第385話 第三次世界大戦 ~深山の奪還~

 時は、アルキエルと米軍の戦いまで遡る。


 皆が戦いの準備を進め、その手伝いを免除された翔一は、神経を研ぎ澄ませて深山の反応を探っていた。やがて米軍が迫り、アルキエルとの戦闘が始まる。

 丁度その頃、移動していた深山の反応が、ある地点で停止した。ペスカの予想通りなら、基地に到着したのだろう。


 まだ深山の反応が有るのは、死んでいないという事。キーマンである深山が、簡単に殺されるとは思えない。しかし、搬送していた仲間の二人を、簡単に殺した連中である。何をするかわからない。

 翔一は、直ぐにレイピアとソニアを呼んだ。


「深山の反応が止まりました。直ぐ救出に向かいましょう」

「では、場所をお教えください」


 翔一は、慌てて目的地の説明を試みた。だが、直ぐに気がつく。

 詳細な場所は、地図と照らし合わせないと、説明のしようがない。そして翔一は地図を持っていない。それでは、大体の場所を示せるが、具体的な説明が出来ない。

 仮に地図で説明しようとも、ロイスマリアから来たばかりで、地理に疎い姉妹には、理解が難しいだろう。


 翔一は、少し黙り込む。そして少し険しい表情を浮かべる翔一に、レイピアは語りかける。

 

「翔一殿、ご説明は不要です。少し頭をこちらへ向けて下さい」


 抑揚が無い淡々とした話し方に、冷たい雰囲気を感じる者が居るだろう。しかし、これでもレイピアは成長をしたのだ。

 他者を恐れていた頃の姿を知っていれば、微笑ましく感じるはずだ。今は多少、人見知りをする程度のものであり、決して冷淡ではない。

 その証拠に、レイピアは優しく翔一の頭に手を添える。そして翔一の記憶を読み取ると、そっと手を離した。


「理解しました翔一殿。ありがとうございます」


 そう言って軽く頭を下げると、レイピアは翔一に背を向ける。そして、ソニアに話しかけ、転移の準備に移った。

 翔一はレイピアの後を追い、準備をする姉妹に近づいた。


 姉妹は少し距離を取り、向かい合わせに立つ。見る間に、姉妹の間の大地には、光を放つ魔法陣が刻まれた。

 翔一は、かつてロイスマリアに滞在し、自身も魔法を使用した経験が有る。だが、姉妹の魔法は、翔一が経験した事の無いものだった。

 やや目を見開く翔一に対し、ソニアが優しく笑いかける。


「これは、エルフの中でも、私達の一族だけに伝わる術です。でも基本的には、翔一殿が御存じの魔法と変わりませんよ」

「さあ、翔一殿。お早く陣の中へ。急いだ方がよろしいのでしょう?」


 快活な雰囲気で話すソニアと、寡黙な雰囲気のレイピア。対照的な姉妹に促され、翔一は魔法陣の中央に立つ。直ぐ後に姉妹が、距離を縮め魔法陣に入る。すると魔法陣の光が強まり、転移の魔法が発動する。

 眩い光に包まれ、翔一は目を瞑る。光が収まり目を開けた時、翔一は全く別の場所に居た。

 

 翔一は、探知の能力で場所を特定しただけ。目的の場所の光景まで、見えている訳ではない。

 戦闘機が飛び立つ音が聞こえてくる。恐らくここは、基地なのだろう。そして足元を見ると、まだ大地に光が僅かに残っている。

 翔一が一歩を踏み出そうとした時、レイピアに肩を掴まれた。


「少しだけお待ち下さい。ここが敵地なら、隠蔽の術をかけておいた方が良いかと思われます」

 

 そう語ったレイピアが、少し目を閉じると、翔一を含む三名を淡い光が包む。


「もう結構です、翔一殿。案内は、よろしくお願いします」


 翔一、レイピア、ソニアの順に、光る大地を離れて歩き始める。役目を終えた光は、ゆっくりと消えていく。翔一は、不思議な感覚に捉われていた。


 エルフは特別な種族なのだろう。しかしクラウスを見る限り、マナの容量が人間よりも大きい位しか、違いを感じられない。

 翔一は、旧メルドマリューネが崩壊した時の当事者である。日本に帰ってから、クロノスがどんな人物だったのか、聞いた事がある。クラウスは、特に隠すことなく話してくれた。

 ペスカに通じる才能の持ち主、所謂天才と呼ばれる存在の凄さは理解出来た。だが、それでも違和感を感じていた。エルフと人間は、何が違うのだろうと。


 ただ翔一は、この姉妹から、普通の人間とはかけ離れた何かを感じていた。

 明確に何処が違うと、言う事が出来ない漠然とした何か。そして、翔一の心を読んだかの様に、レイピアから質問が飛ぶ。


「何か不思議でしょうか?」

「あ、いや。そんな事は。いや、そうですね。何て言うか、お二人は詠唱しないんですね」

「あぁ、それですか。基本的には、誰も詠唱しないのが、答えですね」

「え? それはどう言う事です?」

「はい、エルフは特別な魔法以外、誰も詠唱などしません。私は最近、詠唱というものを知りました。人間の国では、魔法を詠唱するのが流行っている様なので」

「ですが、クラウスさんは詠唱をしますよ」

「彼はまだ子供ですし、イメージを強固に出来ないのでしょう。ご存知かと思いますが、魔法はイメージの具現化です。詠唱は、イメージを強固にする方法に過ぎません。ペスカ様の様に、強力な魔法を行使するのであれば、詠唱が役に立つでしょう。ですが、移動やこの隠蔽だけなら、詠唱などは不要です」

「では、誰が詠唱なんて事を?」

「ペスカ様とクロノスです。二人は魔法を体系化したんです。そしてイメージが粗雑でも、詠唱によるカバー方法を生み出した。元来魔法は、エルフか一部の亜人、若しくは力の有る魔獣だけの特権でした。その名残で、亜人の中には身体強化以外の魔法を使えない者が多いんです。しかしペスカ様達は、人間にも簡単に使える様にした。この功績は大きいでしょう」

「姉さんの捕捉をさせて頂きますと、人間の国で普及しているのは、ペスカ様が考案した魔法理論です。私も記述を読みましたが、クロノスが生み出した魔法理論は、非常に難解です。恐らく考案した彼か、エルフにしか使えないでしょう」


 説明を聞いて、翔一は少し理解出来た様な気がした。魔法という存在は、元々が限られた者しか使えない、特別なものだったのだ。だから特権意識が生まれる。

 そして、魔法はそれぞれの種族で、独自の進化を遂げていたのだろう。自分が知るゲートと、先程の移動手段が全く異なる様に。

 それは一つの文化に他ならない。


 この姉妹からは、特権意識の様な傲慢さは、微塵も感じない。しかし、他のエルフはどうなのだろう。ともすれば、傲慢になってもおかしくはない。ミストルティンの様に。


「概ね、翔一様のお考え通りです。かつてのエルフは、とても傲慢でした」

「あの、魔法で俺の思考を読んでます?」

「いいえ。表情から、何をお考えなのか、予想しているだけです。翔一殿はいつも冷静にしてらっしゃいますが、時折顔に出る様です。やはりご友人なのですね、冬也様と」


 余り表情を変える事が無いレイピアが、少し微笑む。整った容姿の女性が微笑む姿は、実に美しい。少しばかり歩みを止め、翔一は見惚れる。

 そんな翔一に、ソニアが優しく語りかけた。


「ご不安もある事でしょう。何せあなたは、かつてアレと相対した英雄なのですから。ですが、ご安心下さい。今回は私達がいます。ブル様も、アルキエル様も、ゼル殿もいます。それにミスラ様も。だから不安は、私達にお預け下さい。必ずお守り致します」


 ソニアの言葉で、翔一はハッとした。

 しっかりと見抜かれていたのだ。邪神ロメリアと再び対峙する不安に。あの恐怖を再び味わう事に。

 あの時、がむしゃらにでも動く事が出来たのは、冬也とペスカを救いさえすれば、必ず勝てると信じていたからだ。もし、自分が何かを守る立場であったら、怖くて立ち向かう事すら出来なかった。


 ここには、大切な家族がいる。仲間がいる。全てが、邪神ロメリアの手で蹂躙されるのは、耐えられない。そして、守り切るだけの力が自分にはない。

 そんな不安を見抜かれた上で、ソニアは語ってくれた。レイピアは何も触れずに、話しに付き合ってくれた。

  

 甘えてばかりではいられまい。自分も男なのだ。


「すみません。時間を取らせてしまいました。急ぎましょう」

「構いません」


 翔一の中に芽生えた決意を感じ取ったのか、レイピアは少し安堵の表情を浮かべる。それは、ソニアも同様であった。

 

 隠蔽の魔法をかけている為、動き回ろうが、大声で話そうが、誰にも気がつかれない。それこそ、直接ぶつかっても、相手は壁か何かに当った程度に思うだろう。

 そして探知に頼るまでもなく、深山の居場所を見つけるのは、そんなに時間はかからなかった。


 それもそのはず。深山がいる部屋を中心に、濃密な瘴気が漂っている。もし常人がこれに触れれば、たちまち発狂するだろう。戦闘中で、建物内にほとんど人が居ないのは、幸いだったのかもしれない。

 そして、瘴気の濃い方を頼りに向かえば、深山に近づく。だがこの事態は、もう時間が残されていない事を示している。

  

 三人は、小走りになりながら、瘴気を追って建物内を進む。そして深山がいる部屋の前に辿り着いた。濃密な瘴気の発生源が、深山の居る場所なのだから。


 部屋は、鍵が掛けられていた。中には他に人の気配がしない。恐らく拉致した連中は、鍵を掛けた事で安心し、今頃は戦闘準備を行っているのだろう。

 動かない深山の反応で、眠らされているだろう事は、容易に予想がつく。そして、レイピアが魔法で鍵をこじ開けると、三人は部屋の中に入る。


 そこは、医務室でも仮眠室でもない。何もない空き部屋だった。深山は床に転がされて、放置されていた。強引に運んだのだろう、かなり衣服が乱れている。

 拉致した連中は、命令されて仕方なく面倒な仕事を行った。そんな所だろう、深山の重要性を何一つわかっていない。


 中に入るとレイピアが、深山の様子を伺う様に、慎重に近づく。そしてソニアは、庇う様に翔一の前に立つ。

 死んでいないのは知っている。問題は、覚醒しているかどうか。万が一覚醒していた場合は、この場所から世界の終焉が始まる。


 慎重に様子を伺っていたレイピアは、振り向くと軽く頷く。恐らくまだ大丈夫という、サインなのだろう。


「まだ臨界点では無いようです。ですが、時間の問題です。それに万が一の事が有ります。結界をかけてから、転移をします」


 レイピアとソニアは協力して、深山に結界を張る。結界の効果か、室内の瘴気が薄れるのを感じる。

 そして行きと同様に、レイピアとソニアは転移の陣を作り出した。転移の魔法陣は、深山が倒れる場所を中心に描かれる。


「急ぎましょう。私達の結界は、空殿よりも効果が低い。張り直して頂いた方が、安心です」


 レイピアの言葉と共に、一同は転移を果たし、元の場所へと戻った。戻ると同時に、翔一は大声で空を呼ぶ。

 そして空が、重ね掛けする様に、結界を張った。


 結界内は、瘴気の渦となっている。それはマナを感じ取れない、一般人にもわかる位に。

 陰陽士達は怯え、警察チームも未知の恐怖に晒され、肌を粟立てていた。レイピアの言葉通り、もう時間の問題なのだろう。


 戦いが激しくなる毎に、瘴気が増えていくのがわかる。戦火が広がると共に、種子が芽吹こうとしているを感じる。終焉の訪れに、否応なく緊張が高まる。

 まだペスカは戻っていない。冬也も戦闘の最中である。そんな中、遼太郎が前に進み出た。


「みんな下がってろ。こいつの事は、暫く俺に任せろ」

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