第333話 オールクリエイト ~沈黙する都市~

 佐藤に連絡をした後、冬也は直ぐに自宅へ電話をかけた。何コールかの後、電話が繋がる。


「もしもし、東郷です」

「空ちゃんか? 冬也だ」

「冬也さん? お疲れ様です。状況は如何ですか?」

「順調だ。わりぃがペスカに代わってくれないか?」

「はい。ちょっと待っててくださいね」


 弾むような空の声が耳元をくすぐる。そして間髪入れずに、ペスカが電話口に出る。


「なぁに、お兄ちゃん。アルキエルみたいに、何かやらかしたの?」

「はぁ? 何言ってんだペスカ」

「まぁお兄ちゃんだし、滅多な事はしないか。それで何?」

「ペスカ。重度の麻薬依存を治療出来るか?」


 それまでの会話とは異なり、冬也の重いトーンで全てを察したのか、ペスカは少し間をおいて冬也に答えた。


「うん、大丈夫だよ。何なら嫌な記憶ごと、消してあげようか?」

「それは本人に聞いてくれ。これから、能力者をそっちに送っていく。名前は山中美咲さんだ」

「わかった。その山中さんって人の事は任せて。それよりさ、お兄ちゃん」

「何だ? 何かあったのか?」

「予想外の事態だよ。作戦は少し変更するからね。お兄ちゃんは直ぐにアルキエルと合流して」

「はぁ? どういう事だよ!」

「アルキエルがさぁ。たまたま現場で出くわした報道カメラの前で、宣戦布告しちゃったんだよ。詳しくは、ネットのニュースで見るといいよ」

「そっか。ちまちま潰すのに飽きたんだな」

「たぶんね。アルキエルらしいよ」

「わかった。でも、合流は山中さんを送った後だ。何が有ったにせよ、あいつなら心配いらねぇよ。街をぶっ壊す事はねぇし、必要以上にボコる事もねぇだろ」


 アルキエルが何をしたのか、冬也にはある程度の予想がついていた。何故なら、アルキエルとは神気のパイプが繋がっており、薄っすらと感情が伝わって来る。それと恐らくだが、自分も似た様な行動をするだろうと思っている。

 そしてこの件については、冬也は何一つ心配をしていなかった。アルキエルの安否自体を、これっぽっちも考えてもいない。それどころか、酷い結果を生む様な事は絶対にしない、そんな確信が冬也にはあった。


 遼太郎の様に、道中で襲われる可能性も考えられる。冬也は、山中を送り届けた後でアルキエルに合流する事を告げ、ペスカとの通話を切る。

 通話が終わって十分も経たず、現場に警察が到着する。冬也は警察官の一人に訳を話し、パトカーで自分達を送る様に願い出た。恐らく、佐藤が想定してたのだろう。警察官は、わかっているとばかりに、二つ返事で承諾した。


 そして当の山中は、冬也の神気に包まれ安心しているのか、椅子に背を預け目を閉じている。冬也は山中に声をかけ、立ち上がらせると肩を貸し、パトカーまで連れて行った。冬也が居る事で安心しているのか、山中はパトカーに乗り込む事を怖がらなかった。

 警察官達は山中を見て、直ぐに麻薬中毒者だと気が付いただろう。しかし、誰もが山中について言及する事は無く、現場のビルを後にする事が出来た。


 道中では、各所に機動隊らしき車が止まっているのが見える。更にはあらゆる幹線道路で取り締まりが行われ、警察が厳戒体制を敷いている事を、運転手の警察官に教えられた。

 流石の事態に、冬也はスマートフォンを操作し、ネットニュースを閲覧する。ニュースを埋め尽くしていたのは、アルキエルの発言とそれに伴う闇組織の動き、そして市民の反応であった。


「やくざだか何だか知らねぇけどよぉ。既に幾つかの組織を潰してやった。麻薬ってのは、この国じゃ禁止されてんだろ? そんなもんを作らせたんだ、当然だよなぁ。悔しいか、あぁ? このままチマチマ潰してもいいんだけどよぉ、せっかくだから反撃のチャンスをくれてやるぜぇ。そうだな。新宿って場所があんだろ? これから俺はそこに行く。拳銃みてぇなチンケな武器じゃなくて、もっと上等なのを持ってかかって来い!」


 アルキエルがそう吐き捨てると、ラグが起こった様に映像が乱れる。映像の乱れが収まった時には、アルキエルの姿はなかった。映像はそれだけである、しかしその後の反応が凄まじかった。

 それ単体で見れば、意味の分からない映像であろう。しかし、複数の暴力団事務所が襲われている事は、既に報道されていた。そして極めつけは、指定暴力団総本部の壊滅だろう。

 それら報道を受けて、全国の関連組織が事実確認を行う。結果、全国の指定暴力団や傘下の組織が、東京に向かい動きだしたのである。


 そして、報復戦争の様相を呈する状況を、マスコミが煽り立てる。最初はほとんどの者が、他人事の様に捉えていた。

 しかし、テレビで息巻いていた外国人が、銃弾を掻い潜りながら拳銃を持つ複数の構成員を伸していく。しかもその映像がライブ中継だと知れば、これは現実なのだと理解が出来ただろう。

 更にはパトカーのサイレンが忙しなく鳴り響き、外出を控える警告が告げられれば、もう他人事だと思う者はいまい。


 既に日が暮れ、人通りが活発になる時間帯が訪れている。

 しかし検問の為、新宿に近づく車が極端に減っている。電車は一時的な運休に陥っている。サラリーマンは帰宅が出来ずオフィスに隔離され、煌々とオフィスの灯りだけが街を照らす。繁華街からは店の灯りが消え、電光掲示板だけが虚しく点滅し続ける。

 

 この夜、新宿の街からは人が消えた。

 戦いの狂気を内包する、異様な静けさが訪れていた。

 

 新宿都庁とその界隈には、機動隊が警備網を敷いている。そんな状況で堂々と活動をしているのは、暴力団や、繁華街を中心に潜んでいる海外マフィア、またはその関係者であろう。

 また警察が検問を設置するより先に、都内に存在する闇組織の構成員達が新宿に向かっている様子も、報道されていた。検問を突破し、新宿へ向かう集団が存在する事も報道されている。

 

 実際に報道されたコメントと戦う光景を見れば、アルキエルは拳銃が通用しない化け物じみた強さである事を理解出来るだろう。それでも何故か、戦いに引き寄せられる様に集まって来る。それは戦いの神としてのアルキエルが、存在意義を発揮しているのであろうか。いずれにせよ、アルキエルを中心に新宿は戦場に変わりつつあった。


 警察や機動隊は、基本的には市民を守る為に立ち回り、抗争には関与しない姿勢を見せている。そんな姿を揶揄する声も上がっている。

 当然いきなり現れて闇組織を挑発し、抗争を始めたアルキエルに対しても、問題視する意見がネット上に拡散していた。


 巻き込まれたに過ぎず、迷惑以外の何物でもない。何も知らない一般市民からすれば、そんな意見が上がるのは当然だろう。これにより、社会経済へかなりの影響を与えるだろう。

 しかし、闇組織が行う歪な経済活動を容認するより、よっぽどましではないだろうか。

 

「ったく、楽しそうにしやがって」 


 報道ヘリコプターからの映像であろう、TVの中継画面を見て、冬也は呆れた様に呟いた。

 アルキエルの行動を咎めるつもりは一切ない。遅かれ早かれ、こんな事態になる事は冬也にでも予想が出来た。東京中の闇組織を潰すのであれば、全国にある関連組織から反撃を受けて然るべきなのだから。


 それよりも、一般市民に被害が出ない様に立ち回る、警察側の対応を褒めてもいいのではないか。全てを佐藤が手配したのでは無いだろう、他にも頭が切れる者は存在するはずである。市民の安全を第一に考えた、警察の総意は見て取れる。

 はた迷惑な抗争を行う外国人、そんな報道が行われる一方で、麻薬取引の増加に関するニュースも一部では取り上げられ、ネット上ではアルキエルの行動を後押しする意見も、ちらほらと見え始めている。


「どうでもいいが、煽るのだけは止めて欲しいな。首を突っ込んでくる奴が出て来ねぇとも限らねぇんだしよ」

 

 冬也に気がかりが有るとすれば、正義を掲げる同調者が現れ、状況をかき回す事である。

 マスメディアを利用し伝えるのは、正確な事実だけでいい。エセ知識人の恣意的な意見は、介在するべきではない。報道に公平性が無くなった時、それは思想の誘導、所謂プロパガンダになり得る。

 煽るだけ煽って一般市民の恐怖を高め、その結果がどうなるのか、全く理解していないのだろうか。


 また、ネット上だけで呟かれる言葉単体には、大した重みは無い。それは説得力の差であろう。しかしネット上での無責任な言葉の応酬は、非常に速い拡散力を持つ。無論、中には誠実性を持って、危険を訴える者もいるだろう。しかし無責任な拡散の多くは、愉快犯と何ら変わりはない。


 様々なマスメディアを介して、一方的な情報を面白半分に拡散していく、言論の自由を履き違えた醜悪な怪物達。マスコミュニケーションを始め、情報を二次伝達する側も、第三者に与える影響を考慮した、然るべき配慮が必要だろう。

 

 冬也はそんな漠然とした不安を抱きながら、暫くネットのニュースを眺めていた。そして、自宅へと到着する。山中を優しく支えてパトカーから降ろすと、そのまま肩を貸して玄関まで歩く。

 玄関に到着すると、中から様子を見ていたのか、戸が開きペスカが姿を現した。


「お帰り、お兄ちゃん」

「ただいま」

「その人が山中さんね」

「あぁ、治療を頼む。それと、もしこの人が現場に行きたいって言ったら、協力してやってくれ」

「わかったよ、お兄ちゃん」


 山中をそっとペスカに預けると、冬也は振り向いてパトカーへ戻る。勿論、行先は戦場と化す新宿へ。抗争は今まさにピークを迎えようとしていた。 

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