第368話 テロリスト ~劣勢~

 一番の戦力である冬也が、先陣を切る必要があった。

 万が一にも敗北はあるまい。しかも、徹底したサポートを受けての勝利である。自分達の戦術に間違いが無いと、誰もが感じるであろう。士気を高めるには、充分な効果が得られるはずだ。


 ただし、相手はプロである。確実な勝利など、保証はされていない。

 冬也とロシア特殊部隊の戦闘が始まったとほぼ同時刻、東郷邸は遠距離からの狙撃を受けていた。

 東郷邸は、ペスカが張った物理障壁が有る。仮に大砲を発砲されても、傷一つ付かない。

 しかし、何度も繰り返される攻撃は、中にいる者の精神を少しずつ削っていく。


 戦闘経験の違いであろう。冷静を保つ事が出来たのは、ペスカとクラウス、それに空と翔一。あの地獄を生き抜いた者達位であろう。


 いつ深山が能力を発動させるかわからない。その為、ネット内に点在するウィルスの除去を急がねばならない。更に、映像の編集まで任された林には、全く余裕はない。

 美咲は複数のドローンを同時に操作している為、かなりの集中を余儀なくされている。そして翔一は探知を使う為、精神を研ぎ澄ませている。

 

 繰り返される発砲は、戦闘経験の少ない林達に焦りを感じさせる。 

 ほんの些細なミスが、致命的な事故に繋がる。それは、追い込まれた状況であれば、顕著である。幾ら、空が美咲と林のフォローをしても、逸る気持ちが落ち着く事は無いのだ。

 

「みんな安心して。スナイパーライフルの銃弾じゃ、私の結界はびくともしないから。それより、クラウス。あんたは周囲の探索をして。近くに突撃班が待機してるはずだから。寧ろ、そっちの方が厄介だよ。エリーさんと設楽先輩は、いつでも出れる様に待機ね」

「畏まりましたペスカ様」

「オーケー、ペスカ」

「わかったよ、東郷妹」


 ペスカは、皆を落ち着ける為に声をかける。効果が如何ほどかはわからない。しかしやらないよりは、ましなのだ。

 何よりここは、住宅街のど真ん中である。東郷邸の付近で銃火器が使用されれば、他の民家に被害が出る可能性が高い。籠城戦を行う訳にはいかないのだ。

 出来る事ならば、こちらから攻勢をかけたい。だが、それはかなり難しいと言えよう。


 クラウスが魔法を使い、敵意を持った者を探す魔法を使えば、迫ってきている者の大まかな位置がわかる。更に範囲を広げれば、狙撃者の位置も把握できるだろう。


 ただし、日中にライフルを構えて、住宅街を疾走する馬鹿はいない。取るとすれば、車両を突っ込ませて、侵入する方法だろう。 

 突入する為には、猛スピードで車両を走らせるはずだ。ただの人間がそれを止める事は、不可能に近い。

 仮に突入班の位置が特定出来たとて、おいそれと外に出ては、スナイパーライフルの餌食になる。


 幾らエリーのサイコキネシスが強力でも、見えない所からの狙撃を防ぐ事は出来ない。クラウスも同様だ。冬也やアルキエル程の身体能力が無ければ、躱す事すら叶わない。

 戦争のプロを相手に、防衛をする事が如何に難しいか。

 東郷邸に残された者達は、劣勢に立たされていた。


 ☆ ☆ ☆


 劣勢と言えば、遼太郎が置かれた状況は、更に悪いだろう。

 冬也の状況とは明らかに異なるのだ。人質を取られた上に、敵陣へ単身で乗り込まなければいけない。

 生きて帰って来れる方が、奇跡である。例え、その身に神格を宿していても。

 

 そんな状況を勘案して、遼太郎には美咲謹製の道具を渡してある。安西と遼太郎の間だけで通話が可能になる、イヤホン型の通信機である。

 

 既に美咲は、港区に放っていた三台のドローンに、東郷邸への帰還命令を与え自動操縦に切り替えている。先に厚木へ向けて放っていたドローンを手動に切り替え、基地内の探索を始めていた。


 ドローンから映し出される映像を、リアルタイムで安西が遼太郎に報告する。これで、幾ばくかは作戦の成功率は高まるだろう。

 ただドローンが映し出したのは、最悪とも言える光景であった。


 だだっ広い飛行場のど真ん中に、十名の人質が後ろ手に縛られ座らされている。目隠しをされ、銃を突きつけられている姿は、これから処刑を行うかの様にも見える。

 更にライフルを持った十名以上の兵士が、ぐるっと周囲を取り囲んでいる。


 冬也が対処出来たのは、ロシア特殊部隊が戦闘行為を行ったからだと言える。

 米国の特殊部隊は、戦う気が更々ない様に見える。人質を盾に、一斉射撃でハチの巣にしようとでも考えているのだろう。


 ただ、遼太郎に対抗する方法は、恐らくこれが正解なのだ。

 かつて、世界中の紛争地域に赴き、徒手空拳で軍隊を鎮圧した男。日本においては、隻腕の鬼と恐れられた男。そんな男と真っ向から戦う事は、命取りに成りかねない。

 

「先輩、流石に不味い。引き返して下さい!」

「そりゃ無茶だろ。見捨てりゃ、深山の思い通りだ。意地でも、救い出さなきゃなんねぇよ」

「駄目です! 奴らは人質を解放する気がない!」

「なんだ? 奴らがそう言ってたのか?」

「そうじゃない! 人質を中心に、ライフルを持った奴らが囲んでるんだ! 先輩ならわかるでしょうが! 冬也君に向かって貰います。それまで、基地に入るのは待って下さい」

「そりゃ駄目だ。あいつには、万が一の時に対応して貰わなきゃなんねぇ」

「今が、万が一じゃないんですか先輩!」

「違うぜ、安西。これは、難易度Aの任務だ。この先に待ってるのは、難易度Sの任務だ。この位は熟せなきゃ、明日なんて来やしねぇよ」

「相変わらず強情な人だ!」

「安西。お前には、内緒にしてたけどな。元は神様だったんだぜ」

「こんな時に、下らねぇ事を言ってんじゃねぇよ!」 

「まぁ、そう言う事だ。耳元でぎゃあぎゃあ騒がねぇで、安心して待ってろ!」

 

 正面ゲート近くで止めていた車を、遼太郎は再び走らせる。ゲートをすんなり抜け、指定された場所へと向かう。途中、検閲を受ける事もなく、スムーズに車は進んでいく。自衛隊でさえも、彼らの見方なのだろう。


 死出の道。誰もがそう思ったに違いない。だが宅内におり、安西と共にモニターを見ていたペスカは、一言も発していない。


 安西は理解している。自分がただの伝令役に過ぎない事を。そして指揮官は、遼太郎ではなくその娘である事を。

 この聡明な少女が何も語らないなら、何か手が有るのだろう。それを信じよう。どの道、それしか出来ないのだから。


 ただ、事態は予想を超えて最悪なものとなる。

 特殊部隊が揃っている場所まで近づくと、遼太郎はゆっくりと車を降りる。遼太郎はそのまま人質に向かって歩いて行く。

 人質を囲んだ兵士の脇を抜けた所で、アラン・ドーマ大尉が言葉を発した。


「そこで止まれ!」

「おいおい! 日本語が喋れんのかよ! これじゃ、交渉が楽になるな」

「交渉? 何か勘違いをしているのか? ミスター東郷」

「勘違いなんかしちゃいねぇよ。俺が来れば、人質は解放してくれんだろ?」

「残念ながら、そんな約束はした覚えはない。ミスクロフォードが、聞き間違えたんじゃないか? 彼女は、母国語を忘れてしまったようだ」

「なんだ? ブラックジョークってやつか? わりぃが、俺は日本人なんでな。漫才じゃねぇと笑えねぇんだ。突っ込み辛いボケは、止めて欲しいだけどな」

「口も達者なんだな、ミスター東郷。だが、おしゃべりはここまでだ」


 そう言うと、アランは腰につけていた拳銃を手にとり、遼太郎に向かって投げる。


「拾え、ミスター東郷。それで、自分の頭を撃ち抜け。それが出来たら、人質は解放してやる」

「馬鹿なのかてめぇは! 俺が死んだら、人質が解放されたかどうか、わかんねぇだろ!」


 遼太郎の言葉は耳に届いていただろう。しかしアランは遼太郎の言葉を無視した。そして合図をする様に、右腕を掲げる。次の瞬間、周囲を囲んでいた兵士達が、一斉に射撃体勢に移った。

 掲げた手が下りた瞬間、人質ごと遼太郎はハチの巣になる。


「拾え!」


 二度目の言葉は、それが警告ではない事を意味している。

 拳銃を拾わなければ、銃殺が待っている。拳銃を拾っても、直ぐに引き金を引かなければ、やはり銃殺だろう。

 囲んでいる兵を掻い潜り、この場から去る事は可能だ。その時は、躊躇なく人質を射殺するだろう。


 銃弾を避ける自信はある。どれだけライフルを連射しようが、自分一人ならば多少の怪我で済む。しかし、全ての銃弾から人質を守る事は不可能だ。

 僅かな神気を使い、大地を動かす事は出来る。しかし、呪文を唱え終わるより先に、銃弾は人質に届くだろう。


「早くしろ!」


 銃が落ちている場所に、ゆっくりと歩みを進める遼太郎に、アランは冷たく言い放つ。もう時間稼ぎすら許されない。

 人質を犠牲に奴らを全滅させる。残された道は、それしか無い。だがその道は、決して選ぶ事は出来ない。


 モニター越しに全てを見ていた安西は、言葉が出なかった。遼太郎なら、間違いなくその判断をするのだ。

 確かに拉致されたのは、同じ特霊局の仲間だ。しかし、もしどちらかの命を選ぶとしたら、間違いなく安西は遼太郎の命を選ぶ。付き合いの長さ、親密度、様々な理由が有る。それでも、死んでほしくないと思うのは、我儘な事だろうか。


 だから止めたんだ。死んでほしくないから。

 でも自分が同じ立場なら、遼太郎と同じ事を選ぶ。だから、止める事は出来ない、かける言葉がない。


「フィアーナ、恨むなよ。冬也、ペスカ、後は頼んだぜ。わりぃな安西、お前の言う通りになっちまった。アルキエル、すまねぇな。もう手合わせは出来ねぇ」


 吐く様に呟かれた言葉は、通信機越しに安西に届いていた。そして安西の嗚咽が、遼太郎に届いていた。

 泣くな。そう言わばかりに、遼太郎は苦笑いを浮かべる。そして安西は、一縷の望みを託して、ペスカに視線を送る。

 だが、ペスカはじっとモニターを見つめている。一言も発する様子が無い。


 声を荒げたいのを、安西は必死に我慢した。

 義理とは言え、父親だろう。その父が、殺され様としているのだ。もし止める策が無くても、何かかける言葉は有るはずだ。


 だが、それは個人的な憤慨に過ぎない。わかっている。言われなくてもわかっている。

 ペスカは指揮官だ。彼女には考えが有るのだ。世界を救う為の作戦が、その頭には入っているのだ。

 自分は、何も出来ない。親愛なる友人に、何もする事が出来ない。安西は膝を突く。

 そして拳銃を拾う為、腰を落としながら遼太郎は言い放つ。


「言う通りにする。その代わり、約束は守れよ」

「当然だ。我らの任務は、お前の命を奪う事。こいつらは、ターゲットではない」

「そっかよ、糞野郎!」


 遼太郎は悪態をつきながら、拳銃を拾った。そしてゆっくりと、銃口をこめかみに突きつける。そして目を閉じて、引き金に指をかけた。


 人間の魂魄と融合し、何度目の死だろう。どの死も不思議と後悔は無かった。常に戦いの中で、命を終える事が出来たのだから。それは戦いの神としての性であろう。

 自らの手で死を選ぶ事は初めてだ。自害とは、こんなにも苦い思いに駆られるのだな。きっと、成し遂げられなかった後悔が、そうさせるのだ。

 冬也に力を受け渡した事で、俺の役目は終わった。神気も底を尽きる。もう、生まれ変わる事はあるまい。仮に生まれ変わったとしても、神としての記憶が蘇る事はあるまい。

 後悔は尽きない、これが人間なんだ。あぁそうだ、これこそが人間の死なのだ。悔いても、請うても、もう終わる。


「さらば」


 そう呟き、遼太郎が引き金を引こうとした瞬間だった。

 バタ、バタと、近くで何かが倒れる音がする。ふと、遼太郎が目を開けるとそこには、見知った赤髪の女性が立っていた。


「どうやら間に合った様ですね。ようやく、恩をお返しする機会が訪れました。ご無事で何よりです、ミスラ様」

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