第410話 ロメリアの平日

 神々の協議会以降、ロメリアは予想外に忙しい日々を送っていた。

 何かしらの業務を与えられ、ロイスマリア中を飛び回っていたからではない。初めて友人となった、とある神の眷属が原因である。


 ロメリアは彼に連れられ、いや、強引に引き回されてと言った方が、適切であろうか。ロイスマリアにある都市を巡っていた。

 

 変化を遂げつつあるロイスマリアに、多少の驚きはした。

 人間の国から王制が消えようとしている。亜人、人間、魔獣、決して交わる事のなかった、種族が共に社会を創ろうとしている。

 

 また、社会形成に一役買っているのは、誰あろう神である。

 かつて神が地上の生物と、同じ立場で話し、時に意見を戦わせる事は、有り得ない事だった。それは誰かの夢想したものではなく、確かな現実となっている。


 一般的な家庭にも、劇的に変化が訪れている。そして、社会の変化に戸惑いながらも、神と地上の生物が協力し合う。その意義は、果てしなく大きい。


 これにより、惨劇が生まれる事はなくなるのか?

 否、絶対に有り得ない事だ。

 かつて、最古の邪神であったロメリアから言わせれば、どれだけ社会が変わろうと、神の在り方が変わろうと、邪神は生まれる。いずれ争いも起こる。

 何故なら世界は、そう出来ているから。


 人、亜人、魔獣に優劣を付ける事は許されず、自然界の食物連鎖は許されるのか。

 人、亜人、魔獣で争う事を禁じるのに、動植物の生存競争は禁じないのか。


 生命力が強く、猛烈な勢いで台地に根を張る植物が存在する。その植物は、他の植物の根を枯らす。

 猛烈な勢いで数を増やした植物は、動物の餌となる。その動物を食らう動物がいる。

 そして肉食動物の多くは、縄張りを主張する。


 その意味では、互い存亡をかけて戦う、かつてのドラグスメリアは、極めて自然な環境であった。


 例えば、人や亜人は家畜を育て食らう。それにも関わらず、支配体制を嫌う。

 人、亜人、魔獣、動物、植物、これを分けるのは、意志と知能。では、動物や植物が、人や亜人並みに知能を持ったら、差別だと禁ずるのか。

 

 どれだけ、争いの種を減らす努力をしても、世界は矛盾で満ちている。故に、争いは再び起きるし、邪神は再び生まれる。

 それは、人、亜人、魔獣が向上心を持つ、その反面で起きる事でもある。


「あんたは相変わらず、難しい事ばっかり考えてんだな」

「君が、暢気すぎるんだ」

「あのな。飯を食う時は、楽しくだ! いいか、俺がこの店を予約するのに、どれだけ頑張ったかわかるか? ここはなぁ、ペスカ殿の弟子、あの伝説の料理人の弟子が開いた店なんだぞ!」

「はぁ、君ねぇ。どれだけ、弟子が付くんだい?」

「おぉ? 馬鹿にしてんのか? ペスカ殿の弟子、セムスとメルフィーってのは、最も神に近い存在なんだ。俺達みたいな、眷属になりたての連中よりもな。その料理は、どんな舌も唸らせる」

「それは、君達の努力が足りないからじゃないのかい? モーリスとケーリアはともかく、君は努力をした方がいい」

「俺の事は、取り敢えず置いとけ! それよりだ! 伝説の料理人の最初の弟子、その一人がこの店を開いたんだ。食い物は、高価であってはならない、誰もが等しく口にする出来る必要が有るだってよぉ。いい事言うだろ? 予約を受け付けたら、一部の奴しか食えなくなるてんで、基本的にこの店は、予約を受け付けないんだよ」

「それは、一見いい事に思えるが、食材に限りがあるだろ? ならば、この店の料理にありつけるのは、やはり一部の人間ではないのか? それに、そんな旨いのなら、仕入れも高いだろう?」

「わかっちゃいねぇな。この店は、色んな伝手を辿って、出来るだけ大量に仕入れをしてるんだ。だから、原価も割安で済んでる。それにこの店の主は、弟子の教育にも力をいれてる。誰もが食える様に、普通の店より、長い時間営業してるし、各地に支店も有るんだ! 店の主と弟子達が交代で料理をしてるからって、馬鹿にしちゃいけねぇぞ!」

「その努力は、ここで働く奴らのものだ。なんで、君がそんな雄弁に語るんだ?」

「見ろよ、この店の広さ! それと厨房から聞こえる活気! そして、応対の良さ! わかるか?」

「わかるが、君が威張る事じゃないだろ」

「そして、どんな食い物もとびっきり安くて、旨い!」

「そうじゃない、熱く語るな! 他の客に迷惑だと思わないのかい?」

「だぁかぁらぁ、俺はこの感動を伝えたいんだよ! わかんねぇかな。見ろよ、この魚料理! 火の通し方が抜群だ! どんな客であろうと、この店は絶対に手は抜かない!」

「あぁ、くそっ! いいから黙れ、サムウェル!」


 ロメリアが、ロイスマリアに戻ってから、声を荒げるのは珍しい。それは、神々の監視が有るからではない。元邪神として存在していたが故に、悪感情に対して非常に敏感なのだ。

 だから、ロメリアは極力、地上の者達を刺激しない様に務めていた。寧ろこの男の暴走に、尻拭いをさせられる、やや辟易とする事も度々あった。


 ロメリアが正論を説けば、サムウェルは飄々とした態度で、話を逸らす。モーリスがその場に居れば、真面目な会話にも花が咲いたろう。

 しかしサムウェルは、ロメリアから見ても、異質としか言いようがなかった。今まで関わった事の無いタイプに、戸惑っているのも確かであろう。


 昼間から酒場に連れて行かれ、それから三日の間、飲み続けた事が有った。話題と言えば、食事、酒、女性に関する事である。酒場では、ロメリアが一緒に居るにも関わらず、女性をナンパする事は少なくはない。

 言わば、サムウェルは酷く人間臭い。悪く言えば、低俗である。


 君の見せたい物は、こんな事なのか?

 ロメリアが問えば、サムウェルはこう返す。

 

 あんたが消えてから、この世界は変わった。そしてあんたは、異世界の利点と欠点を知ってるはずだ。この世界の現状を見据えた上で、何が足りなくて、どう進むべきか、より正確な判断が出来るだろう?

 それには、今の現状をしっかりと確認するべきじゃねぇのか?


 みんなが、あんたを警戒しているのは事実だ。その反面、あんたには可能性が有ると思っているのも、事実なんだ。だからこそ協議会の場では、あんたの処遇は保留になった。

 期待してんだよ、あんたにはさ。

 

 そう言われれば、ロメリアとて悪い気はしない。しかも、サムウェルの言葉は、正論にも聞こえる。


「ただね。幾ら、こんな場所に連れてきても、僕には味覚が無いんだ。食事をするという概念以前に、味わう事、楽しむ感覚が、僕には欠落している。いや、正確には違うか。でも、それは邪神として存在していた時の感覚だ」

「馬鹿だな、あんたは。だから、俺がこうやって連れまわしてんじゃねぇか。これから色々知ってくんだろ? 少なくとも、あのフィアーナ様が、仕事そっちのけで、食べ歩きをしてんだ。あんただって、変われる。間違いねぇよ」


 ロメリアは、古の時代からの記憶を全て持っている。そして、深山の記憶を通じて得た、地球の知識も持っている。その反面、浄化されたばかりのロメリアは、とても無垢な存在だとも言えよう。


 多くの知識を有し、頭でっかちで理屈っぽい反面、とても純粋な面を持つ。矛盾する大局的な二面性を持つのが、今のロメリアである。

 

 その純粋さが、誤った方向に向かう事を、女神ミュールは恐れた。対してサムウェルは可能性を見出した。


 どちらも決して間違いではない。

 ただ少なくとも、比肩する者が存在しなかった、幼い天才サムウェルが、他者を蔑み我欲を通すだけの存在にならなかったのは、偏に楽しいをしっていたからだろう。


 だからこそサムウェルは、自分の持つありったけの楽しいを教えたい。その意図を理解するロメリアは、不満を口にする事なく、サムウェルに付き合う。

 ただ、面倒だと感じる時も少なくはない。それも仕方ないと流せるならば、両者の関係はとても良好だと言えよう。


 知らない事を知るのは、とても労力が必要である。それでも、挑戦する事は素晴らしい。そして、満足する結果を得られるなら、最良であろう。

 ロメリアが、これから何を知り、何を選択して行くのは、誰にもわからない。


 だが、遠くない未来。ロメリアが、平和の為に尽力するのは、間違いないだろう。何故なら、悪友が傍にいるのだから。

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