第354話 サイバーコントロール ~謎のアプリ~

「これから、君達のスマホにSMSを送るから、それに従ってアプリをダウンロードしてくれたまえ」

 

 三島は周囲を見渡すと、柔らかな口調で言い放った。

 三島と親しい、若しくは特霊局の職員であれば、三島が各人の連絡先を知っていてもおかしくはない。しかしアルキエルが持っているスマートフォンは、佐藤から支給された物である。


 ただしクラウスは、三島と面識がない。更に言えば、美咲は拉致された時に、スマートフォンを壊されており、自宅の鍵も奪われている。現在は、普段着さえも持っておらず、体格の近い空の服を借りている状態である。

 周囲を見渡し察したのか、三島は説明を続けた。

 

「あぁ、佐藤君から支給されているスマホの番号は、知っているから安心したまえ。ペスカ君と冬也君の番号は聞いてるから問題ないよ。それとクラウス君だったかな、連絡先を教えてくれるかな?」


 クラウスは自分の番号を伝える為に、三島に近づく。そして連絡先の交換を終えると、三島は山中に視線を送った。


「山中君、不自由にさせて、すまなかったね。一度、自宅に帰って荷物をまとめて、寮に入って貰う予定だったけど、暫くこのまま東郷君の家で生活してくれるかな? 無論、着替えなどは取りに行ってもらっても構わない。ただ場合によっては、君を拉致した連中が、自宅を荒らしているかもしれない。その場合は、遠慮なく私に言ってくれ。君の生活は、私が保証する。ただし、決して一人では行動しないでくれたまえ」

「あ、あの。お気遣い、ありがとうございます」

「それと、これはスマホと暫くの小遣いだ。スマホは支給品だと思ってくれたまえ。小遣いは、移転料や着後手当だと思ってくれ。それで、身の回りの物を買うといい」


 美咲は三島からスマートフォンと、現金が入った封筒を手渡される。国家公務員の移転料等の手当てにしては、多いと思える額が封筒に入っていた。

 三島は予想していたのだろう。拉致をした際に、美咲の鍵を奪った連中は、間違いなく自宅を荒らして、金目の物や現金に通帳それに判子を持ち去っただろう。

 大家に言えば、鍵を開けてくれるかもしれない。しかし美咲の私物は、売り払われて大して残ってない可能性が高いのだ。

 

 死の寸前で救われた美咲からすれば、感謝の気持ちが有るだろう。だが、感謝があるからこそ、身の回りの物を全て借りている状態に、肩身を狭くしているはずなのだ。三島の行動は、そんな美咲の状況を察してのものであった。


 リビング内がバタバタと慌ただしくなる中、各人のスマートフォンにメッセージが届く。そして皆がメッセージに従い、アプリをダウンロードした。


「三島のおじさん。これって何のアプリ?」

「リンリンが開発したゲームアプリだよ」

「はぁ? あの野郎、俺に内緒でそんなもん作ってやがったのか?」

「いやいや、誤解してくれるな東郷君。これはただのゲームアプリではない。何せリンリンが精魂込めて作った作品なんだからね」

「ねぇ。これって配信しないの?」

「配信は、もう少しテストしてからだね。その辺はリンリンに一任してある」


 当のアプリは、かなりシンプルな操作方法の、防衛ゲームの様な内容であった。

 ゲームは城塞の選択から始まる。ファンタジー要素が溢れる様々な形の城塞を選ぶと、敵となるモンスターが攻めて来る。歩行型、非行型と襲い来るモンスターに対し、魔法陣等の防衛用建造物を作り上げて迎撃する。

 一定時間、城塞を守りきれば勝利となる。勝利すればレベルが上がり、防衛用の建造物の種類が増えていく。


 シンプルな内容だから、ハマり易いゲームであろう。夢中になってやっていたら、あっとう間に時間が経ってしまう可能性が高い。

 特にペスカは、久しぶりのゲームに食いつき、三島に質問をしつつもスマートフォンを引っ切り無しに操作している。

 空や美咲の様な女性陣も、夢中になっている様子が見て取れる。冬也とアルキエルの様に、ゲームには一切興味を持たない者は別であろうが。


 一見する限りは、美麗なグラフィックで、城塞やモンスターのデザインにも力を入れているのはわかる。確かに精魂込めて作ったのだろう。しかしただのゲームアプリではないと言われても、その違いは理解出来まい。


「三島さん、流石にこりゃあねぇぜ。リンリンに何を作らせたんですか? ただの金を集めじゃありませんよね?」

「流石の東郷君も、理解出来ないかな? ペスカ君はどうだい?」

「あ~、ちょっと待って! いいとこだから!」

「おいペスカ! 三島さんの前だぞ!」

「うっさいパパリン! あ~と、これはあれだよ。つまり、この敵が可視化されたサイバーテロだね。守っている砦は、政府や警察のメインサーバーって所かな?」

「流石だねペスカ君。ご明察だ」

「これはリンリンの遺産だね。エロオタクでも、やる時はやるんだね」

「馬鹿! リンリンは、死んでねぇよ!」

「東郷君。わかってると思うが、リンリンが抜けた穴はかなり大きい! 深山君の所には、リンリンと対抗出来る男がいる」

「はぁ? 初耳だぜ三島さん!」

「深山君の暗部を担当する男だからね。イゴール・グラトコフ、元FSBの職員で対サイバーテロ対策のスペシャリスト。リンリンのハッキングに対抗出来た唯一の男だ」

「くそっ。深山の野郎、とんでもねぇ隠し玉を用意してやがったのか」


 遼太郎は、思わずテーブルを強く叩いた。そして未だ片づけていない食器が、ガチャンと大きな音を立てる。運良く床に落ちずに済んだものの、遼太郎の憤りは明確に周囲へ伝わった。

 遼太郎の口調が段々と荒くなっていく。しかし三島は、気にも留めずに話しを続けた。


「これまで彼を抑え込んで来れたのは、ペスカ君の護符とリンリンの技術だ。護符の攻略方法は、既に知られている。そしてリンリンの不在。彼が動きだすとしたら、今だろう」

「それならこんなチンケなアプリじゃ、対抗出来ないんじゃねぇのか?」

「その通りだよ。これはイゴール対策じゃない。イゴールに対抗できるのは、リンリンしかいない」

「じゃあ何の為に?」

「決まってる、他の大多数だ。日本政府は、世界中から攻撃を受けるだろう。深山君のTV出演は、単なるパフォーマンスじゃないって事だ。数日中には、各国の首脳が声明を発表するだろう」

「深山はそこまで手を回していたって事か?」

「当たり前だ。我々は誰を相手にしていると思っているんだ?」


 深山は外務省の高官として、米大統領補佐官を始めとした、様々な国の高官と会談をした経験を持つ。その際に親交を深め、各国の首脳レベルの人間と、接触していてもおかしくはない。


 高官同士の会談レベルでは、意志決定は成されない。言わば首脳会談へ向けての下地作りが、大半を占めるのではないだろうか。その際、相手国の思惑を推し量るのも、彼らの役目であろう。


 外交はサラリーマンの商談とは大きく異なる。国を代表して他国の代表と渡り合うのだ。緊張度も圧し掛かる重圧も、その比ではないだろう。当然、会談を行った者達が、親密になるとは考え辛い。しかし、深山ならやってのける。

 学生時代から政治家や政財界の大物、有識者と呼ばれる者達を相手にして来たのだ。意思を持って、海外の実力者と交流を深めようとして来たに違いない。

 

 イゴールの件にしても、おかしな点は有るのだ。リンリンの様な優秀なハッカーに対抗出来る人間を、ロシアが簡単に手放すはずが無い。何らかの取引が有って、イゴールが深山の下にいるはずなのだ。

 所謂、スパイの様な役目をイゴールが担っていると考えても、然程の間違いはないだろう。


「わかるね。東郷君、それに佐藤君もだ。深山君は、まだ能力すら使っていない。言わば現実的な方法で、日本政府を潰しにかかっている。もし深山君が能力を使えば、某国からミサイルが飛んできてもおかしくはないんだ」

「三島さん! それなら尚更、任意でも引っ張るべきじゃないんですか?」

「佐藤君。それは、逆効果になると思うよ。深山君なら、それすら利用し、民衆を扇動するだろね。それと気掛かりなのは、まだ有る」

「三島さん。どういう事です?」

「仮に深山君に逮捕要件が揃ったとしよう。その場合、残りの連中はどうなる? テロリストと化すのではないか?」

「確かに。可能性は充分に有りますね」

「我々は既に民衆の敵になっている。これからは更に厳しい戦いになるだろう」


 三島は、ひと際大きな声で言い放つ。まるでこの会合を締め括ろうとする様に。そして周囲の視線が三島に注がれる、一部の者を除いて。


「現場の指揮は、引き続き東郷君と佐藤君に任せるよ。ペスカ君、是非サポートをお願いしたい。それと、政界の方は私に任せたまえ。ただ、出来たらボディーガードが欲しいね」


 そう言い放つ三島の視線は、ある者に向けられていた。その者は、一言発しただけで、終始つまらなそうにしていた。下らない人間の争いには、興味が無いとばかりに。そして三島の視線を感じても、気がつかない振りをしている。

 そんな時、これまで傍観をしていた冬也が、ようやく口を開いた。


「いいじゃねぇかアルキエル。行ってやれよ」

「はぁ? 馬鹿か冬也ぁ! 何で俺が、ガキのお守りなんか、しなきゃいけねぇんだ!」

「どうせ俺達は、荒事しか出来ねぇんだ。このおっさんについていけば、合法的に喧嘩出来るぜ!」

「そんなの、憂さ晴らしにもなりゃしねぇだろ!」

「ならこうしよう。食事は必ず、お前が食った事の無い、すげぇ旨い物を食わせる。それでどうだ?」

「っち、しかたねぇ。今回だけだぞ、冬也ぁ。ロイスマリアに帰ったら、覚悟しとけよ」

「あぁ。お前の気が済むまで、稽古をつけてやる」

 

 あっけらかんとした冬也の口添えで、三島の意見を挟む余地なく、アルキエルがボディーガードに決まる。


「三島のおじさん。いいの? 勝手にあんな約束してるけど」

「あぁ構わないよ。そんな条件で、戦いの神がSPになってくれるなら、安いものだよ」

「あっそ、ならいいけどさ」


 三島に一応の確認を取ったペスカは、次にクラウスへ視線を向けた。


「クラウス。悪いんだけど、これから直ぐにリンリンの病室に行って、マナを分けてあげて」

「畏まりました、ペスカ様。それで林殿は、こちらにお連れすれば宜しいのでしょうか?」

「うん、翔一君も一緒に連れてきてね。それと出来れば、PCを一式揃えて帰って来る様に。物はリンリンに選ばせればいいから。支払いは、特霊局がしてね。三島のおじさん、いいでしょ?」

「構わないよ」


 三島は頷くと、椅子の下に置いてある鞄に手をやる。そして、札束を一つ取り出すと、クラウスに渡した。


「これで足りなければ、立て替えておいてくれたまえ。直ぐに払うから」


 クラウスに現金を渡した三島は、そのまま鞄を持つと席を立つ。


「今日はこれで解散だ。皆の尽力を期待している」


 会合の終わりを告げた三島は、アルキエルを連れて玄関へと向かった。その後に続く様に、佐藤も玄関へと向かう。そして三島達は、外に待機させていたタクシーに乗り込み去って行った。

 また、現金を受け取ったクラウスもまた、遼太郎の車に乗り込み林が入院している病院へ急ぐ。


 本格的な戦いが始まろうとしている。

 三島の語る深山の暗躍は、予想を遥かに超える勢いで、日本政府を席巻していく。特霊局を含む一同は、劣勢に追い込まれていた。

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