疚しい話、長い夜。・上
*/入野湊谷の場合
鉛色をした刃が月明かりで鈍く光を反り返す。そんな冷たい鉄の塊を俺の頬に押し付ける。この慣れ親しんだひんやりとした感触が人を殺す道具だと知らないわけではない。
――今さら罪の意識など無い。いや、はじめから罪など感じてはいなかった。人を殺した手で好きなやつを汚すのだ。
「俺と違って、お前は罪悪感があるようだけど」
精神的の調子が悪い霧流が握る、鈍く光る刃が嫌に熱を吸いとっていく。
「……聞きたくない」
「いいよ、聞かなくて」
「湊谷はそればっかり」
怒鳴って俺の手を振り払おうとするが、力無く抵抗されたところで結果は目に見えていた。
「……頭が痛い、」
息の上がった声色でポツリと呟く。青い目は涙で潤んでいた。
治せるもんなら治してあげたい。けれど俺が手を出せば出すほど、霧流が駄目になっていくのがわかっていた。
震える手で頭を抱えてうずくまる。俺に取られていない方の手を黒い髪に埋めてかきむしる。おかしくなる前の初期症状だった。
「きー、」
こうなってしまえば声は届かない。ただひたすらに甘やかしてあげることはできるが、それじゃあ駄目なんだ。甘やかすだけじゃ、いつか近い未来に必ずまた壊れる。もう二度と麻薬だけはやらせるわけにはいかない。 ……きっと今度こそ帰ってこれなくなる。
「もう寝ろ」
両の腕で抱く。右手にもっていたナイフがカランと床に落ちる。音の反射でビクッと大きく震えた体を強く抱き締める。
「ごめん、そーや」
震えた声で呟くのに、ただ一言「いいよ」だなんて肯定系の言葉しか言えなかった。
よくもないのに、いいよだなんて無責任な事を吐く、そんな自分が赦せない。だけどそんな台詞しか、いまの自分には思い浮かばなかった。
気の聞いたことが言えたところで、霧流がこのままならば、意味がない。自己満足も甚だしい、なんて。
「おやすみ、霧流」
どこか臆病な自分はどうやって殺せばいいんだろうね。霧流の手から滑り落ちたナイフが、ただ血を求めて乾いていた。
冷たい夜が去り、鈍い朝日が迎えに来る。どこも変わったことなど無い。
どうしたものか。終わりの近い関係のような気もするが、これに終わりが来るとしたら片方が死ぬしかないだろう。それがどっちであるかなんて、すこぅし考えればわかる事。……同等、考えたくもない。
閑話休題。
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