第10話 脱出(笑)

 分かってはいた。龍巳が貴族に罵られただけと言えばそれまでだが、龍巳からしたら勝手に自分の世界からさらわれて、勝手に期待されて、勝手に失望されて、いつのまにか責められていたのだ。「役立たず」とまで言われて。その事をしっかりと理解しているアルフォードは、「この世界のことを救おうと思えない」という龍巳の考えに反論しようと思えない。

 それでもこの国を導く立場であることが、彼に口を開かせる。


「そうか......。異世界人であるというだけでも、この国のために戦ってほしいと思うのだが......」


それを聞いた龍巳の表情は全くと言っていいほどに動かなかった。その様子に、アルフォード、そしてアルセリアは彼の意思が固いことを察する。



「でも、仕方ないですよね......。タツミ様を理不尽に罵った貴族たちに原因があるのでしょうし......」

「はい。この国を率いるべき貴族たちが、自分の不満を口にするばかりで最善を模索できない時点で、こう言っては悪いですがこの国はもう危ないです。魔物による外からの崩壊だけでなく、内からもそれが進んでいるとなれば、いくら勇者の称号を持っていようと子供がどうこうできる段階ではありません。そんな国を守りたいとは思いませんし、変えられるとも思いません」


その言葉は、龍巳なりに考えて出した答えだった。実は龍巳も、あの貴族たちのためではなくアルフォードやアルセリアのためにこの国に助力しようかとも考えた。しかし、仮に魔物の襲撃による国の崩壊を止められても内から腐敗が進んでいるとなれば、龍巳にはどうしようもない。滅びるのが早いか遅いかの違いでしかないのだ。

 そして龍巳の考えを聞いていたアルフォードは、てっきり貴族の態度に怒りを覚えていたから断ったのだと思っていたため、ここまでしっかり考えている龍巳に目を丸くしていた。と同時に、ひとつの希望も見いだしていた。


「つまり、もし貴族たちの腐敗をなくし、この国の内が万全になればタツミ殿も助力してくれると言うことか?」

「確かにそれができれば何も問題ありません。しかし、不可能だと思います」

「な、なぜだ!?」

「人はそう簡単に変わりません。長い年月をかければ可能かもしれませんが、そんなことをしているうちに魔物に滅ぼされてしまいます」

「それなら勇者たちに守ってもらえば!」

「それでは、貴族たちの意識が変わりません。何もしなくても勇者が守ってくれるのだとあぐらをかき、さらに腐敗するだけです」


その言葉が真実なのだと、アルフォードは悟った。勇者を召喚したのは王族であるアルセリアで、貴族は何もしていない。何も貢献していないのに守られる状況というのは、人をダメにするには十分な環境であると分かったのだ。

 アルフォードを説得した龍巳は、改めて自分の考えを口に出す。


「とにかく、私にこの国を守る意思はありません。それでは失礼します」


そう言って大広間から出ていく龍巳。龍巳が口を開いてから一度も声を出せずにいた宗太と美奈は、彼の背中が巨大な扉の向こうに消えていくの無言で見送ることしかできなかった。


 朝の話し合いから数時間。

 龍巳はニーナに頼んで着替えといくらかの食べ物を鞄に詰め込んでいた。学生鞄は地球に置いてきてしまったので、詰め込んでいる鞄もニーナに持ってきてもらったものだ。


「やっぱり、出ていかれるのですね?」

「ああ。これ以上ここにいても不毛な話し合いが続くだけだろうしな。ほんとは同郷の二人にも言っておくべきなんだろうが......」


二人とも理由を理解して引き留めることはしないだろうが、国民を見捨てるに等しい道を選んだ自分を多かれ少なかれ軽蔑した目でみるだろうと思い、龍巳は彼らに言えなかった。それは盛大な勘違いなのだが、龍巳も同郷の相手ということで客観的に予測することができないでいた。

 それからまたしばらくして、もうすぐ昼食の時間だというとき......


「よし、こんなものだろう。ありがとうな、ニーナさん。ニーナさんがいなかったらここまでスムーズに準備は整わなかったよ」

「いえ、主の要望に応えるのがメイドの務めですから」

「そ、そうか......。まあそれでもお礼ぐらい言わせてくれよ。感謝してるのは本当なんだからさ」

「......分かりました。お礼をお受けしましょう。どういたいまして、です。タツミ様」


その感謝の言葉を言われ慣れていないニーナの様子に、龍巳が表情をやわらげた。そしてどう城を脱出するのかを思案する。


「じゃあどうやって城を抜け出そうか......。一応召喚された訳だし、顔は知られてるだろうし......」


悩む龍巳に、ニーナが声をかける。


「タツミ様、おそらく城の全ての者がタツミ様の顔を知っているわけではないと思います。例えば門番をしている騎士になりたての者は、召喚された人間がいることは分かっても誰が召喚されたかは知らされていないはずです。そこで提案なのですが......」


龍巳は今、城の前にある門の前でそこの門番と一人で話をしていた。すると......


「いいだろう。通行を許可する」


門番が龍巳が門を通り外に出ることを許可したではないか。

 龍巳はそのまま門をくぐり、城下町へとくり出した。


「まさかあんな方法で出られるとなぁ。ニーナさんがいて本当によかったよ」


龍巳がやったことはいたってシンプルで、自分のことを「東から来た商人だ」と説明し堂々と城を出たのだ。ただタイミングを工夫し、門番が入れ替わる昼過ぎを狙って門に向かったのだった。ニーナ曰く、


『この城は基本的に、入ることに関しては凄まじく厳重ですが出ることには意外と無頓着なのです。門番が入れ替わった直後に門を出ようとすれば、門番は午前中に来た人物なのだろうと勝手に誤解してくれるはずです』


とのことであった。


(入るものを厳しく管理すれば、出るものを気にしなくていいと言うことか?それでもやっぱり無防備過ぎる気がするな......)


 門番の対応に「助かった」という気持ちと「頼りない」という気持ちが湧き、複雑な心境になる龍巳であったが、ひとまず思考を切り替えてこれからのことを考えることにした。


(ニーナさんに聞いた通りだと、城の周りは貴族がよく出歩くから城から遠ざかるように歩いた方がいいらしいな。とりあえず、できるだけ城から離れるか)


 そうしてしばらく歩き続け、いつのまにか城が豆粒のように見えるところまで来ると、ふと子供の楽しげに騒ぐ声がした。それも、一人ではなく複数。その声に自分の第二の家とも言える孤児院を思いだし、その声の出所を探る龍巳。

 するとどうやら、教会らしき建物の敷地にある、壁で囲まれた場所から声がしているらしいことを突き止めた。外から中の様子は確認できず、子供たちが何をしているのかは全く分からない。

 つい気になった龍巳は、その教会らしき建物の扉を開く。



 その行動がのちに龍巳の運命を大きく変えることになるのだが、当の本人はその事に全く気づいていなかった。

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