第3話:終わりの始まり
気が付くといつの間にか陽が沈んでいた。先ほど外の様子を確認した際はまだ十分に明るかったので達也は驚嘆した。まるで時間をワープしたかのような感覚だった。実際、時間を忘れるくらい集中していた。なぜなら数日後にふたご座流星群を観測するための準備をしていたからだ。
達也はその高校の天文部に所属する唯一の部員だった。自分の好きなタイミングで自由に機材を使って大好きな星を見られるのは魅力的だが、その分準備が大変である。
しかしこのような快適な観測環境ももうすぐ終わりを迎える。さすがにこのまま部員が一人では廃部の危機に陥ってしまうからである。今年はうまくいかなかったが、次はがんばらなければならない。自分のせいでこの部活を廃部にするわけにはいかない、と達也は身を引き締めている。
なのでせめてそれまでは思い切り天体観測を楽しもうと決めた。星をじっと眺めていると、段々と自分と世界との境界が曖昧になってくる。自分が少しずつ溶け出して世界に染み出していくかのような不思議な感触。まるで二色の絵の具が混ざり合い、やがて一つになるような相互的侵食。達也はその感覚が好きであったし、それは今の彼にとって最も必要なことであった。
まだ準備を続けようか?
けれどすでに遅い時間になっていたし、その日やるべきことは一通り終わっていたので達也はもう帰宅することにした。
教室を出て扉を閉める。ポケットから理科準備室の鍵を取り出し、その後しっかりと施錠した。そして下駄箱へと続く階段を下りていった。
靴に履き替え帰路に就く。校庭ではライトが点灯されていて、目が少し眩んだ。よく見てみると野球部とサッカー部がまだ練習を続けていた。彼らの動きに淀みはなく、まだまだ動けるぞ、と全身が語っているようであった。また、耳を澄ますと吹奏楽部も練習を続けているようだ。みんながんばっているんだな、と達也は思った。彼はマフラーに顔を埋めた。そして駆け足気味に校舎から遠ざかった。
校門を出るとすぐに見慣れた姿があった。未来だ。
「あれ、未来? どうしてこんなところにいるの?」
「あ、達也くん! 遅い!」
未来は達也に話しかけられるとぷんぷん怒り出した。
「もう、こんなときに限って帰るのが遅いんだから……」
「えーと、ごめん?」
「そう! ごめんなさい!」
「ごめんなさい」
よくわからなかったが、ここは未来に従って謝ることにした。
「うむ、よろしい」
未来は腕を組み、ふんぞり返って言った。
彼女をよく見てみると耳は真っ赤になっていて、指の爪はそれとは対照的に青くなっていた。そして寒さのせいか少し震えているようだった。
「もしかしてずっと待ってたの?」
「うん。もーなんで今日みたいに手袋を忘れたときに限って遅いのかなー。部活やってたの?」
「そうだよ。というか用事があるなら連絡してくれればよかったのに……」
「何度もした!」
そう言われてスマートフォンを取り出して確認すると未来からメッセージが二件、電話の着信が三件入っていた。
「わ、本当だ。全然気が付かなかったよ。ごめん、本当に」
「いいよ、私が勝手に待ってただけだし」
「それで何かようだったの?」
「あ……うん、それなんだけどね……」
普段快活な未来が珍しく言い淀んでいる。指は行き場を失った迷子のようにもじもじと動き、目も合わせようとしない。
一体何を言うつもりなのだろうか。思わず達也は身構えた。
……もしかして、未来の好きな人の話だろうか。
しばらくするとさすがに未来も落ち着いたようで、先ほどのことを打ち消そうと試みるかのように居住まいを正した。その様子に思わず背筋が伸びた。
「あのね達也くん、星を見に行かない?」
意外な提案だった。
「星を? どうしてまたいきなり?」
「ううん、特に理由はないの。けど、昔はよく一緒に見に行ったでしょ」
確かに昔、小学校の頃は一緒に星を見ることもあった。けれど中学生になってからはそういうこともなくなったので、てっきり達也は未来が星に興味を失くしたものだとばかり思っていた。だからその誘いがとても、嬉しい。
「なるほど、確かに昔はよく行ったね。うん、それならお安いご用だよ」
「ありがとう。じゃあ明後日はどう?」
「大丈夫だけど……あ……もしかしてふたご座流星群?」
「正解」
「よく知ってたね」
「昨日のニュースでやってたの」
未来は誇らしげに言った。どうやらいつの間にかいつもの彼女に戻っていたようだ。
「では明後日にふたご座流星群を見に行くということで。場所は学校の屋上で大丈夫? そこならすでに先生から許可もらってあるけど」
「うん、そこで大丈夫」
「わかった。なら詳しくは歩きながら話そうか」
二人は並んで帰路に就いた。達也は久しぶりに以前のように落ち着いて未来と話をすることができたように感じた。
そして決心した。
これを未来との最後の思い出にしよう。
その後、この想いを諦めよう。
俺と未来はいつも通りの幼馴染同士。それ以上でもそれ以下でもない。
それが一番なんだ……。
きっと……。
さあ、最後の天体観測を始めよう。
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