第341話 ヴァンパイア ~事務所襲撃~
唐突に現われ、鷹揚に構えて挨拶を行う男。そんな男に、驚異を感じないとしたら、組織としては終わりであろう。
特に特霊局はその特異性からか、職員の数が極めて少ない。大規模の霊的案件であれば、外部の霊能力者達を集めて儀式を行うので、実質的な職員の数は少なくても良かったのだ。能力者が大量に発生するまでは。
能力者が増えた現在も、職員の数は大幅に増える事は無かった。府中に一つだけあった事務所が、港区と足立区に一つづつ増設されただけである。
そして府中の事務所は、東郷遼太郎を始めとした霊能力者を集め、異能力者も加わる集団として、数々の事件に対応してきた、特霊局の中心である。
また特霊局の職員には、事務所近くにある寮へ住む事を義務付けられる。当然、安全上の配慮も有るのだが、真の目的は緊急時の対応にある。東郷遼太郎の場合、事情により寮住まいではないが、自宅は事務所からそう遠い距離ではない。
そしてこの瞬間、事務所の中には安西徹、エリー・クロフォード、林倫太郎の三名しかいなかった。冬也と翔一の元クラスメートである設楽雄二は、寮で待機を命じられている。遼太郎は新宿抗争の後で、自宅に戻っている。翔一は安全の為、東郷邸で匿われている。
戦闘要員の筆頭である遼太郎が不在、そして炎を操る能力者である設楽雄二は、寮で待機中。事務所にいる三名の内、林倫太郎はPCやハッキングの達人で、事務仕事を兼務するデスクワークを専門としている。エリー・クロフォードは、類まれなる霊能力者ではあるが、戦闘経験は皆無であった。
誰が見ても、明らかに手薄である。それも襲撃しろと言わんばかりに。だが、この状況を作りだしたのは、ペスカによる能力封じと、安西徹の存在に有る。二十年以上に渡り、遼太郎に師事してきた安西は、冬也の兄弟子にあたり、武術の達人である。冬也やアルキエルの様な、化け物じみた力は無くても、人間を相手にして負ける事は無い。その信用から起きた状況なのである。
男が侵入したのに気が付くと安西は直ぐに、遼太郎へ連絡をする様に指示を出した。そして、林が直ぐにスマートフォンを手にする。しかし、林からの答えは、意外なものだった。
「安西殿。やられましたぞ、通信妨害です!」
「何だと! リンリン、翔一にも繋がらねぇか?」
「えぇ。ここ一帯がやられてるようですぞ。設楽殿にも連絡が取れません」
林の報告に苦い顔を浮かべていると、侵入者の男はケタケタと笑い出した。
「ハハハ、そうか。そういう事か。あぁ、有難いねぇ。流石は元上司だねぇ、僕を援護するなんて、百年早いって言うんだよ。ハハ、ハハハ、ハハハハハハ」
「何が面白ろいんだよ。笑ってられる状況か、わかってんのか? お前は能力者なんだろ?」
「そうだよ、それがどうしたんだい? 能力者が能力を封じられたからって、君達を殺せないと思うのかい? 浅はかだねぇ、安西君」
「どうして俺の名前を知ってる!」
「いやぁ、どうしてだろうねぇ。君は有名人だからねぇ。誰でも知ってるんじゃないかい? でも君は、僕の事なんか知らないだろうねぇ。同期だって言うのにさぁ」
安西は男の正体を探ろうと、記憶の断片を呼び覚まそうとする。しかし安西は、それを直ぐに止めた。そんな事に気を取られている場合ではないのだ。ペスカの仕掛けた罠を、易々と乗り越えて侵入し、鷹揚としているのだから。例え能力が使えなくても、何かしらの攻撃手段を持っているのだろう。対応が遅れれば、それだけ対抗手段を失う事になる。
そして安西は、林とエリーに対し激を飛ばした。
「お前達二人は裏口から出て、寮にいる雄二と合流しろ! 雄二を防衛にあたらせて、通信が出来る所まで行け! 先輩に報告を急げ!」
「安西殿。こやつを、お一人で相手なさると仰るので?」
「当たり前だリンリン! この状況で、お前に出来る事は無い! せめてタブレットだけは持っていけ! それがお前の武器なんだからな!」
「わかっております。ご武運を!」
「トール! ムリハ、キンモツ!」
林とエリーは、緊急用の出口から事務所の外へと走り出る。そして、安西は構えた。相手がどの様な行動に出てもいいように。
「流石だねぇ、安西君。判断が早い! 僕をここから出さなければ、彼らの身は安全だと言いたいのかなぁ。それとも、赤腕の鬼が来るまで、時間稼ぎが出来るとでも思っているのかなぁ」
「どっちでもない。ここで、お前を捉えて終わりだ」
「さぁて、それで終われるのかなぁ。僕達が、何の準備をしないまま、襲撃をしたとでも、思ってるのかな? 港区と足立区の事務所は、無事だといいね。ハハ、ハハハ。アハハハハ」
「挑発するなら、無駄だ。他の事務所が襲われたとしたら、今頃は緊急ニュースになってる。どの道、お前達に手出しは出来ない」
「そうかい。なら、仕方ないよ。せっかくの同期会だってのに、仕方ないよ。君を殺して、逃げた奴らも追いかけて殺すよ。まぁ、そんなに時間はかけないから、安心してくれていいよ。僕はゲームの中と違って、強いからさぁ」
能力が封じられる場所に、能力者を留める。安西の判断は間違っていなかった。そして、遼太郎が急いで駆け付けるとして、十分から二十分。その間だけ、足止めが出来れば充分であった。それは可能なはずであった。
安西は、男から視線を逸らしてはいない。しかし、男が一歩を踏み出す所を、視認する事が出来なかった。そして、気が付いた時には、背後を取られていた。
すんでの所で、男の手刀を安西は躱す。しかし、二撃、三撃と男の攻撃は続く。男の攻撃は鋭く、且つ的確に急所を狙ってくる。金的は勿論の事、両目、頚椎、脛、顎、腎臓等と、戦い慣れた様に、男の攻撃は続く。
男の技は我流なのか、喧嘩殺法に近い荒技で無駄が多く、受け流す位はそう難しくない。しかし、スピードは安西よりも、数段上を行く。初手から防戦一方の安西は、狭い事務所の中を飛び周り、机や椅子等の事務用品を盾にしながら攻撃を躱す。
だが、真に恐るべきなのは、スピードだけでは無かった。
机は仮にもスチールで出来ており、強度も有る。それを男は、一撃で大穴を開けた。椅子は蹴りで粉砕した。柔らかめの素材で作られたパーテーション等は、盾にすらならなかった。男はナックルやメリケンサックを、拳に嵌めている訳ではない。仮に拳を武具で強化していても、考えられない破壊力である。
明らかに人間業ではない。
相手が何者かなど、安西に考える余裕が有るだろうか? 往なす事だけで精一杯なのである。事務所内は散乱し、足の踏み場所も限られてきている。その中で足場を探しながら、逃げ回る事がどれだけ困難な事なのか。相手は、凄まじい速度で攻撃を仕掛けてくるのだから。
「あぁ、焦っているね。当然だよねぇ。人間が出せる力を超えているもんねぇ。教えてあげるよ、エリートの安西君。僕の能力は吸血鬼。他人から、生命力みたいな物を吸い取り、自分の力にするのさ。君らが仕掛けた罠は、能力を発動させないものだろう? 確かにこの事務所内では、君の生命力を吸い取る事は出来ないよ。でも僕の強化された体は、別じゃないかな? 君らの敗因は、僕みたいな能力者を知らずにいた事さ。そうだろ? あの新宿で戦っていた化け物にも、通用する罠にしておけば良かったんだよ。違うかい? 安西君さぁ」
だが、この時点で安西の勝機は、残されていた。男が侵入してから、戦いを始めるまでの会話で、数分が経過している。そして、戦い始めてから更に数分が経過している。後少し持ち堪えられれば、遼太郎がやって来るはず。
しかし、相手の行動を観察し、隙を狙う様な男が、安西の考えを読まないはずがない。
のうのうと軽口を叩きながらも、男は攻撃の手を止めない。そして、終わりの瞬間が訪れた。
狭い事務所で暴れ回っていたせいで、男の背後から二メートル程の大きさが有る、両引き書庫が倒れて来たのだ。ただし、不運だったのは男では無かった。
男は書庫を巧みに躱すと、そのまま蹴り飛ばす。床に散乱した机の欠片等を尽く薙ぎ払う様に、書庫は安西に向かって飛んでいく。
一種の巨大な大砲であろう。避けようとした瞬間に、書庫が薙ぎ払った机の欠片が、安西の足を襲う。そこに一瞬の隙が生じた。大砲となった書庫は、安西にぶつかる。そして勢いをそのままに、壁に衝突した。やがて壁と書庫の間から、大量の血が流れだし、小さな川を作った。
「流石に、これで生きていられたら奇跡だよねぇ。仮に息が有ったとしても、直ぐにあの世行きだ。あぁ、安西君さようなら。お元気でぇ」
男は安西の生死を確かめようとせずに、事務所を去る。そして、向かったのは林とエリーが向かった寮。助けは未だ訪れず、危機は深まるばかりであった。
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