第334話 オールクリエイト ~力の覚醒~

 冬也から山中を受け取り、優しく支える様に家へ迎えれる。ペスカは肩を貸し、そのまま山中をリビングに連れて行くと、ソファに寝かせた。

 山中の髪はぼさぼさで、骨が浮き出る程にやつれ、顔の肉は削げ落ちて目がギョロっと浮き出ている。そして少し前に体中を搔き乱した傷が、痛々しく残る。この状態で、生きている事が不思議に思える。

 恐らく山中は、もう限界だったのかもしれない。支えがあったとは言え、自らの足で歩む事が奇跡かと思える。

 直ぐに自宅で待機していた面々が集まって来る。そして一同が山中の姿を見て、絶句していた。


「こ、こんなの、こんなの酷すぎるよ」

「あぁ、全くだ。同じ人間のする事とは思えない」

「空ちゃん、翔一。これが現実だ。これが俺達の踏み込んだ世界なんだ。ちゃんと受け止めろ」


 空と翔一は、かつてロイスマリアで遭遇したゾンビを思い出していた。屍を操る事が死者への冒涜ならば、目の前の現実は何だというのだ。正に人間の尊厳を奪う行為ではないのか。

 そんな憤りを理解した上で、遼太郎は空と翔一に苦言を呈した。

 

 悔しいのなら、これ以上の犠牲者を出してはいけない。


 遼太郎の言葉を理解したからこそだろう、空と翔一は漏れかけた言葉をぐっと呑み込んだ。その光景を見つめていた、クラウスも静かに事の重大さを受け止めようとしていた。


「流石というか何というか。やっぱりお兄ちゃんは凄いね。一発で正解を引き当てるんだからさ」


 ペスカの言葉が、静まり返ったリビングに響く。

 ペスカの声色は、力強い意志が籠る。その言葉がペスカ特有の軽口では無い事は、皆が理解していた。

 兄は能力者を助け出したのだ、しかも発狂しない様に神気で包んでいた。それは彼女にとって、どれだけの癒しになっていたか想像に難くない。

 次は自分の番だ。必ずこの女性は、自分が治療して見せる。ペスカは強い決意の下、呪文を唱えた。


「我が名において命ずる。この地に眠る全てのマナよ、我に力を貸せ。この哀れな娘を害する、あらゆる毒を消し去れ。傷ついた体を癒し、失った力を与えよ。我は神の一柱ペスカ! 我が力を持って、この娘に救済を与えよ!」


 呪文を唱え始めると、ペスカに周囲のマナが集まって来る。そしてペスカは、山名にマナを注ぎ込んでいった。

 傷が塞がっていく、そして体は女性らしい柔らかな体躯を取り戻していく。


「凄い!」


 空が感嘆の言葉を上げるのも無理はない。それは正に、神の御業なのだから。しかし、ペスカは首を横に振る。


「違うよ空ちゃん。神気を使えば、ちゃんと癒して上げれたんだけどね。これは単なる魔法、言わば見せかけだよ。今は一時的に私の従属下に置いて、体を維持しているだけ。本来なら、ちゃんと食べて運動して、時間をかけて筋肉をつけなきゃ、この人は動く事なんて出来ないよ。ギリギリだったんだ、この人は」


 ペスカは、山中が限界を超えて酷使されていた事を、一目で見抜いた。それは冬也もだろう。冬也の神気が無ければ、道中で息を引き取っていたかもしれない。更に言えば、冬也の到着がもう少し遅ければ、彼女は既に屍だったかもしれない。


 奇跡と言えば、簡単に聞こえる。これは山中が、本能的に生きようともがいた証である。暴虐の限りを尽くされようと、人間の尊厳を奪われようと、ただの機械に成り果てようと、山中の本能は生きる事を諦めなかった。それが、奇跡に繋がったのだろう。


 著しく欠損した肉体と急激に復元された肉体が、ペスカから送られたマナを媒介にして、ゆっくりと馴染んでいく。数十分は経過したであろうか、ソファに身を預けていた山中が静かに目を開いた。


 口をだらしなく開け、言葉を発する事なく、山中は周囲を静かに眺めていた。現状を理解出来ないのだろう。当然だ、脳は思考を止めていたのだから。

 ただ、山中の瞳からは涙が零れ始める。自分を囲む者達は、以前と違い優しい目をしている。そして薄っすらと蘇る、温かな感覚と強い闘争心、それを与えてくれた若者の名。


「東郷冬也って人、彼が私を助けてくれた。あなた達は、彼の仲間?」

 

 山中は、驚く程にスムーズに話せる事に驚いていた。そして、自らの体を眺めると、更に目を見開き、暫く言葉を失っていた。


「山中さん、いや美咲さんで良いかな? 驚くかもしれないけど、あなたの体は一時的な処置をしただけ。本当の意味では回復してないわ」

「あなたは?」

「私はペスカ、魔法使いだよ。そして、あなたをここに連れて来た、東郷冬也の妹だよ」


 それからペスカは、空と翔一を始め、リビングに集まった一同を紹介した。それと、新宿で何が起きているのか、その原因も。

 空と翔一は、自分達が能力者である事を明かした。その能力もつまびらかにし、かつて自分達が異世界に行った事も伝えた。遼太郎は、自分が特霊局という秘密組織の一員である事を隠さなかった。クラウスも同様に、自分が異世界の住民であり、人間ではない事を証明してみせた。


 美咲はペスカ達の言葉を、一つ一つ噛みしめる様に理解しようと努めた。全ては、他人に軽々しく言う事ではない秘密であろう。しかし皆がそれを話して聞かせた事が、美咲の信頼を勝ち得たのかもしれない。

 そして、全てが美咲の中で収束していく。自分は、彼と目の前にいる、優しい人達に助けられたのだ。それを実感した時、美咲の瞳からは滂沱の涙が溢れた。


「あなた達が助けてくれたのね。ありがとう」

「私は単に治療しただけ。美咲さんを助けたのはお兄ちゃんだよ」

「いえ、やっぱりありがとう。これで私は、彼との約束を果たせる」

「あのさ、美咲さん。辛い記憶は、忘れさせてあげてもいいんだよ」


 首を縦に振るとは思えなかった。しかしペスカは、念の為に美咲に尋ねた。

 美咲はその瞳に強い意志を宿し、首を横に振った。この時、美咲の頭の中には、穏やかさの中にも強さが有る冬也の言葉が響いていた。


 悔しければ抗え。


 目の前の少女に身を任せ、記憶を封じれば確かに楽にはなるだろう。しかし、今ここで立ち上がらなければ、自分は一生ここから前には進めない。

 このままずっと、自分の殻に閉じこもって、誰にも心を許さずに生きていく。それで良いはずが無い。私は変わりたい。

 自分と同じ様に異能力に怯え、隠れる様に暮らす者は少なくないだろう。私を裏切った奴らの思惑はわからない。だが私と同じ様な犠牲者を、これ以上出してはいけない。

 

 空のオールクリエイトと翔一の探知を知り、新宿の戦いを知り、黒幕の存在を知った。それは美咲の中に有る答えを、導き出そうとしていた。自分の成すべき事、進むべき道を照らそうとしていた。

 モヤモヤした形のない漠然としたイメージは、ペスカの言葉ではっきりと形を作る。


「ここに能力者が三人も集まってるから、はっきり言うね。みんなの持つ能力は、異世界の邪神から与えられたものなんだ。劣等感やトラウマみたいなマイナスの感情と結び付いて、肥大化していき能力という形になったんだ。邪神というのは、悪意が集まり具現化した存在。全ての悪意を集めて、世界を浄化し消えていくんだ。あくまでも、ロイスマリアのシステムだから、地球で同じ事は起こらないと思う。だけど、能力に溺れちゃ駄目だよ! みんなが持つ能力は、使い方を誤れば必ず身を滅ぼすからね」


 俄かには信じられない話である。しかし、同じ能力者である空と翔一は、身に染みてわかっている様な表情をしていた。そして美咲にもペスカの話が、突拍子もないとは思えなかった。


 自分と同じ境遇に有る者達は、導火線の付いたダイナマイトと同じだろう。いつ火がつき、爆発するかわからない。そんな同胞を救う為にはどうしたらいい。

 暗躍している黒幕連中は、制御が出来る爆弾を持っているのと同じだろう。奴らが持つ爆弾は、決して爆発させてはならない。そんな奴らを止めるにはどうしたらいい。

 簡単だ。能力に鎖をかけ、使用できない様にすればいい。オートキャンセルは見せて貰った。イメージはもう出来る。


 多分、正義も悪もないんだろう。皆が等しく、犠牲者なのだろう。

 愚かだった自分に別れを告げよう。自分を裏切った奴らの罪を許そう。そして、未だ隠れる者達が、再び陽の光を浴びられる様にしよう。

 自分の命を救ってくれた冬也という青年、ペスカという少女に報いる為。私のやれる事は、これしかない。

 そして美咲は集中すると、一つの道具を具現化した。


「手錠? でも、何で片方だけ?」

「工藤さん。これは、能力を封じる道具です。もしよければ、試して下さいませんか?」

「え、ええ。わかりました」


 美咲が具現化したのは、鎖のついた手錠の片方。翔一は、手錠を受け取ると自分の腕に嵌めた。カチリを音を立てた瞬間、手錠は視界から消え去る。

 試しに翔一は、探知の能力を発動させようとした。しかし、何かに阻まれる様に、能力は発動しなかった。


「凄い!」

「この手錠は、かけられた本人が死ぬか、私が死なないと壊れる事は有りません。強引に解除する事は、恐らく不可能です」


 美咲は空に視線を送る。視線の意味を理解した空は、翔一の手錠が嵌っている腕付近を触る。確かに手錠が存在する事はわかるが、手錠を破壊する事は出来なかった。


「なっ!」

「空さんのオートキャンセル。正確には原理でしょうけど。それを流用させてもらいました。だから、空さんのオートキャンセルでも壊せませんよ。一度嵌めてしまえば、私でも解錠は無理です。解錠するには、鍵が必要になります」

「流石だね、美咲さん。他人には手錠を嵌めてる所が見えないから、第三者の視線を気にしなくて済む。それに、空ちゃんと美咲さんが解錠出来ないなら、二人は狙われなくて済むね」


 美咲は翔一に嵌っている手錠を外すと、ペスカに向かって頷いた。そして再び集中すると、もう一つ道具を具現化した。


「拳銃には詳しくないので、おもちゃみたいでしょう? 本物の弾丸は撃てないけど、暴れている人達を大人しくさせる鎮静剤が飛んでいきます。これが私の武器です。お願いします、私を新宿に連れて行って下さい。私は彼の力になってみせます」

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