第407話 新組織の誕生

 ある日、外務大臣となった深山から、遼太郎宛てに書面が届いた。

 書面を見ると、外務大臣として深山の名前が記載されており、判もついてある。所謂、外務大臣が行う正式な通達である。


 ☆ ☆ ☆


 外務省特別補佐局

 局長、東郷遼太郎殿


 特殊外国人渡航者の、褒章及び安全配慮に関わる指示 


 先の大戦において、日本の防衛に参加した民間人の中に、外国人の存在を複数名確認した。当該外国人達の働きは非常に優秀であり、紅綬又は緑綬褒章にも値する、崇高な行為である。

 ついては当該外国人達に対し、外国人叙勲の授与と共に、滞在中の安全と平穏を保障するものである。

 外務省特別補佐局は、当該外国人達の安全確認及び、滞在中の平穏を確保すべく、速やかに相応の対応すべし。


 尚、褒章の授与にあたり調査をした結果、当該外国人の中に、日本国籍を持つ者の存在を二名確認した。

 この二名は、一定期間の日本在住を確認出来ない事から、本国籍の抹消を行い外国人渡航者と見なす。


 当該外国人渡航者は下記八名である。


 記


 東郷冬也(注、日本国籍抹消)

 東郷ペスカ(注、日本国籍抹消)

 アルキエル(注、家名無し)

 ブル(注、家名無し)

 クラウス・フォン・ルクスフィア

 レイピア(注、家名無し)

 ソニア(注、家名無し)

 ゼル・クラハード


 以上

 

 外務大臣 深山純一


 ☆ ☆ ☆

 

「なぁ、安西。これはどう言う意味だと思う?」

「先輩。政府が正式に、彼らを国賓として扱うって事でしょ?」

「国賓って言ってもな。未だ世界的に異世界人の存在は、充分な認知がされてねぇだろ。これを理由に、有象無象がやって来ても、めんどくせぇよ」

「佐藤さんのレポートが、決め手になりましたね。仕方ないですよ、世界政府はペスカちゃん達の存在を、正式に認めましたし。その内、嫌でも周知されますよ」

「馬鹿、問題はそこじゃねぇんだよ。高尾での戦いをお前も見てたろ? あっちには、一個小隊を鼻歌交じりに壊滅させる奴らが、ゴロゴロ居やがるんだよ」

「それこそ杞憂じゃないですか? ペスカちゃんと冬也君が、問題を起こしそうな奴を寄越す訳ないですよ」

「まぁ、それもそっか」

「それより先輩は、何で国民栄誉賞を辞退したんですか?」

「決まってんだろ。一応、皆を統率した事になっちゃいるが、俺はぶっ倒れてただけだ」

「先輩に気を使って、翔一や空ちゃんが、紅綬褒章を辞退しかけたんですよ」

「そもそもなぁ。ちょっと前までテロリスト扱いしてた癖に、掌を返したように褒章を与えるってよぉ。その態度が解せねぇねんだよ。何度、ぶっ飛ばそうと思ったかわかんねぇよ」

「まぁ、いいじゃないですか。陛下から直接、労いのお言葉を頂戴したんですし」


 書類を片手に椅子に背を預け、遼太郎は面倒そうな態度を隠そうとしない。その一方で、話しかけられた安西は、手を動かしながら遼太郎の相手をしていた。

 

 遼太郎達は現在、新たに外務省が入手したビルの一室にいる。そこには、一人を除いて見慣れた顔が揃っている。


 特霊局が解体された後、深山の発案で補佐局なる機関の設立が、国会で承認を得た。

 外務省とは切り離された、外務大臣直下の組織である。また予定する構成員は、元特霊局の職員であった。

 元特霊局の面々が、国防に関して大きな役割を果たした。それが国会での、スムーズな承認へと繋がったのだろう。 


 補佐局の業務は、主に二つ。

 外務大臣が行う、数々の外交に関する補佐。もう一つは、異界から訪問する者達への対応である。

 補佐局の局長となった遼太郎は、業務によって局内を二つの班に分けた。


 外務大臣補佐班の筆頭は安西、林は安西のサポート役として配置した。こちらは、外務省と連携し外務大臣の補佐をするのが目的となる。

 世界政府の樹立により、会議等が頻繁に行われている。その為、外務大臣の業務は多忙を極める。

 従来の外務省だけでは、対応しきれていない。故に、エキスパートの存在が必要になるのだ。


 異界からの訪問者対応班については、エリーを筆頭に、主に陰陽師で構成された元赤坂と北千住事務所の面々が業務にあたる。

 こちらについては、特霊局の業務を引き継ぎ、各地で起こる霊的災害の処理も行う。特に重要なのは、異界からの訪問者への対応である。


 世界政府の樹立により、民間人の渡航がより簡略化された。

 所謂、ビザの申請から発行に至るまでが簡便化されて、届出制になったのだ。

 従来と同様なのは、入国目的の明示である。目的と異なった場合、若しくは明示義務に従わずに入国した場合は、違法行為として速やかに国外退去となる。


 ただし、新たな法が有効となるのは、地球に住む人間に限る。言わば、異世界からの訪問者の訪問を阻止する事や、強制的に排除する事は、現状の技術では不可能なのだ。

 その為の有効手段が、異世界に深く関わってきた遼太郎なのである。


「仕方ねぇな、大臣様の命令だしよ。エリー、翔一。お前ら、俺ん家に行って、褒章を渡して来い。後、何日か向こうで寝泊まりしていいから、あいつらを好きな所に連れてってやれ」 

「承知しました局長」

「ですが、リョータロー。私達、あまりオカネを持ってマセン」

「経費の事前請求位、幾らでも通してやる。おい、リンリン。仮払申請の書き方を、こいつらに教えてやれ」

「Oh,my! リンリン、逃げてクダサイ! あれはリョータローの偽物デス!」

「誰が偽物だコラ!」

「東郷さんの口から、仮払申請なんて単語が出てくるからですよ。雨ってより、雹が降りますね」

「翔一! てめぇまで何言ってやがる。今の俺達は、秘密組織じゃなくて、公なんだ。正当な理由があれば、仮払いなんて幾らでも通してやる」


 アメリカ人らしい、大袈裟な身振りで驚きを表現するエリー、それに拍車をかけるように突っ込む翔一。書類を取ろうと席を立った林は、彼らのやり取りに笑いを堪えていた。

 そして林につられるように、事務所内に笑いが起きる。こんなやり取りが出来る事こそ、平和になった証なのだろう。


 もし、最悪の事態を避ける事が出来ていたら、美咲と雄二がこの中で一緒に笑っていたかもしれない。

 深山の下には、優秀な人材が揃っていた。彼らの力は、平和な時代でこそ発揮されるべきだった。

 それは、事務所内にいる全てのメンバーが感じている。しかし、失ったものを数えるだけでは、決して前に進めはしない。

 美咲と雄二達が望むのは、笑顔を絶やさず、今この時を全力で生きる事だろう。


「公用車は、一台だけ使っていい。軽じゃ全員が乗り切れねぇし、奴らが行きたい所はバラバラのはずだ。二手に分かれても、電車の移動は避けろ。面倒な事が起こるかもしれねぇ。後は」

「もうその位にしておくでござるよ。子離れの出来ない父親でござるか? 提出された報告書を確認するのが、東郷殿の仕事でござるよ」

「あぁ、それもそうだな。何かあったら、連絡しろ」


 念押しする様に、注意事項を並べ立てる遼太郎を制するように、林が口を開く。

 そして書類の記載を終え、遼太郎から判を貰うと、金銭管理の職員から現金を受け取り、エリーと翔一は事務所を出る。


「東郷殿、心配いりません。彼らは、優秀でござる」

「ただなぁ。色んな意味でめんどくせぇ連中だからな」

「文化の違いでござるか? それとも、異界の方々が生真面目だからでござるか?」

「両方だ」

「ところで、先輩。言語の問題は、解決したんですか?」

「あぁ。それについちゃあ、問題ねぇ。魔法に関して、ペスカと並ぶ逸材がいるからな」

「魔法ねぇ。あれを俺達も使えるようになれば、便利になるんですかね?」

「安西。魔法はそんなに万能じゃねぇよ。ペスカは天才だし、クラウスとあの姉妹はエルフだ。魔法に精通してる。対してゼルの奴は、さっぱりだ。個人で差が出る技術なんか、普及して堪るかよ。それより、政策案は完成したのか?」

「ええ、恙無く」

「なら、深山にメールで送っとけ。それと、アポもだ。打ち合わせには、お前も参加しろ、安西」

「承知しました」


 史上初の世界政府が誕生しても、抱える問題が直ぐに無くなる訳では無い。

 遼太郎を中心としたこの組織は、深山を十二分に補佐し、世界政府における日本の立ち位置を明確にする。それは間違いなく、世界平和へと繋がる道である。

 そして近い将来、異世界ロイスマリアとの交流に関して、大きな貢献をする事になる。

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