第348話 ヴァンパイア ~調伏~

 翔一に対し避難を指示し、ペスカに対し結界を張る指示をしたのは、隠れ家となっていた民家に対する配慮ではない。住宅街に位置している為、音はもとより衝撃による、近隣住宅への被害を考慮しての指示であった。

 翔一に対し、近隣住民へ避難勧告をする様に告げなかったのは、必要が無いと判断したからであろう。ペスカの口からも、それらしい指示が出なかったのは、同様の判断をしたからに違いない。


 ペスカ達の会話が終わるや否や、三堂は攻撃を仕掛けて来た。

 目にも止まらぬ速さで、アルキエルとの間合いを詰め、真正面から正拳突きを放つ。しかし、なんの工夫も無い攻撃が、アルキエルに通じる事はない。アルキエルは、素早く膝頭を体に引き寄せると、三堂に対し水平に蹴り込む。激しい勢いの蹴りが、三堂の頭部に直撃する。そして、大きな音を立てて、突き当りのドアを破壊し、三堂はリビングへ飛ばされる。


「ちっとばかり、手加減しちまったか? くそっ、変な癖がついちまった」


 悪態をつきながら、アルキエルはゆっくりと廊下を歩き、リビングへと進んでいく。一方の三堂は、吹き飛ばされた衝撃よりも、力が吸収出来なかった事に驚きを感じていた。


「何か不服そうだな? 俺の神気を吸取れるとでも思ったかよ。それならせめて、馬鹿猫よりも速くなってみせろや!」


 アルキエルがリビングに足を踏み入れた瞬間を狙い、三堂は再び攻撃を仕掛ける。壁際に回り側部から、アルキエルを狙って拳を放つ。しかしそれは易々と躱され、三堂は腹部に膝蹴りを食らい、再び吹き飛ばされた。

 

 元々、隠れ家として使用していた為、生活用の家具は極めて少ない。リビングにはテーブルとソファが一組ずつ。大型の冷蔵庫は有るものの、食料よりも酒類が保存されている。他の部屋は、がらんどうの空き部屋同然である。

 障害物となる物が少ない為、飛ばされた三堂を受け止める物は無く、そのまま壁に激突する。しかし、既にペスカが結界を張り終えている為、三堂が外壁まで突き抜ける事はない。壁にぶち当たると、三堂はバウンドする様に床を転がった。


 三堂の中には疑問が渦巻く。強くなったはず、神の力を手に入れたはず、全てを壊して無に帰す事が出来るはず、なのにどうして目の前の化け物には手も足も出ない。

 ただ、三堂の思考は長く続かない。やがてそんな疑問すらどうでもよくなる程に、怒りと力が体の中から渦を巻いて沸き上がって来る。殺せ、殺せと恫喝する様な声が、三堂の頭の中に響く。その声に身を任せるのが、自然な事だと考え始める。そして、三堂は意識を手放し、悪意に身を委ねた。


 三堂の体は、更に変貌を遂げる。体は三倍以上に膨れ上がり、更に頭身のバランスが崩れていく。最早、アニメや漫画でしか描かれない様な肉体である。鍛え過ぎたボディビルダーさえも、今の三堂を見れば異常だと感じるだろう。


 しかしこの時点では、まだペスカは静観を続けていた。今なら、間に合うと考えていた。危険なのは、ここからの変化である。自らが育てた悪意に呑まれ、欲望のまま体を変化させ続ければ、正真正銘のモンスターへと変貌を遂げる。そうなっては、流石のペスカでも治療のしようがない。命を絶つ事でしか、解放してやる事は出来ない。


 そもそも、か細い肉体が一瞬で、ボディビルダーの様に変化はしない。それは、アルキエルの神気が体に馴染んだからこそ、成し得た変化である。悪意を増大させ、アルキエルの神気を媒介に、急激な成長を遂げた肉体に、問題が生じない訳がない。既に危険な兆候である。

 それは、アルキエルも理解をしているのだろう。その成長を止めるべく、アルキエルは自ら攻撃を仕掛けた。

 

 シンプルだからこそ、一番力を発揮する。冬也の正拳突きの様に。

 まだ倒れて蹲ったままの三堂に対し、アルキエルは間合いを詰めると、背面脇腹付近に打撃を加える。ボクシングで言うところの、キドニーブローである。急所を狙った攻撃で、三堂の腎臓は悲鳴を上げる。痛みが全身に回り、三堂は叫び声を上げる。

 どれだけ肥大化した肉体でも、打撃を加えれば内臓にダメージを与える。ただの人間が殴って通用しなくても、神の拳なら内部まで痛みを届けられる。


 痛みのままに、三堂は転がる。尚もアルキエルの追撃は止まらない。転がる三堂の丹田を、アルキエルは蹴り上げる。三堂はボールの様に、勢いよく天井に激突し、墜落すると動かなくなった。

 更なる攻撃を加えようと、アルキエルは一歩踏み出す。しかし追撃が行われる事はなかった。


「そこまでだよアルキエル! 後は膨張しきったマナと、あんたの神気を取り払いなさい! 出来ないなら、私がやるよ!」

「うるせぇよペスカぁ。そのくらい出来なくて、戦いの神が名乗れるかよ!」


 アルキエルは片膝をつくと、三堂の体に手を添える。そして、静かに力を籠めた。しかし、神気がまともに使えないアルキエルに、通常の方法では神の御業は成し得ない。

 

「仕方ねぇ。お前と同じ方法を使うしかねぇか」


 アルキエルは眉根を寄せると、ペスカを見やる。そして、三堂の体に視線を戻すと、呪文を唱えた。


「我が名、アルキエルにおいて命じる。この者に巣食う邪気を滅せよ。この者に宿る異形の力を滅せよ。醜く肥大した体は、あるがままの姿へ。過分な力は我が下へ戻れ」

 

 周囲に光が灯ると、三堂の肉体は収縮を始める。そして、三堂の中にあったマナは、体から抜け出て大気の中へ消えていく。神気はアルキエルの元へと還る。

 ゆっくりと時間をかけ、三堂は元の姿に戻っていった。


 床に転がされたままの三堂が、意識を取り戻すのには、一時間以上が経過をしていた。

 その間に、深山を取り逃がした遼太郎は、翔一が迎えに行き合流を果たす。佐藤に連絡をした遼太郎が、三堂の逮捕手続きを依頼する。

 深山が意識を取り戻した時には、両手に手錠が嵌められていた。


 悪意に身を委ね、途中からの記憶が残っていない。三堂は警察官に囲まれた状況を、直ぐには理解出来なかった。


「目が覚めたか三堂。お前を傷害と器物損壊の疑いで逮捕する。深山との関係を、洗いざらい吐いてもらうから覚悟しとけよ」


 佐藤の言葉で、事態を把握した三堂は、両腕に力を籠める。しかし、手錠を引き千切る事は出来ない。


「馬鹿かてめぇは。能力なんざ、消し飛ばしたに決まってんだろ! てめぇが蓄えたマナも解放したし、俺の神気も返して貰った。今のてめぇは、能力者じゃねぇ。ただの一般人だ。助けてやった事を感謝しろよ!」


 三堂はアルキエルの言葉を理解出来なかった。いや、理解したくなったのが正解かもしれない。もう能力が使えない。言われなくても、自分の中に有った力が消え失せている事から、明らかなのだから。

 絶望に打ちひしがれて、三堂は俯く。そして、警察官に連れられて、隠れ家を去っていった。


「それにしても東郷さん、これは何なんです? 事務所の襲撃を知ったのも、ついさっきの事なのに。先に連絡が欲しかったですね」

「すまん、佐藤。お前の言う通りだ」 

「ミスラぁ。お前、わざと逃がしたろ!」

「馬鹿言うんじゃねぇ、アルキエル! お前と一緒にすんな!」

「だから、ついて行こっかって言ったのに。マーキングしたのは、キモイ人だけだしさ。私がいれば、深山って人をマーキングして、翔一君に情報を渡す事だって出来たんだよ!」

「あぁ、そうだなペスカ。お前の言う通りだ。俺のつまらねぇプライドで、事態をややこしくさせちまった」

「そう思うなら、捜査に協力して下さいよ東郷さん。早い所、深山を捕まえないと。聞いた様子じゃ何をしでかすかわかりませんよ!」

「あぁ、わかってる。翔一、お前にもすまない事をしたな」

「いや、いいですよ、東郷さん。僕は、大して役にたってないですし」


 佐藤、アルキエル、ペスカの三名に詰められ、遼太郎は頭を下げ続ける。特霊局の襲撃に端を発した一連の騒動は、三堂の逮捕により終幕を迎える。

 しかし佐藤の言葉通り、黒幕一味のリーダーが明らかになったとすれば、彼らは過激な行動に出る可能性がある。東京に暗雲が立ち込め、予断を許さない状態は続く。

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