。

死体から抜き取った記憶を余すところなく出品した。


量が量なので買い手には事欠かない。


バイトがバカバカしくなるほどの収入を一瞬で手に入れた。


「わははは!! やっぱり俺って天才だ!!」


貯まったお金は、ゲームの裏情報の記憶や、マニアックな知識などの記憶に変えた。

ますます話すネタには困らなくなる。最高だ。



『連続発生している不審死について、専門家をお呼びしました。

 先生、これはいったいなんでしょうか』


『被害者は全員ネットをしていたそうじゃないですか。

 過剰なブルーライトを浴び過ぎたことによるショック死かと』


テレビでは連日不審死について報道している。


「ははは、ブルーライトなわけねーじゃん」


電子機器の専門家の記憶も手に入れているので、

専門家きどりのコメントがいかに見当違いかすぐにわかる。


『なお、被害者は全員が記憶ネットというものに接続し

 その誰もが記憶の移植後に死亡していたようです』


テレビには被害者のつないでいた画面が順番に表示される。

映し出されたのはすべて俺が死体から抜き取った記憶だった。


「えっ……! まさか、そんな……!?」


死体の記憶を、生きてる人に入れるとどうなるのか。

そんなこと考えもしなかった。


俺が出品した記憶のせいで死んだ人には、俺より小さい子供もいた。


人殺し。

心の中に眠っていたようなどす黒い感情が頭いっぱいになる。


「ち、ちがう……俺はただ出品しただけで……こんなことになるなんて……」



知らなかったで許されるのか?


知らなかったなら人を殺しても許されるのか?



自分の頭の中で別の人格が糾弾する。


「俺は悪くない!! だって、だって……」


口では必死に自己弁護するも頭の中の記憶が罪悪感でさいなまれる。

このままでは本当に自殺してしまう。


「そうだ!! この記憶も出品して封印しよう!!」


記憶ネットにつないで自分の罪の記憶を抜き出す。

100億という法外な価格設定を行い、さらに記憶の文面はわざと変な表記にする。



『昨日見たテレビの記憶』

 サッカー中継を見た記憶です。



「これに100億で買うバカはいないだろ!!」


出品ボタンを押すと、耐えかねるほどの罪悪感がすっと消えた。

いったい自分が何で悩んでいたのかさえ思い出せない。


記憶出品前に、書き残した記憶についての顛末を読んでも

どこか他人事のように感じてしまう。


「本当に俺が死体から記憶抜き取ったのか。うそだろ」


実感はまるでない。

ランニングでもしてこようかと玄関に出ると、ちょうど警察に出くわした。


「君が出品した記憶についてちょっと話をきかせてもらえるかい?」


ああ、紙に書いてあった記憶のことか。


「いや、何も覚えてませんよ? なにひとつ。

 話もなにも、なにひとつ覚えてないんです。ウソじゃない」


「とぼけるのか」


「だから、とぼけてませんって!!

 不審死があるってことは知ってますけど、

 記憶がないんだから詳しいことは何一つ知らないんですよ!!」


俺の返事に警察はきょとんとした。


「君はなにを言ってる?」


「……え? 不審死の犯人だと俺を疑ってるんでしょ?」




「いや、我々は増田やすえさんを撲殺した犯人として

 キミを逮捕しにきたんだ。不審死など関係ない。

 庭に埋められていた死体もこちらで見つけているよ」



「は……?」


掘り起こされた穴からは、返り血が付いたランニングウェアと靴。

中学の時に使ったバットにべっとりと血がついていた。


どうして俺が最初に大量の金を持っていたのかも納得した。

どうして俺が死体からアイデアを取ることをすぐに思いついたのか。



「記憶に……ございません……」



なにもかも記憶出品した俺には何も残っちゃいない。

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