水の記憶/レイリオペの子供たち
りう(こぶ)
水の記憶
☆
水には記憶がある、とステラは言った。
だから僕らは記憶を運んでいるのだと。
その大きな腹に膨大な記憶を湛えて、
僕らのクジラは宇宙を泳いでいく。
◉
僕らの輸送船は、順調に航路を進んでいる。
ステラは自動操縦に任せて、マリワナを
セントラルのワームホールまでは、テラ時間であと数十年。
僕らの時間であと数日。
ワームホールを抜けたら、3ヶ月で届け先に到着する。
僕らは水という名の記憶を運んでいく。
☆
僕らの輸送船を、ステラはクジラと呼んだ。
形がクジラに似ているから、とステラは言った。
それはずっと昔にいた、水の中の生き物らしい。
昔は大きな水溜りがある
ステラはマリワナを吸うと、陽気になって
無重力に脳をやられたね、と僕も返す。
◉
ワームホールを抜けて半月、関税船に足止めを食らう。
ステラはいつにも増してイライラしている。
マリワナは、喧嘩の末に僕が捨ててしまった。
僕らが長い時間をかけて、ここまで運んだモノたちは、
その間に不要になったのかもしれない、と僕は邪推した。
ステラは、彼にコーヒーを淹れる僕を睨んだ。
☆
いつからか、僕らはクジラの中で、悠久の流れに身を
独りきりだったステラが、独りきりだった僕を給油ついでに拾った。
それはもうずっと前のことだけれども、
そのとき彼は、すでに旅路の途中だった。
だから僕は、クジラが本当は何をどこへ運んでいるのか、それを知らない。
ハイになったステラの言うことを信じるなら、僕らは水を、記憶を運んでいる。
◉
僕の左耳が、ステラの首に流れる血潮を
クジラが繋がれている関税局とやらの取締船が、曇ったガラスの外に見えた。
ステラの白く長い指が、ガラスに魚の絵を描く。
クジラは昔、移民の船だったんだ。ステラは零した。
その黒曜石のような瞳に、星空が映る。
生きていたいか、とステラは僕に尋ねた。
☆
僕らが運んでいるものは、記憶ではない。
そして、水でもない。
ステラは、僕がそれを知っているということを知らない。
ステラはそれが水ですらないことを、最初から知っていたのだろうか。
ステラは古い航海日誌を破り、それでマリワナを吸う。
絶対に開けることのできない貨物室へのハッチを見つめながら。
◉
ステラとだったら。
僕はそう言った。
クジラは捕縛され、絞められようとしている。
僕らの旅路の終わりが近づいていた。
ステラが隠し持っていた最後のマリワナを、二人で吸った。
僕ら二人、水滴のようにクジラを飛び出す。
彼の睫毛が凍って光るのを見た。
万有引力に支配されながら、いずれ
水の記憶/レイリオペの子供たち りう(こぶ) @kobu1442
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