第55話 決闘直前の語らい
はじめは龍巳とガルドの決闘を渋っていたミラであったが、二人の意思が固いのを察したのか最後にはあきれながらも冒険者ギルドの裏手にある訓練場を紹介してくれた。
今は朝であり、ほとんどの冒険者は依頼を受けてそろそろギルドから今日の職場へと移動する時間帯であるため、訓練場には数人の姿しかなく、彼らもただ自分の武器を振りながら暇を持て余しているような雰囲気があった。
そんな彼らにとって、ミラに先導されてその後ろを歩きながら、いかにも「これから戦います」といった雰囲気を醸し出している龍巳とガルドは格好の暇つぶしであった。
さらにはギルドで龍巳とガルドの一連の騒動を見ていた者たちが、今日を休息日として今も自分の部屋で寝ている仲間を叩き起こしてこの決闘を観戦するよう促すものだから、龍巳とガルドが訓練場について準備を始めたころにはいつの間にか数十人もの見物人が発生していた。
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「なんだか大ごとになってきたな」
訓練場に武器を構えて立っている龍巳が独り言を漏らした。
その言葉には特に返答を期待していたわけではないのだが、ガルドが龍巳の声に反応した。
「まあ、俺みたいなやつでもB級冒険者なんだ。そんな奴が新人と決闘なんかするんだから、そりゃ格好の話のネタってやつだろ」
龍巳はここで、なんとも言えない違和感を感じた。しかしその正体を突き止める暇もなく、ガルドは決闘を始めるように龍巳を促し始める。
「さあ、そろそろ始めようぜ。まだ見物人は集まっている最中みたいだが、そんなものは俺らに関係ないしな」
ここでもまた違和感を感じたのだが、ここでガルドの催促を跳ね除けてまでそれの正体を追求するほど大きなものでもなかったため龍巳はその提案に乗ることにした。
「わかった。ルールはどんな感じにするんだ?」
この世界での決闘の「普通」を知らないため、そうガルドに問う龍巳。
だがその問いに答えたのはガルドではなく、少し憮然とした表情をしているミラであった。ミラとしてはこのような決闘を龍巳に受けてもらいたくなかったのだが、「冒険者のいざこざに中立を超えて深入りしてはならない」というギルド職員規定から龍巳に決闘を降りるように強くは勧めることができなかったこと、そして龍巳が金に釣られて決闘を受けてしまったことに少しの憤りを感じていた。
「冒険者同士の決闘とはいえ、お互いに生活がありますので過度の攻撃は禁止です。武器はギルドが貸し出す木製の物、急所を狙った攻撃は禁止とします。破った場合は破った方に今後五年間の強制労働を課します」
「その強制労働というのは?」
龍巳が質問をする。この世界での強制労働というものが想像できなかったためだ。
「基本的に、ギルドが斡旋する依頼を全て受けていただくことを指します。もちろんランクにあったものをお選びするので、死亡する可能性は限りなく低いと言えますが」
ミラの説明を聞いて、龍巳は内心で「えぐいな」と感じた。自分で選んだ仕事ならまだしも、他人に勝手に決められた仕事をさせられるのはたとえ達成したとしても一定のストレスがたまるものだ。
それを五年間も続けるのだから、意外と厳しい罰則なのではないだろうかと思ったのだ。
「それと、この罰則を逃れられることはないと思ってください。この契約はギルドが国に設置される際に成立した取り決めであり、一度受けた罰則を全うしなければギルドの存在する国すべてに居場所はありませんので」
そしてそれを守らせる仕組みもしっかりしているらしい。
まあ、それほどの下地がなければ荒くれ者の集う「冒険者ギルド」など成立しえないということなのだろう。
「では良いですか?今回の決闘、時間制限は無し。武器の種類に縛りはなく、こちらのギルドが用意した木製武器であればどれでも構いません。敗北条件は気絶するか、降参を宣言することとします。勝利報酬はタツミさんが金貨一枚、ガルドさんは特になし。お二人とも、よろしいですか?」
ミラが龍巳とガルドに問う。
「大丈夫です」
「ああ、問題ない」
二人がそういいながら自分たちの武器を取る。
龍巳が片刃の短剣、つまりは刃渡りが長めのナイフを二本それぞれ右手と左手に持ち、ガルドは両手剣を装備した。
二人が訓練場の開けたところに離れて位置を取り、お互いに視線を送る。
戦いの幕が上がるのはもうすぐだ。
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龍巳が決闘開始の宣言を待っていると、ガルドがあまり大きくない声量で、しかし龍巳が聞き取るには問題ないレベルで話しかけた。
「なあ、おい。俺は今まで何度も修羅場をやり過ごしてきた。そのおかげで目の前にいる相手の強さは何となくわかるんだが、お前は正直よくわからん。今までの経験だけで言えば俺より弱いと思えるんだが、勘でそれだけじゃないような気もするんだ」
突然そんなことを言われ、龍巳としてはどう反応していいかわからず無言で苦笑するしかなかった。
そんな龍巳の表情に構わず、ガルドは語るのをやめない。
「なんというか、そう。まるで複数人を相手にしているような雰囲気を感じるんだ。まあ、そんなわけはないんだがな…」
そこまで言われて、龍巳はガルドの言いたいことが何となくわかった気がした。今の龍巳のステータスは次のようになっている。
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タツミ・ヤサカ 17歳 男 Lv.14
称号:器用貧乏、異世界人、巻き込まれし者
体力:520
魔力:520
物耐:520
魔耐:520
筋力:520
敏捷:520
器用:750
<スキル>
鑑定Lv.5、並列思考Lv.3、思考加速Lv.3、体術Lv.3、剣術Lv.3、槍術Lv.3、斧術Lv.3、治癒力上昇Lv.3、火魔法Lv.3、水魔法Lv.3、土魔法Lv.3、風魔法Lv.3、氷魔法Lv.3、雷魔法Lv.3、光魔法Lv.3、回復魔法Lv.3、魔力感知Lv.3、魔力操作Lv.3、身体強化Lv.3、細工Lv.3、魔法付与Lv.3
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このステータスで最も特筆すべきは、そのスキルの多さだ。
『体力』をはじめとしたステータス値はガルドのほうが上であるから、ガルドの「自分のほうが強い」という経験からくる予測は間違っていない。
しかし龍巳のスキルの多さとそれによる多種多様な戦術は、「ガルドより弱い人が多数いる」という一対多の状況と同様のものを作り上げるのだ。
龍巳はそのことを改めて確認すると同時に、それを勘で理解しているガルドがやはり一流の冒険者であることに疑いの余地を持たなくなっていた。
「では、そろそろ始めますよ!」
ミラが未だにお互いを観察している二人に声をかけた。
二人は腰を落として戦闘態勢を整える。
するとその場の雰囲気が一気に張り詰めたものになった。周りで騒いでいた野次馬の冒険者たちも、二人の醸し出す空気に
一方でガルドは龍巳に「自分のほうが強い」という宣言のようなことをしたのを反省していた。今龍巳と戦闘態勢で向かい合ったとき、経験則とは別のところで感じていた龍巳の底知れなさが一気に深くなったからだ。
その感覚は龍巳がスキル『思考加速』を用いてガルドを観察していることに起因しているのだが、それをガルドが知る由もない。
こうして、あとはミラの掛け声だけで決闘がいつでも始まる準備ができた。
そして…
「では、はじめ!!」
戦いの火ぶたが切って落とされたのだった。
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