筑波大学の崩壊

tsunenaram

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「………………進まねえ………」

実は、夏休み以降から、自分が何をやっているのかすらもわからなかった。何がわからないのかがわからない。結果はあるけれど、そこから一体何が言えるのかがわからない。先行研究を見ても、三年間の不勉強のためか、単語レベルでわからない。そんな調子で、卒業研究など進むはずもなかった。筑波大学社会学類四年生の村崎今次は、まじめな学生ではなかった。だが、かろうじて都内の小さな企業への就職がもうすでに決まっている。いまさら、卒業研究や論文執筆へのモチベーションなどどう生み出そうというのだろう。

彼の作業する学術情報メディアセンターのサテライト室は、彼と同じく論文執筆のためにこもりきる学生であふれていた。強くかかった暖房が人間の熱気で増幅され、むせかえるような空気で、どことなく呼吸がしづらい。論文のWordファイルを開く。そしてすぐ、村崎の手は思わずスマートフォンに手を伸ばす。返しそびれたLINEに返事を書き、グループのメッセージを流し読みし、そしてすぐ気を取り直し、Wordに戻る。そして数百字原稿を進め…たと思ったら、次はパソコンでYoutubeを開く。

もうだめだ。彼は、人文社会学系棟に所在する、自らの研究室を訪ねることにした。この時間なら、指導教官の二峰先生はもう帰ってしまっているだろう。しかし、おそらくまだ、博士課程の大学院生である桐野は残っているだろう。筑波大学の学生を牛耳る全代会の議長OBらしく、とても几帳面で厳しい性格の桐野を、村崎は実は少しばかり畏怖していた。それでも、何もわからないまま懊悩するよりはマシだろう。そう考えた彼は、荷物をまとめ、サテライト室を出たのであった。

自転車に乗って、ペデストリアンを走る。人文社会学系棟に向かう第一学群棟の道中に、村崎は人だかりを認めた。

「喧嘩かなにかか?」

村崎は気になって、人ごみに近づき、分け入った。彼はその瞬間、自分の目を疑った。人ごみの理由は、すぐに分かった―—―

 

棟と棟の間の渡り廊下の屋根が、崩れ落ちているのだ。

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