第363話 テロリスト ~革命と崩壊の始まり~

 特霊局には府中事務所の他に、赤坂と北千住に二つの事務所が存在している。二つの事務所は、能力者が起こす事件の増加に伴い増設された。

 構成する職員の多くは、陰陽道に秀でた者である。有事の際に遼太郎を補佐し、陰陽道を用いて首都を保護するのが主な目的である。

 過去に起きた八王子大災害も、彼らの手によって結界が施された。その際に活躍した陰陽士達を集めて出来上がったのが、新設された二つの事務所である。


 職員の中には、遼太郎の様に実戦に特化した人材は存在しない。元警察官で逮捕術を修めた者が、数名いる程度である。

 そんな者達が、武装した特殊部隊に襲われれば、ひとたまりもあるまい。

 

 業務上の機密漏洩を防ぐというより、即座に連携し行動を起こす為であろう。百メートル圏内に事務所と寮がある。それは新設された二つの事務所も同様である。

 しかし、襲撃をする者からすれば、これ以上に狙い易い拠点はあるまい。


 安西達が退院し宴会を開いた当日の深夜、二つの事務所と寮は同時に襲撃された。一時間もかからずに、黒塗りのバンが数台押し寄せ、職員達は全て連れ去られた。

 

 そして翌日、日本時間の朝六時、現地時間の十七時に、アメリカ合衆国大統領の演説が行われた。一時間に渡る長い演説を、要約すると次の様な内容になる。


 日本で超常的な能力を持つ者が出現した事は、今や周知の事実である。彼らは非人道的な扱いをされ、長らく差別の対象となってきた。それはとても遺憾な事であり、放置しつづけた日本政府の対応に大きな疑問を感じる。


 現在ある組織の陰謀によって、問題は悪化の一途を辿っている。彼の組織は能力者を集めて、日本政府を転覆しようと企んでいる。非常に凶悪な、テロリスト集団である。

 このままでは、日本がいずれ戦場となる。


 テロリストは許してはならない。それは国際的な認識である。我々は、日本政府がテロリストを排除する事を望んでいる。

 だが同時に、我々は友人の為に助力を惜しまない。その準備も出来ている。いち早く、事態が改善する事を望んでいる


 この演説の中で、特霊局がテロリスト組織であると、大統領の口から告げられる。

 数日前に起きた新宿での抗争は、テロ活動の一端に過ぎない。国家の機関でありながら目的を履き違え、日本に混乱を引き起こしたと、激しく糾弾した。


 組織の首謀者として、三島の名前が告げられる。それに続く様に、遼太郎、安西を始めとした特霊局府中事務所の職員の名が挙げられいく。

 更には協力者としてペスカ、冬也、クラウス、空の名も挙げられた。


 アメリカ合衆国大統領の演説を受けて、日本時間の朝七時、モスクワ時間の深夜一時に、ロシア連邦大統領は緊急の声明を発表した。

 

 我々と日本の間には、未だ解決していない問題が存在する。しかし我々は、日本と友好でありたいと願っている。だがその日本で、テロ組織が生まれていた事は、とても悲しい。


 EU各国が経済危機に直面した現状で、日本経済が破綻をすれば、世界中にその影響を与えるであろう。日本を脅かすテロ組織を許してはならない。それは国際的な常識である。


 日本は、幾つもの災害を乗り越えて来た国家である。今回もまた、この危機を乗り越えると信じている。また我々は友好の証として、助力を惜しまない。


 二国の大統領が宣言をした事で、日本はおろか世界中に激震が走る。TVは緊急ニュースが流れ、新聞は号外を作る。ネットでは、テロの話題でもちきりになる。


 ニュースはどこの国でも流れ、日本行きの航空機は欠航となる。

 渡航中止を決める国は、今後増えていくだろう。日本企業関連の株は、軒並み下落するだろう。日本経済の信用不安に基づき、株価や円貨が下落すれば、国内の経済にも大きな影響を及ぼすだろう。波及した問題はそれだけでは収まるまい。


 空前の日本ブームはなりを潜め、一気に緊迫していく。世界からはそう思われるのだ。深山の起こした革命は、世界中を巻き込む騒動に発展していく事になる。 


 ☆ ☆ ☆


 そのニュースにいち早く気がついたのは、冬也の手伝いで朝早く起きていた空と美咲であった。顔を青ざめさせて、二人は冬也に報告をする。

 冬也は手分けをして、全員を起こす様に指示をした。二階に上がる美咲と地下へ降りる空、二人と前後する様に遼太郎がリビングへやってくる。

 

「親父! どういう事だこれは!」

「しらねぇよ! 深山の野郎が仕組んだんだろ? それより冬也、今日の飯は簡単なものにしてくれ!」


 いつでも出動出来る様に、軽食を作れと遼太郎は言っているのだ。冬也はこれまでの調理を中止し、おにぎりやサンドウィッチを作り始める。

 遼太郎から遅れる事、約数分。特霊局の面々が目を覚まし、リビングへとやって来る。朝の弱いペスカでも、直ぐに目を覚ました。


「なんで? 俺達がテロリスト? どう言う事です?」

「雄二、それは俺が聞きたいぞ。先輩、どうなってるんですこれ!」

「Oh my god! リョータロー! 今日はエイプリルフールじゃないよ!」

「うるせぇよ、どいつもこいつも。ギャースカピースカ騒いでんじゃねぇ! リンリン、ネットの状況はどうだ?」

「この話題で持ち切りですな」

「翔一、能力の反応は?」

「特に有りません」

「おい冬也。三島さんから連絡は無かったか?」

「馬鹿か親父。あのおっさんが連絡するのは、親父の携帯だろ?」

「仕方ねぇ。安西、お前は佐藤に連絡しろ。俺は三島さんに連絡をする。他の連中は飯でも食ってろ」


 騒ぎ立てる一同を一喝し、静まらせると遼太郎は状況の確認を行う。

 そして遼太郎と安西は、スマートフォンを手に取り電話をかけた。何度もコールしても、佐藤は電話に出る事はなかった。仕方なく安西は、佐藤宛のメールを送る。メールを見たら、連絡をする様にと。

 いつもは数コールもかからずに電話に出る三島も、今日だけはかなり時間がかかった。しかし、三島に繋がった結果、遼太郎は更に悪い連絡を受ける事になる。


「東郷君か。とんでもない事になったね」

「三島さん、呑気に言ってる場合ですか!」

「まぁそれだけ深山君が本気だって事だよ。政府は対応に大わらわだ」

「それで、政府の対応は?」

「まだ、答えは出ていない。場合によっては、我々は切り捨てられる可能性が有る。佐藤君に連絡はしたのか?」


 三島の問いに、遼太郎は安西へ視線を向ける。安西は首を横に振った。


「繋がらなかったようです」

「そうだろうな。対策本部は解散、佐藤君は謹慎。それが警察の対応だ」

「それじゃあ、奴らの言い分を認めたのと同じじゃねぇか!」

「これだけ早い対応なんだ。警察庁の中にも、深山君の支配を受けた者がいたんだろうね」

「で、俺達はどうするんです?」

「東郷君。その前に知らせておかなければならない事がある」

「はぁ? これ以上、何を?」

「赤坂と北千住の事務所と寮が襲撃を受けた。職員は全て拉致された」

「なんだと!」

「拉致した連中は、恐らくプロだ。職員の命を対価に、我々の投降を望んでいる」

「何言ってやがる! 三島さん! それじゃ国際法違反だろうが!」

「そんな事を言っても、我々の主張は通らないよ。東郷君、この件は君に任せる。ただし、今回の場合に限っては、見殺しにするのがベストの選択だ!」

「ふざけんじゃねぇぞ! 三島ぁ! 見殺しにしろだと!」

「あぁ、そうだ。下手に動けば、立場を悪くする。君も私も、部下達もね。勿論、君の家族もだ」

「どっちがテロリストだ、馬鹿野郎! あんた、本当にそんな事を言ってんのか?」

「当たり前だ。私はこれからあの二国と、政治的な取引を行わなければならない。彼らの犠牲だけで、鎮静化するならそれに越した事はない」

「三島さん。あんた、俺に任せるって言ったよな。俺は奴らを見捨てねぇ! あんたは、政治的取引とやらで、この事態を沈静化しろ!」

「やって見たまえ東郷君。私は止めはしない。その代わり下手を打てば、君達も切り捨てる」


 そう言うと、三島は襲撃者の連絡先を告げて、電話を切る。

 様々な事が一気に起こり混乱する中、仲間を見捨てろと言われ、遼太郎の中には怒りが渦巻いていた。手にしたスマートフォンを床に叩きつける勢いで、腕を振り上げる。だがその腕は、冬也に掴まれた。


「落ち着けよ親父。話しは全部、聞こえてた。俺が協力する。俺達は親子なんだ。馬鹿で糞ったれな父親を助けるのは、息子の役目だ」


 会話の重要性を感じていたペスカは、林に命じて盗聴させた。彼らの会話は、全てパソコンのモニターから流れていたのだ。


 会話の内容は信じられない。特に特霊局の職員達はそう感じただろう。いつも温厚な態度であった三島に、恐ろしいまでの冷酷さを感じたのだから。

 喋り方は、いつもと変わらない。話した内容が物騒であっただけ。それにも関わらず、冷徹な支配者を彷彿とさせた。


 確かに三島の言う通りなのだ。下手に動けば、立場を悪くする。自分達が無実である事を証明するならば、尚更だろう。しかし、それが同僚を見捨てる選択肢には繋がらない。


 どちらかを選べと言うなら、間違いなく遼太郎の選択を指示する。

 どちらかの手を取れと言うなら、冷徹な支配者よりも、熱い魂を持つリーダの手を取る。

 

 冬也に腕を掴まれ、少し冷静を取り戻した遼太郎は、周囲を見渡す。皆の視線は、遼太郎に集中している。そしていつ、言葉を告げるのかを待っている。

 そう、ここにいる全ての仲間は、遼太郎と意思を同じくする者なのだ。


「馬鹿野郎だ。本当にお前らが一番、馬鹿野郎だ」

 

 そう呟いた遼太郎は、深々と頭を下げた。


「悪いなみんな。俺に力を貸してくれ。俺に命を預けてくれ」

 

 特霊局の面々に笑顔が戻る。

 世界の警察からテロリストと認定され、命を狙われる存在となった。恐怖で体が竦む、不安で張り裂けそうになる。しかし、泰然としている冬也を見れば、それが冗談なのかと思えて来る。


 だが、冗談ではなかった。冗談であって欲しかった。三島の言葉が語っていた。全てが真実であると。

 自分達は本当に、テロリストの片棒を担いでいたのかもしれない。そう思わされた。信じていたものが、粉々に抱かれていく。道を見失い、途方に暮れそうになる。

 しかし遼太郎は抗ってみせた。この混乱の中、自らの意志を示して見せた。次は自分達の番だ。


 特霊局の面々に闘志が戻る。

 それは、これから訪れる未曾有の危機に対し、立ち向かう事を決断した意思の表れなのだろう。

 そんな彼らを見ながら、ペスカはぽつりと呟いた。


「そろそろ、三島のおじさんには、舞台から降りて貰わないとね」

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