第362話 テロリスト ~動き出す影~

 如何に世界の警察とて、何の根拠もなしに民間人をテロリストに仕立て上げる訳にはいくまい。当然、世論からは批判の声が上がるだろう。

 如何に大統領権限を行使しても、自国の軍を動かして戦争状態に陥らせる訳にはいくまい。表向きは、平和対策であるのだ。

 その為には日米安保に則り、日本国内における内戦の脅威を取り払うという目的を掲げるのが、最善であろう。ロシアに関しては、テロ組織を撲滅する為の支援という形を取るのが、望ましいのかもしれない。


 如何なる策を用いても、組織の息がかかった国際機関が、二国の行動を承認するはずが無い。安全保障理事会を通しても否決される。国連はそれらの行為を、全て違法とみなす。無論、自国においても同様であろう。


 今まで世界を動かして来た連中を出し抜く為には、正攻法では行動すら起こせない。多少強引な手段でも、それを使うしかないのだ。故に深山は、両国に大統領令の発令を望んだ。

 それでも秘密裏にという訳にはいくまい。万が一の為に、平和維持という体裁を整えるべきなのだから。


 では、表向きには時間がかかるであろう手続きを待って、事態を進行させるのか。それでは、三島の思い通りになるだけである。

 ならば、表向きの体裁を整えている間に、小規模の部隊を潜入させればいい。


 米国においては、極めて簡単な事だ。日本には自国の基地が有るのだから。ロシアの入国に関しては、深山が手続きを済ませてある。

 何せ入国管理局は、深山の洗脳下にあるのだ。どこの誰が入国しようが、その者達が何を持ち込もうが、深山の意志で審査すら行われないだろう。


 三者が会談をした翌日、モスクワから飛び立った航空機が成田へ到着した。

 ガタイの良い男が数十名、航空機から降り入国審査を受ける事なく荷物を受け取り、用意されていた二台のワゴンに乗り込んだ。二台のワゴンは、一路神奈川県の厚木市に存在する基地へと向かう。

 それから更に二日、ハワイ、沖縄と経由した航空機が、厚木市の基地に着陸する。 

 

 二国が送り込んだのは、隠密性の高い任務を得意とする特殊部隊。彼らの到着により、東京を舞台とした激しい戦いが、幕を開ける事になる。


 ☆ ☆ ☆

 

 一方その頃ペスカ達は、事態が急速に動き出している事を知らず、久しぶりの休日を過ごしていた。

 しかし休日とはいえ、自室でのんびりする事は出来ない。東郷邸で生活をしているのは、ペスカと冬也だけでは無いのだから。


 府中の事務所と寮を失った特霊局の職員は、挙って東郷邸に押しかけている。外出を控える様に命じられていた、翔一と美咲を除いたとしてもだ。一早く退院した林は、既にリビングの片隅を占拠している。

 更には本日、安西、エリー、雄二の三名が退院し、東郷邸へ来る事になっている。その上、居候のクラウスを含めれば、大家族に近い人数になるだろう。

 

 そうなれば東郷邸は、臨時の特霊局府中事務所兼、府中寮と言っても過言ではなかろう。落ち着いて過ごすプライベートスペースは無くなり、寝る場所すら確保が難しくなる。


「悪いな冬也。いっぺんに押しかけた形になって」

「お前のせいじゃねぇよ翔一。それに無くなっちまったもんは仕方ねぇよ」


 特霊局を代表し、翔一は申し訳なさそうに頭を下げる。しかし冬也には、気にも留めていない様であった。

 ただ冬也の様子に首を傾げたのは、空であった。

 ペスカと冬也は、既に異世界ロイスマリアの住人である。豪邸を所持している事も耳にしている。それに、実家を好き勝手に使われて、不満に感じるタイプでもなかろう。


 しかし誰でも、落ち着いて休む場所や時間がなければ、ストレスは溜まるのだ。ましてや、府中の事務所の再建目途は立っていない。寧ろ、新しい事務所や寮の予定地を、選ぶ余裕が無かったのだ。

 二階にある三部屋が、寮の代わりとなるのは明白。一階のリビングはもとより、客間は事務所となるだろう。部屋があったとしても、三人も増えれば雑魚寝をするしか無くなるだろう。

 

「でも冬也さん、どうするんですか? 食費はともかく、生活スペースが無くなりますよ」

「あぁ、それなら問題ねぇよ。流石に男と女を一緒にする訳にはいかねぇけど、部屋ならまだ有るからな」

「えっ? この家って四LDKですよね。二階の寝室は、三人ずつで使ってるんですよ。アルキエルさんが留守だから、一部屋は冬也さんと工藤先輩だけですけど」

「空ちゃん。この家には、まだ秘密の部屋があるんだよ」

「ペスカちゃん。何言ってんの? 毎日掃除してるのは、私と美咲さんなんだよ! そんな部屋が有ったら、気がつかないのがおかしいじゃない!」

「なんだ空ちゃん。気がつかなかったか? 二階に上がる階段の近くを探して見な。ボタンが見つかるはずだ」

「まさかペスカちゃん! 家を魔改造しちゃったの?」

「失礼な! 建てた時から有った部屋だよ。普段は使わないから、気がつかないだけだよ」


 冬也の言葉は、空と翔一を少し不安にさせる。そんな二人を、ペスカと冬也は階段へと案内する。

 確かに説明通り、ボタンが見つかった。階段の裏に隠された様に据え付けられていた為、気がつかなかったのだろう。ボタンを押すと、ゴゴゴと音を立てて床がせり上がる。やがて、地下へと続く階段が現れた。


 暫く使われなかったのだろう。地下への入り口からは、埃が上がってくる。そして灯りをつけて、薄汚れた階段を下っていく。そこには全面が打放しコンクリートで作られた、大きな部屋があった。


「ここは、俺がガキの頃に使ってた訓練場だ。流石の親父でも、屋外で園児をボコボコにする訳にいかねぇからな」

「私も子供の頃は、やたらとウエイトトレーニングをさせられたよ」

「暫く使ってねぇから汚いだろ」

「でも掃除すれば使えるよね。男の人達は、ここで我慢して貰えばいいよ」

「一応言っとくが、ペスカの魔改造は半分正解だ。入り口の仕掛けは、ペスカが作ったんだ」

「その方が、秘密基地っぽくてカッコいいでしょ?」


 ペスカと冬也は、嬉々として説明する。言葉通り、秘密基地を紹介する様に。

 しかし空と翔一は、確かに見ていた。部屋の各所にある黒ずんだ汚れは、血の後であろう。想像も出来ない位、過酷な訓練が行われていたに違いない。二人は僅かに肌を粟立てる。


 ただ、ペスカと冬也にとっては、日常であったのだろう。二人のやや怯んだ様子を気にせずに、掃除を提案した。

 監禁をされていた美咲は、地下室へ入る事を拒んだが、クラウスを含めた五名で掃除が始まる。久しぶりの休日は、掃除の時間に変わった。


 昼を過ぎる頃に掃除がひと段落する。そして今まで男衆が使用していた寝具が、地下室へと運び込まれる。それに合わせて、美咲を助手に冬也が料理を作り始めた。


 夕方近くになり、退院した安西達を乗せた遼太郎の車が到着する。病院食が続いてた安西達にとって、久しぶりの豪華な夕食である。


 食べる事が好きな林や、若い雄二は呆れる程の速さで、用意された料理の数々を平らげる。

 また成人している者は、酒を飲みながら料理を摘まむ。ビール党の遼太郎と安西。ワインを好むエリーとクラウス。焼酎か日本酒を好む美咲。それぞれに好みが分かれてもいい様に、多種の料理が用意されている。

 それは、この場にいないアルキエルに、後で文句を言われそうな程である。皆が冬也の料理に舌鼓を打っていた。


 快気祝いも兼ねているのだ。皆がワイワイと盛り上がる。

 ひたすらに食べる事に集中する林と雄二。次第に酔いが回り、乾杯を繰り返す遼太郎達。そして、未だ未成年の冬也とペスカ、それに翔一と空は、学生時代の話しで盛り上がっていた。

  

 自分達が命の危機に晒されている事を、彼らはまだ知らない。恐らくこれが、皆で集まる最後の食事である事も。

 彼らは翌朝、TVの報道で知る事になる。深山の描いたシナリオが、どれだけ残酷なものであるかを。

 また、それを知った時には、既に手遅れである。日本中、いや世界中から、犯罪者として認識されるのだから。

 

 ☆ ☆ ☆


「さて、先ずはロシアからの友人を歓迎したい。決して敵にしたくない優秀な兵士だと聞いている。君達の参加で、作戦の成功確率が高まった。俺はアラン・ドーマ、階級は大尉だ。今回の作戦を指揮する。よろしく頼む」

「隊長さん、早速だが作戦の内容に移りたい。俺達の標的は、この一覧の奴らで良いんだな?」

「その通りだ。捕縛対象は、三島と四名の能力者だ。奴らだけは、必ず生かして捕えろ。他の奴らは殺す事が必須だ。逃がす事は許されない」

 

 ロシア側の隊長らしき人物が、アランへ作戦内容を詰める事を提案する。しかしアメリカ側の一人が声を荒げた所で、話しが脱線し始めた。


「おいこのリストには、エリー・クロフォードが入ってるじゃねぇか!」

「なんだ? 有名なのか?」

「FBIで一番有名な捜査官だぞ! 予知とサイコキネシスで、凶悪な殺人グループを一網打尽にしたんだ! なんでそんな有名人が、日本にいるんだ?」

「その話なら、聞いた事があるぜ。都市伝説だと思ってたが、本当だったんだな。噂じゃ銃も効かねぇって話しだ」

「いや、噂じゃねぇ。実際に俺はその現場にいたんだ。拳銃ではエリーに傷を付けられない!」

「待て! それは本当なのか? 新宿の映像は見たぞ。そこに映っていた男三人は、銃弾を避けている様に見えた。あんな化け物が他にもいるっていうのか?」

「おい! その男の一人は、トウゴウって奴だろ! 何年も前だが、奴に祖国の部隊が一つ全滅させられている」

「お前達、作戦会議中だ! 世間話なら後にしろ! 新宿で暴れた男の内、トウゴウは親子だ。後はリストの最後、奴は名前も出身地も判明していない」

「とんでもねぇな」

「あぁそうだ。だから俺達が集められた。三人の男は必ず単体で始末する。遠距離からの狙撃。あの様子だと、それすらも躱す可能性がある。その時は数名で囲め。接近戦で歯が立たない様なら、直ぐに撤退しろ! 最悪の場合は、特殊兵器の使用も許可されている」

「了解だ」

「先ずは、奴らの拠点から潰す。赤坂と北千住、ロシア班とアメリカ班に分かれて襲撃し確保する。そいつらを人質にして、府中の奴らをおびき寄せる。油断するな! 奴らは手強い! 必ず一人ずつ始末するんだ!」

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