水の記憶/レイリオペの子供たち

りう(こぶ)

水の記憶

水には記憶がある、とステラは言った。

だから僕らは記憶を運んでいるのだと。

その大きな腹に膨大な記憶を湛えて、

僕らのクジラは宇宙を泳いでいく。


僕らの輸送船は、順調に航路を進んでいる。

ステラは自動操縦に任せて、マリワナをふかしてばかりいる。

セントラルのワームホールまでは、テラ時間であと数十年。

僕らの時間であと数日。

ワームホールを抜けたら、3ヶ月で届け先に到着する。

僕らは水という名の記憶を運んでいく。


僕らの輸送船を、ステラはクジラと呼んだ。

形がクジラに似ているから、とステラは言った。

それはずっと昔にいた、水の中の生き物らしい。

昔は大きな水溜りがある惑星ほしがあり、僕らもそこから発生したと。

ステラはマリワナを吸うと、陽気になって冗談ウソを言う。

無重力に脳をやられたね、と僕も返す。


ワームホールを抜けて半月、関税船に足止めを食らう。

ステラはいつにも増してイライラしている。

マリワナは、喧嘩の末に僕が捨ててしまった。

僕らが長い時間をかけて、ここまで運んだモノたちは、

その間に不要になったのかもしれない、と僕は邪推した。

ステラは、彼にコーヒーを淹れる僕を睨んだ。


いつからか、僕らはクジラの中で、悠久の流れに身をゆだねていた。

独りきりだったステラが、独りきりだった僕を給油ついでに拾った。

それはもうずっと前のことだけれども、

そのとき彼は、すでに旅路の途中だった。

だから僕は、クジラが本当は何をどこへ運んでいるのか、それを知らない。

ハイになったステラの言うことを信じるなら、僕らは水を、記憶を運んでいる。


僕の左耳が、ステラの首に流れる血潮をとらえる。

クジラが繋がれている関税局とやらの取締船が、曇ったガラスの外に見えた。

ステラの白く長い指が、ガラスに魚の絵を描く。

クジラは昔、移民の船だったんだ。ステラは零した。

その黒曜石のような瞳に、星空が映る。

生きていたいか、とステラは僕に尋ねた。


僕らが運んでいるものは、記憶ではない。

そして、水でもない。

ステラは、僕がそれを知っているということを知らない。

ステラはそれが水ですらないことを、最初から知っていたのだろうか。

ステラは古い航海日誌を破り、それでマリワナを吸う。

絶対に開けることのできない貨物室へのハッチを見つめながら。


ステラとだったら。

僕はそう言った。

クジラは捕縛され、絞められようとしている。

僕らの旅路の終わりが近づいていた。

ステラが隠し持っていた最後のマリワナを、二人で吸った。

僕ら二人、水滴のようにクジラを飛び出す。

彼の睫毛が凍って光るのを見た。

万有引力に支配されながら、いずれ大きな水溜りうみに吸収されるように、

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水の記憶/レイリオペの子供たち りう(こぶ) @kobu1442

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