第325話 オールクリエイト ~作戦開始~

 遼太郎と佐藤は、揃って玄関を出る。そして視線が重なり合う。それは、互いの健闘を祈るかの様でもあった。


 佐藤はこの時、酷くプレッシャーを感じていた。これから真っ二つに意見が分かれ、進捗をみせない作戦本部に向かうのだから。

 ただその半面で、今の佐藤には一つの決意があった。たった数名で、不可能を可能にしようとしている。それもただの民間人が。正義を守る立場にある者として、座して待つ訳にはいくまい。


 内部闘争を治め、麻薬取締部や公安調査庁と連携し、いち早く事態を収拾する。


 一番危険な役目を民間人に押し付けるのだから、せめてそれ位が出来ずに、正義の味方は語れまい。手帳とバッジを返した方がましだ。

 今の佐藤を突き動かすのは、かつて遼太郎からかけられた言葉であった。それは佐藤の信条にもなっている言葉である。


 上のもんが体を張らなきゃ、下のもんはついて来ねぇ。行動で示さなきゃ、理解も信用も得られねぇ。上っ面だけの言葉で論じてる奴は、何も見えてねぇし役にも立たねぇ。自分の目で見極めなきゃ、真実なんて見えちゃ来ねぇし、何も語る資格はねぇ。だから動け、口先だけ上手くなるな。

 

 遼太郎の言葉を旨に、佐藤は行動してきた。どれだけ揶揄されても、警視という立場にありながら、限られた時間を削り現場へ赴く。ただデスクで指示を飛ばすだけの存在ではなかったからこそ、叩き上げの者達から絶大な信頼を得てきた。


「任せておけ。日本の警察は、ただの民間人を無謀に巻き込む程、落ちぶれちゃいない。君らが最前線に立つなら、僕らは君らを守る盾になる。絶対に君らを守る!」


 佐藤が車を走らせる一方で、遼太郎は神社へ向かって走っていた。自宅からそう遠くない神社へは、遼太郎の足ならばあっという間に辿り着く。遼太郎はそのまま本殿へと向かい、土地神を呼び出す。

 既知の仲とはいえ、神を顕現させるには、それなりの礼を尽くさなければならない。しかし今回の遼太郎は、無礼を承知で儀式を省いた。

 

「手ぶらで伺った事、誠に申し訳ありません」

「その堅苦しい言い回し、其方らしくないのぅ」

「流石に今回ばかりは、願い事が大きすぎます故」

「昨日、其方の娘らが参った話の続きか?」

「えぇ。我が娘が失礼を致しました」

「元々、其方らは我が対等に話せる存在ではない。視線を合わせる事すら叶わぬ。我に対しては命じれば良い」

「勿体ないお言葉、感謝いたします」

「かような物言い止めんか! くすぐったくて敵わん!」

「じゃあお言葉に甘えて」


遼太郎は一呼吸つくと、本題を語り始める。それはペスカが既に土地神に打診している事であり、土地神も遼太郎が何を言うのか見当はついていた。


「東京結界を強化して、能力者を東京に閉じ込める。土地神様には、大神への取次をお願いしたい」

「わかった。其方の頼みなら無下には出来まい。数日中には、何とかしよう」

「数日中ではおせぇんだよ!」

「はぁ仕方ない。期待はするな、我の力には限界がある」


 遼太郎が礼をし、去ろうとした時の事だった。土地神が遼太郎を呼び止める。

 

「一つ良い事を教えてやろう。この数年で現れた妙な力を持つ人間は、異界の邪悪が原因だ。邪悪は東京の地を中心に力を集めた為、その影響は未だに残る。現状で能力者とやらは、邪悪に縛られ東京を出る事は叶わん。ただし、時と共に邪悪の影響は薄れている。それに高尾の喪失じゃ。其方の娘が東京結界を強化するのは、最善の方法かもしれん」


 再び礼をして、遼太郎は神社を去る。そして、護符を作る為の材料を買う為に、車を走らせた。


 ☆ ☆ ☆


 一方、自宅にいる面々は、護符の準備に勤しんでいた。期限は明朝、今は昼をとうに過ぎている。とにかく時間が惜しい。クラウスを中心に空と翔一がサポートをし、一先ずの準備が整う。

 そしてペスカにより、護符に刻まれる術式と効果の詳しい説明が始まった。


 先ずは空のオートキャンセルと翔一の探知を護符に封じる為の術式を、クラウスが書き込んでいく。その後、空と翔一がそれぞれ護符に能力をかける事で、護符に空の能力が刻まれる。その後ペスカが、発動条件等の術式を加え調整し完成に至る。


 これは、単にオートキャンセルを発動させ、黒幕連中を妨害するだけが目的ではない。あくまでも罠として使用する為に、ペスカによる高度な仕掛けが施される。


 護符は張った瞬間に、建物と同化し視認する事が不可能になる。黒幕側が不用意に能力を使えば、発動する事は無く混乱するだろう。

 これまでの経緯を見れば、黒幕側が相当に慎重な連中だと推測が出来る。慎重な相手だからこそ、この罠は効果を発揮する。

 目に見えず、何をされているかもわからない。そんな攻撃を仕掛けられていると、思わせる事が出来れば、連中は相当に警戒するだろう。

 理解の出来ない攻撃は、相手に恐怖を植え付ける事になる。そして連中は、関連付けるだろう。前にペスカが行った警告と。


 そしてもう一つ。通信回線に潜ませる罠にかんしては、他の護符とは少し違う効果を持たせる。不用意に通信回線を介して能力を使えば、即座に反応し護符から精神干渉の呪いが発動する様に設定する


 また、護符が反応した時が翔一の出番となる。翔一の探知は少し特殊な能力である。相手の能力等のデータを知る事は、ただの副産物に過ぎない。能力者の位置を把握する事が本来の能力であり、そこから派生したのがマーキングによる追跡である。

 このマーキングを外す事が出来るのは、空のオートキャンセルだけだろう。仮に対象者が、翔一の探知範囲外に逃れても、再び探知範囲に戻れば追跡が可能になる。


「相変わらずえげつないよね、ペスカちゃんって」

「空ちゃん。これでも、手加減はしてるんだよ。むかし私のパソコンを覗こうとしたお馬鹿さんに、お仕置きした時よりは、だいぶましだよ」

「それって多分、リンさんの件だよね。恐怖体験を聞いたことが有るけど、相手はペスカちゃんだったか。大事なデータが全部ぶっ飛んだって言ってたよ」

「そっか翔一君は、特霊局に入ったんだっけ。まぁ当然の報いだよ、乙女の秘密を覗こうとしたんだから!」

「それはさておき。少し気になる事があるんだよね」


 それまで茶化す様な口振りであった翔一が、少し強張った面持ちに変わる。しかし、ペスカは大して気にする様子もなく、翔一に問いかけた。


「気になる事って何よ?」

「警察内部に、黒幕の一味が居るんじゃないかって事だよ。それって、情報が筒抜けになってるからでしょ?」

「何か心当たりでもあるの?」

「心当たりって程じゃないよ。この間のトラブルで感じたんだけど、黒幕一味は僕の探知範囲外にいたんだよ。それって、遠くから覗き見出来る能力者が居るって事じゃないかな?」

「可能性はあるね」

「そうすると、いくら護符が視認されなくても、罠を仕掛けてる所が見られる可能性があるよね。大丈夫なのかな?」

「そんな事ないよ。何か仕掛けてるって思わせるだけで、充分時間稼ぎにはなるもん。重要なのは警戒させる事! こんな護符だけで、奴らを一網打尽に出来るなんて考えちゃいないよ。運が良ければ、奴らの尻尾をつかむ位は、出来るかも知れないけどね」 

「まぁこれは、呪詛返しみたいなものですからな。罠が有るとわかっいて、無策で突っ込んでくるなら、恐れるに足りますまい」

「クラウスの言う通りだよ。さぁみんな、時間が無いから早く取り掛かろう! その内パパリンも帰って来るだろうし」


 ペスカの掛け声で、作業が始まる。魔法を文字で綴る作業の為、集中を要する。誰一人として言葉を発する事なく、淡々と作業を進めていく。暫くすると遼太郎が戻り、頼んでいた材料が揃う。

 遼太郎は、クラウスの様子を見て術式を覚えたのか、手伝いを始める。そして、じっとクラウスと遼太郎の様子を見ていたアルキエルが、呆れた様な表情で呟くと、手伝いを買って出た。


「下手かてめぇらは。ちょっと俺にやらせてみろ」


 魔法の術式に疎いアルキエルであるが、理解力は非常に高い。そしてアルキエルの手伝いもあり、護符作りは翌朝までかかるも、予定の倍である千枚を作り上げた。

 作り上げた護符は遼太郎が預かり、翔一と空、クラウスを連れて特霊局の本部へと向かう。特霊局の面々に作戦内容を説明し、手分けをして護符を張る為に出発する。そして通信回線用の護符は、リンリンこと林倫太郎が担当し、予備に作った護符の管理も行う事になった。

 ペスカが指定した護符を張る場所は、数十か所を優に超える為、夜を通して作業が行わた。張り終わったのは、更に翌日の昼頃であった。


 一方、ペスカ、冬也、アルキエルの三柱は、東京結界の強化に向かった。周るのは、靖国を中心とした五つの神社。三柱はそれぞれの地で祝詞を唱え、社にゆっくりと神気を注いでいった。


「我が神名は東郷ペスカ。異界の御神に願い奉る。人ならざる力を持った者をこの地に留める為、その御力をお貸し下さい」

「我が神名は東郷冬也。我が神名をもって願う、異端者をこの地に留めん事を」

「我は東郷冬也の眷属アルキエル。主の命を全うする事が、我が使命。我が力の根源を持って願う。我が主の願いを叶えん事を」


 途中で、警察側の対応が整う連絡が、遼太郎の下に入る。そして対黒幕側への反攻作戦準備が整った。

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