第324話 オールクリエイト ~ペスカの作戦~

 ニヤリと笑ったペスカに、佐藤は薄ら寒い怖さを感じた。

 インビジブルサイトの能力を再現すると、自分の懐から財布を抜かれた件がある。あの時は財布であったから、だが違うものが自分から盗られていたら、そう考えると未だに恐怖を感じる。

 能力の暴走で発生した亀裂も、ペスカが指揮をして食い止めたと聞いている。もしやこの娘は、一番敵に回してはいけないのではないか。佐藤の直感はそう告げていた。

 だからこそ、問わなければならない、確認しなければならない。この娘が、日本に危害を齎す存在ではない事を。


「現状では、黒幕連中の思うままに動いてるけど、それを何とか出来るのかな?」

「う~ん、まぁそうだね。協力してくれればの話だけど。その前にさ、翔一君。二階にいるみんなを連れてきてよ。私はお兄ちゃんを呼んでくるから。空ちゃんは私の部屋に居るからね。アルキエルとクラウスはお兄ちゃんの部屋」


 ペスカと翔一がリビングを出ると、佐藤が遼太郎に話しかける。その場を作り出したのは、ペスカの意図だと知らずに。


「大丈夫なんですか?」

「あぁ? ペスカの事か? 当たり前だろ、あいつはこの状況を治める為に、わざわざ来てくれたんだ。誰よりも信用できる味方だ!」

「東郷さん。それの発言は、自分の娘だからですか?」

「それだけじゃねぇ。佐藤、もしお前がペスカを信用しきれないなら、せめて俺を信じろ!」

「はぁ、仕方ない人ですね。東郷さんみたいな人を、信用しなくちゃいけない時が来るとはね」

「なんだ、そりゃあ! 喧嘩売ってんのか?」

「いやいや。今の東京では、東郷さんみたいな存在が貴重なんだって思ったんですよ。心霊や神なんて、オカルトじみたものを扱ってきた東郷さんがね」


 遼太郎と話をする事で、佐藤は緊張がほぐれていくのを感じていた。一般的にキャリア組と呼ばれるエリートである佐藤は、右も左もわからない新人時代に遼太郎と出会い、仕事やそれ以外にも色々な事を教えられた。

 生意気な言葉を発しつつも、内心では遼太郎の事を尊敬してやまない。その遼太郎が、自分の事を信じろと言うなら、信じるしかあるまい。遼太郎は、絶対間違えないと確信を持って言えるから。


 遼太郎と佐藤が話しをしている間、空を始めに次々とリビングへ、住人達が集まって来る。それぞれが少し不満気な表情をしているのは、勉強や議論の邪魔をされたからであろう。

 最後にペスカに連れられた冬也がリビングへ顔を出し、全員が顔を揃えた。


 一同がソファへ腰を下ろすと、ペスカが現在進行している事件の概要を説明する。ただ、佐藤は一同の様子に少し違和感を感じた。

 切羽詰まった状況を理解していないのか、冬也とアルキエルは顔色一つ変えずにペスカの説明を聞いている。空とクラウスは、ペスカと冬也に全幅の信頼でも置いているのか、酷く落ち着いている様に見える。翔一に至っては、先程とは大きく違い、安堵の表情さえ浮かべている様に見える。


 何故、そんなに落ち着いていられるのか、佐藤には理解が出来なかった。他人事の様に感じているのか、だとしたら腹立たしい。だが、その考えは一瞬で払拭させられた。


「ねぇお兄ちゃん、どう思う?」

「警告しても聞かねぇなら、宣戦布告と同じだろ。売られた喧嘩は買ってやるぜ」

「冬也ぁ。やっと、らしくなってきやがったじゃねぇか。ペスカぁ、俺達は何をすりゃいいんだ?」

「ちょっと待て冬也、アルキエル!」

「ミスラぁ。お前には、お前の立場ってもんがあるんだろ? 今回は俺達に任せておけ!」

「そうだよパパリン。時にはお兄ちゃんやアルキエルみたいな、脳筋軍団が必要なんだよ。特に今回みたいな場合はね」


 静かに闘志を見せる冬也とアルキエル。それを見て、誰が無関心だと思えるだろうか。自分よりもよっぽど戦う意思を持っている、佐藤は考えを改めざるを得なかった。

 この後すぐに、佐藤では考えもつかない作戦が、ペスカの口から告げられる。


「主な作戦は三つだよ。一つ目は東京結界の強化。これは、能力者を東京から出さない為の措置だね。二つ目は、麻薬を捌く暗部組織を徹底的に潰す。これはお兄ちゃんとアルキエルに任せるね。三つ目は、主要な箇所に罠を張る」

「いや、ちょっと待てペスカ。一つ目はまぁわかるが、二つ目は問題だ。それに三つ目の意味がわからねぇ」

「全くもう、パパリンってば。たまには頭を使わないと、退化するよお兄ちゃんみたいに」

「茶化してんじゃねぇペスカ!」

「なら聞くけど、黒幕連中の能力で判明しているのは何? 憶測でも良いけど」

「洗脳、コピーとインストールは間違いねぇ。通信や情報の制御出来る能力も間違いねぇだろ。後は能力を増幅する能力か?」

「じゃあ、その中で一番厄介なのは何?」

「そりゃ洗脳と通信の制御だろうな。メディアを使ってプロパガンダみたいな事をやられたら、たまったもんじゃんねぇよ」

「だからさ、そんな能力に制限をかけるんだよ。私達は、後手に回ってるんだから。少なくとも体制を整える時間が必要でしょ?」

「その為の三つ目ってか? でもどうするんだ?」

「護符を作るんだよ、私特製のね。能力を使用したら、空ちゃんのオートキャンセルが発動するの」

「それで連中の動きを封じるって事か。なら、二つ目はどういう事だ。麻薬を扱う組織なんて山ほどあるんだぞ!」

「なら聞くけど、そいつらが黒幕連中の傘下じゃないって言える? 幾らなんでも、拳銃を持った有象無象が街を闊歩し出したら、東京の治安は崩壊するよ。その前に潰しちゃおうって訳」

「にしても、片っ端からなんて無茶だろ」

「片っ端から潰すのは、後々に敵に回らない為。組織の中には間違いなく、麻薬を作り出している能力者がいる。そいつを確保するが本当の理由だよ」


 佐藤はポカンと口を開けたまま、閉じられずにいた。まだ具体的な手段の説明を受けていないが、概ねは理解出来た。ただこの作戦を遂行するのに、どれだけの人員を割かなければならない。それに時間は足りるのか? そんな疑問がぐるぐると佐藤の頭を巡っていた。


 敵側の能力を阻害する事で、こちらに時間的な猶予を作り出す。確かに敵側の能力で、厄介なのは洗脳と通信を使った情報操作である。それが可能ならば、大きなアドバンテージを得る事に繋がる。

 それと麻薬対策についてだ。麻薬は、指定暴力団の大きな資金源となる。それ以外にも海外マフィア等が暗躍している。ましてや表面上に現れるのは、ただの末端なのが現状だ。それらを全て沈黙させられるなら、かなり大きな成果だろう。

 だがそれを遂行するには、何人必要なのだ。現実には不可能だ。


「佐藤さんだっけ? 難しい顔してどうしたんだよ。あんたは、俺らのケツを持ってくれりゃあ良いんだよ」

「お兄ちゃんの言う通りだよ、佐藤さん。警察にお願いしたいのは、お兄ちゃん達が制圧した後だよ。直に乗り込んで麻薬を押収、現行犯逮捕って流れを作ってよ。後は、お兄ちゃんとアルキエルの事が世に出ない様に揉み消す。そうしないと、次に動き辛くなるからね」


 険しい表情をする佐藤に、あっけらかんと冬也とペスカは話す。まるで、些細な事だとでも言うかの様に。暫くの間、佐藤は言葉を失っていた。

 

「さてと、具体的な方法だけど。先ずは空ちゃんと私、後クラウスで護符を作るよ。五百枚位は作ろうかな、期限は明日の朝まで」

「明日? 本気なのペスカちゃん」

「大丈夫。私がついてるから。それでパパリンは取り急ぎ、神社に行って話を通しておいてね」

「東京結界の強化か?」

「そう。土地神様がうだうだ言っても、私の決定だって押し通してね。帰りに紙と墨を大量に買ってきて」

「あぁわかった」

「佐藤さんは、麻薬の取引状況を調べて教えてね。それと、突入の段取りを組んでおいてね」

「わかったけど、本気なのかい?」

「大丈夫だって。お兄ちゃん達は、突入まで待機。それで護符なんだけど、パパリンの部下ってどの位いるの?」

「翔一を含めて五人だな」

「じゃあ手分けして、私が指定した建物全部に張ってね」


 そう言うとペスカはペンを取り、考え得る施設を走り書きしていく。

 国会議事堂や各省庁等、立法、行政、司法の各拠点。それとTV局やラジオ局等の放送局や、各新聞社と動画配信サービスの基地局等、多くの施設をペスカは羅列した。


 洗脳能力が一番恐ろしいと感じるのは、プロパガンダによる市民の煽動である。恐ろしいのは、煽動された数ではない。明確に敵と認識出来ない者の中に、敵が紛れる事が厄介なのだ。先ずペスカは重要拠点として、行政関連や放送局を選んだ。

 通信関連に関しても余念はない。同様の方法で、通信回線自体に罠を潜ませておく。敵が回線を利用しても、オートキャンセルにより能力の発動は失敗に終わる。


「一応ね、通信回線の方は、あらゆる回線に侵入して感知する仕様にするから、スマホ、固定電話、無線機、PC、有線無線問わずに、どこからアクセスしても失敗すると思うよ。お馬鹿さん達の悔しがる顔が目に浮かぶね」


 ペスカは再びニヤリと笑い、作戦開始を告げる。遼太郎と佐藤はリビングを飛び出し、空とクラウスは護符を作る準備を始めた。

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