第397話 邪神ロメリア ~最強の神~

「お兄ちゃんにしては、よく我慢したね」

「そうでもねぇよ。ブルが止めてくれた。アルキエルもだ」

「ブルはわかるけど、アルキエルは意外!」

「あいつには、あいつなりの哲学が有る」

「まぁ、戦いの神だしね」

「なぁペスカ。後は任せていいか?」

「うん。今度はお兄ちゃんが、あいつを救ってあげて」

   

 軽く言葉を交わし、ペスカは笑みを浮かべて冬也を送り出す。

 ペスカが戻って来た事は、一つの事実を意味する。そして冬也は、ゆっくりと歩みを進めた。一歩ずつ確実に、辺りを確かめる様に。

 そして冬也は、飯縄権現に近づくと、その肩を軽く叩いた。


「おっさん、もう大丈夫だ。後は俺に任せて、あんたは休んでくれ」

「何を仰る、我はまだ戦えますぞ」

「いや、いいんだ。あんたとみんなが踏ん張ってくれたから、条件が整った」


 冬也の言葉を受けて、飯縄権現は周囲を見渡す。

 自分の支配地は、完全に冬也の神域として確立した。例え、邪悪な力が脅かそうとも、決して崩れ去る事は無いだろう。

 何よりも、外には戦の気配を感じない。世界中に満ちていた悪意が、少しずつ薄れていく。

 飯縄権現は、全てを理解し冬也に頭を下げた。

 

「委細、承知しました。ご武運を冬也様」

「様は要らねぇよ。あんたみたいに立派な神様が、俺の下につく必要はねぇ。それに全てが終わったら、この場所はあんたに返す」

「有難きお言葉、感謝致します」


 飯縄権現は頭を上げると、羂索を緩めて邪神ロメリアを解放する。そして、ペスカ達が居る場所へと歩いていった。


 一方、ペスカは状況を確認する様に、辺りを見回していた。

 ある程度、予想はしていた。安西や佐藤ら一般の人間達が、無事だったのは僥倖だ。

 しかし美咲と雄二、二人の能力者の死を止める事は出来なかった。ペスカの心にズキりと痛みが走る。


 だが、ペスカは美咲の遺体を見て、ふと頭にある事が浮かぶ。近づいて来る飯縄権現に、慌てた様子で声を発した。


「飯縄権現様。美咲さんの魂魄を。いや」


 ペスカは、言いかけた言葉を呑み込んだ。その意図を理解したのだろう、飯縄権現は回収した美咲の魂魄を懐から取り出すと、ペスカに優しく語りかけた。


「それが良かろう。この魂魄は、お主の加護で守られておった。だからほとんど損傷は無い。それにしても、どれだけ過酷な人生を送って来たんだろうな。それに立ち向かって来たからこそ、この魂魄は輝きに満ちておる。この子にお主の加護は、もう必要なかろう。輪廻に戻してやるのが、良いだろう。我が祈ろう、この子に輝ける未来が有る事をな」

「私も祈ります。美咲さん。設楽先輩。二人により良い未来が、待っている事を」


 今、この瞬間ならば、美咲を蘇生させる事が出来ただろう。かつてのスールと同じ様に。

 ただ蘇生と同時に、美咲はペスカの眷属となる。もう人間としては、生きられない。それは本当に、美咲の意志なのか。優しく穏やかな性格で、芸術を愛した美咲が、本当に望む事なのか。


 恐らく、飯縄権現の言う通りなのだろう。目を覆い口を潰し耳を塞ぎ、命を絶ちたくなる程の非道に耐えた。心を壊してもおかしくない程のトラウマを植え付けられても、乗り越えてみせた。美咲を輪廻に戻す、これが正解なのだろう。


 雄二とて、同じだ。自分の母校を破壊したのだ、騒ぎになっただろう。異物扱いされただろう。狂気の目で見られたに違いない。

 暴走したとは言え、自分が犯した事だ。死を選びたくなる程の、後悔をしたに違いない。しかし、雄二はそれを乗り越えて、強くなる事を選んだ。死ぬことよりも生きて償う事を、自ら選び取ったのだ。

 強さを履き違えなかった雄二は、間違いなく人生の勝利者であろう。


 自分達に出来るのは、祈る事だけ。彼らの道が、輝けるものである事を。

 ペスカと飯縄権現は、二人の魂魄に祈りを捧げる。人は、それを神の祝福と呼ぶ。


 ☆ ☆ ☆


 羂索から解き放たれた瞬間、邪神ロメリアは冬也に飛びかかろうと動いた。しかし、冬也にひと睨みされただけで、動けなくなる。

 恐れている訳では無い。それに冬也からは怒りを感じない。先に憤った時の、あの強烈な闘気すら感じない。

 

 邪神ロメリアは、この瞬間に悟ったのだろう。自分は三度、敗北するのだと。しかし、それを享受する事は出来ない。古の神、ロメリアの名にかけて。

 邪神ロメリアは、己の中に有るありったけの邪気を膨らませる。その身に宿す、全ての怒りを籠めて言い放った。


「貴様ぁ! 勝ったつもりでいるのか? ふざけるなよ、クソガキ!」

「なぁ、ロメリア。俺はさぁ、星の記憶を見てから、お前の存在をようやく理解したんだよ」

「何を言ってる。頭までおかしくなったのか?」

「お前に未来はねぇよ。悪意を全て食らい尽くした後は、どうなると思ってんだ?」

「そんな事、知るか! 僕には関係ない事だろ!」

「知ってるから、怖いんだよな。だから、ずっと逃げて来た。わかるぜ、誰だってそうだ。でもよ、いつまでも逃げてる訳にはいかねぇよ。そうだろ?」

「ふざけるな! ふざけるな! 僕は消滅なんかしない! 僕は貴様になんて負けはしない!」

「勝ち負けじゃねぇんだ。前に俺は言ったよな、お前の神格が見えるってよ。今は見えねぇんだ」

「それは、僕の力が前と比べ物にならない程、増大したからだろうが!」

「そうじゃねぇんだ。お前の神格は、小さすぎんだ。今のお前より、ブルの方がよっぽど神格はでけぇぞ」

「馬鹿にしてんのか!」

「そうじゃねぇよ。思い返せば、お前をちゃんと浄化してやれなかった。最初の時も、二回目も、消滅しか出来なかった。悪かったな、ちゃんと浄化してやれなくてよ」

「舐めるな、ガキ! 僕の負けが、確定してるみたいに言うな! 調子に乗るな!」

「今のお前は、何もかもがハッタリだ。流石に能力者から、強引に能力を奪った時は、腹が立ったけどな。でも、おっさんのおかげで、奴らの魂魄は無事だ。だから、それも許してやるよ」

「ふざけるな! 貴様如きに何を許される! 調子に乗るな! 甘く見るな! 僕がこれから貴様らを八つ裂きにするんだ。貴様らが、僕に泣いて謝るんだ。許して下さいってね! 許してやらないけどさぁ!」

「問答は終わりだ。さぁ、やり合おうぜ、糞野郎! 俺の言葉を否定したいなら、勝って見せろ!」

「当然だ! この愚か者!」


 最初に存在の危機を感じたのは、ライン帝国の城内であった。些末なゴミに、大きく力を削がれた。

 そして悪意を集め、神気を回復させるために、異界の地へ赴いた。立ち塞がった敵は、思いの他強かった。しかし、封じる事に成功し、後は回復に努めるだけだった。

 ただ、計算外だったのは、予想外に奴らの到着が早かった事。回復も儘ならない状態で、戦わざるを得なかった。

 追い詰められた所を救ってくれたのは、己の神格を分けて誕生した、嫉妬の女神メイロード。逃げる様に、ロイスマリアへ戻り、策略の限りを尽くした。

 しかし、奴らは全てを乗り越えて、自分の所まで辿り着いた。そして、消滅させられた。


 二度目は、ドラグスメリアだった。

 エンシェントドラゴンの身体を器にして復活し、多くの土地神を取り込んで力を増した。そして、乗っ取った神を使い、奴らの殲滅を試みた。

 しかし奴らの手で、全ての企みは潰えた。そして、反フィアーナ派の連中が裏切り、アルキエルの手で大きく傷付けられた。

 消滅させられるのは、時間の問題だった。


 三度目は無い!


 邪神ロメリアは、邪気を集めて剣を作る。そして、素早く降り下ろした。

 アルキエルの身体を貫き、その体に数多の傷を付けた剣。それは、奇しくもあの戦闘とは、真逆の形となる。

 目にも止まらぬ速度で振り下ろされた剣を、冬也は軽々と片手で受け止める。そして事も無げに、剣を握り潰した。


「わかるか? これが、アルキエルの、いや。翔一、空ちゃん、レイピア、ソニア、クラウスさん、ゼル、天狗のおっさん。みんなが作り出した結果だ。アルキエルに勝ったと思ってるのか? それは、大きな勘違いだ。翔一達に勝ったと思ってるのか? あいつらを馬鹿にすんなよ! お前は、お前が馬鹿にした奴らに負けたんだ。悔しければ、もっと本気でかかって来い! 満足するまで、相手にしてやるよ!」 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る