万能者もどきの異世界録

中山龍二

プロローグ

第1話 プロローグ 前編

「周りから必要とされる人間になりなさい。」


 とある少年の両親が息子にたびたび言っていた言葉だ。

 その時の彼らの顔は幸せそうで、本当に人の役に立つことを誇りに思っているようだった。

 その息子である八坂龍巳も、電車では老人に積極的に席を譲るなど思いやりのある子供に育ち、家族は幸せな日々を送っていた。

 そんな彼が小学校五年生のとき、両親が交通事故で死んでしまった。

 信号無視で突っ込んできたトラックから龍巳と同じくらいの子供を二人で庇った結果の、いわゆる名誉の死だったが、まだまだ子供である龍巳にそんなことを気にする余裕はなかった。


―――なぜお父さんとお母さんが。なぜ、なぜ、なぜ。―――


 そんな疑問がぐるぐると頭の中を巡る中、龍巳は孤児院に預けられることになった。

 その後もしばらく龍巳は孤児院の端で塞ぎ込んでいたが、女の子が泣きながら院長先生に頼みごとをしているのが聞こえてきた。


「せんせ~……。なんでここにはおもちゃがぜんぜんないの……?がっこうのおともだちはよくあたしに竹とんぼとかみせてくれるよ?なんで?」


 この孤児院は子供たちに高校までの教育を受けさせる方針で、そのために色々なところから援助を受けているが、それでも子供たちの数によっては限界があり、教育費と生活費で家計はぎりぎりであった。

 そんな経済状況でおもちゃが満足に変えるはずもなく、女の子はついに不満を口にしたのだった。


「ごめんなさい。まだおもちゃを買う余裕はないの。先生もっと頑張るからもう少しだけ待ってちょうだい。」


 龍巳はその時の院長先生の顔を見て、その“もう少し”が実は遠いことを直感した。

 そんな時、両親がいつも言っていた「人の役に立ちなさい」という言葉が脳裏をよぎった。


(ここで何もしようとせずに院長さんに迷惑を掛けていたらお父さんとお母さんに怒られちゃう)


 そんな思いから翌日、昼間にこっそりと孤児院を抜け出した龍巳は裏山へ材料をそろえに行った。

 小学校四年生の図工で作ったことのある竹とんぼを作るためだ。

 工具は孤児院の修理用に院長が買ったものを拝借して、完成したものを女の子に渡すと、あの院長に泣きついていた時とは比べ物にならない満面の笑みでお礼を言った。


「ありがとう!!おにいちゃん!!!」


 その笑顔は龍巳に、これまで両親に教わったことと、その時の両親の幸せそうな笑顔を思い出させた。


「そっか。これなんだね。お父さん。お母さん」


 それからの龍巳はだんだんと両親が生きていた頃の調子を取り戻していき、本調子に戻ってからも孤児院の子供たちや院長先生の助けになることを積極的にするようになった。


そして現在、龍巳は色々ありながらも高校生二年生になり、アルバイトを探していた。


「あ~……。今度のバイトは何にしようかな」


 そう。龍巳はアルバイトをするのは初めてではなく、高校に入った一週間後には喫茶店で働き始めていた。

 ただそこをやめたのは最近ではなく、働き始めて一か月後のことだった。

 そして宮大工の手伝い、回転ずしの調理スタッフ、造花のアルバイトなどを転々として、一昨日花屋でのアルバイトを終えたのだった。


「次は接客業じゃなくて事務関係にしようかな。短期で事務……、あるかな?」


 龍巳が短い周期でアルバイトを変えるのは、仕事が合わないからではなく、短期のものばかり取っているからだ。

 龍巳はあの女の子への竹とんぼ作りの後も孤児院のために色々なものを作ったが、どれもそれなりの出来にはなっていた。そんな中院長に、


「龍巳君。物作りで院を助けてくれるのはありがたいけど、もっと人と関わったほうがいいわ。」


と言われ、学校で積極的に会話するようになった。

 すると孤児院で物作りをしていたことで他の人の役に立つことが多くなったことに気付いた。


(できることが多ければもっと人の役に立てる。)


 そう思った龍巳は高校生になってから、お金のため、そしてできることを増やすためにできるだけ多くの種類のバイトを取るようになったのだ。

 そんな彼はバイト先で毎回引き止められる。その理由は彼の呑み込みの速さと熟練した者と遜色ないレベルの高さだ。

 彼はほとんどの場合一か月でバイトをやめてしまうのだが、最初の一週間でほぼすべての必要なスキルを習得してしまうのだ。それだけでバイト先の先輩には驚かれるのだが、さらに三日もすればそのレベルは上級者のレベルを超え、もはや達人の域にまで届く。

 しかし元々の目的が「できることを増やすこと」のため、引き止められえても長居することはない。

 そんな彼は放課後、学校の教室に残って求人サイトを見ていたのだった。


「やっぱ短期で事務はないよな……。一度やったことがあるけど臨時の数合わせだったし……。とりあえず帰ってまた見るか」


 龍巳の言う動画とは、最年少で総合格闘技世界チャンピオンになった香山宗太の試合動画である。一度電気屋のテレビで試合を見かけてから、その技術に魅了されたのだった。

 龍巳は廊下を歩きながら何度も見ているその動画を思い出す。


「よくあんな動きができるよなぁ。いくら練習してもできる気がしないよ」


 そんな感想をつぶやきながら歩いていると、図書室の前を通った。龍巳は何の気もなしに部屋の中を見ると、ひとりの少女が本を返そうとしているところだった。


「あれは……伊敷さんか?」


 伊敷美奈。龍巳のクラスメイトで、学園一の秀才。黒髪のストレートで物静かなその様から、「大和撫子」と陰では呼ばれている。そのおとなしい性格に似合わず、いやむしろその性格によって引き立つ女性らしい体系と美形といって差し支えないであろう容姿は、入学からひと月でファンクラブを作ったという伝説を生んだ。定期テストでは毎回ほぼ満点をだし、全国模試の結果も堂々の一位という一種の化け物である。

 そんな彼女はバイトで忙しい龍巳を気にかけてくれる、数少ない龍巳の友人の一人だ。

 彼女は自分への視線に気づいたのか、ふと龍巳の方へ目を向け龍巳と目があった。二人は片手をあげ軽く挨拶を交わす。

 そして彼女は図書を返却し、いざ帰ろうと鞄を手に取る……いや、取ろうとした。


パアアァァァァァ!!!


 突然彼女の足元に光の円が現れ、強烈な光を放ちだした。


「え?え?」


 伊敷美奈は急な状況に混乱し、おろおろしながらもその場を動けずにいた。そうしている間にも円の光はどんどん強くなっている。


(あれは、魔法陣、なのか?いやそんなことよりも……!!)


 一瞬どうでもいいことを考えた龍巳だったが、すぐさま意識を切り替え彼女のもとに走った。少しでも早く円から出さねばと直感に従って手を伸ばし、叫ぶ。


「伊敷さん!手を!」


 彼女も走ってくる龍巳に視線を会わせると、必死に手を伸ばした。

 そして彼らの指が触れ、手を握った瞬間、目も開けられないような光で図書室が埋め尽くされ、残ったのは返却棚に置かれた本と伊敷美奈の通学鞄だけだった。

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