第286話 ロイスマリア武闘会 ~アンドロケイン大陸の出場者達~

 モーリスの願いを叶える為に神レグリュードは、女神ミュールに掛け合った。そして冬也の出場について、再び審議が開かれる。結果的には当初の予定通り、冬也の本選出場は認められなかった。ただし、優勝の副賞として、冬也との勝負が認められた。

 元より最強と目されている冬也を出場させては、面白みにかける。だが、優勝者と冬也が戦うなら話は別だろう。言い換えれば、地上最強への挑戦権が与えられる事になる。

 既に出場が決まっているドラグスメリアとラフィスフィア大陸の出場者達は、闘志を燃やし修行に励む。

 そして、未だに出場者が一人しか決まっていないアンドロケイン大陸、その出場者であり議員でもあるエレナは、肩を落としていた。

 

 会議を終え、議事堂近くの喫茶店で休憩をするエレナと女神ラアルフィーネ。テーブルに突っ伏してブツブツと愚痴を吐くエレナと、慰める女神ラアルフィーネ。愛を司る女神ラアルフィーネは、元々情が深い。しかしそこに見える光景は、既に神と亜人というより、母と娘に近い親密さを感じさせた。


「はぁ~。やる気が一気に無くなったニャ」

「エレナちゃん。そんなに、冬也君が出るのは嫌?」

「嫌に決まってるニャ。あいつ怖いニャ」

「でも、モーリス君がどうしても戦いたいって言ってたのよ」

「あの筋肉じじいは、どうかしてるニャ。脳味噌も筋肉ニャ。冬也と同類ニャ」

「エレナちゃんは、大会に出たくない?」

「そんな事は無いニャ。優勝するのは私ニャ。でも、あんな副賞はモーリスに譲ってやるニャ」 

「でも、そんな状況で譲られても、モーリス君は素直に受け取らないわよ」

「それがあいつの駄目な所ニャ。頑固じじいニャ」

「嫌なら強制はしないわ。でも、出るからには全力で頑張りなさい」


 エレナはふと顔を上げ、女神ラアルフィーネの顔を見つめる。やや真剣な表情になったのは、女神ラアルフィーネがかけた発破のせいか、それとも。


「わかってるニャ。それよりラアルフィーネ様、他の出場者の目星は着いたのかニャ?」

「えぇ」

「無理しちゃ駄目ニャ。今のアンドロケインには、神様がほとんどいないニャ。ラアルフィーネ様が、頑張ってるから大陸が維持出来てるニャ」

「大丈夫よ。ミューモ君が力を貸してくれてるからね」

「私もラアルフィーネ様の力になりたいニャ!」

「なら、それなりの成果を上げて頂戴」


 優しく微笑む女神ラアルフィーネ。しかし、エレナの表情は優れない。

 女神ラアルフィーネは、人と神を区別する事がない。誰とも気安く接するのは、愛を司る故か。かつて他の神から忠告された事が有る、軽んじられるから少し尊大な態度を取れと。しかし、女神ラアルフィーネは態度を変える事は無かった。それが、気に障ったのか原初の神でさえも、徐々に反フィアーナ派に賛同していった。女神ラアルフィーネが処罰をしなかったのは、神々の意思を尊重したから。その優しさが仇となったのか、反フィアーナ派が全滅した後、アンドロケイン大陸には神がほとんど残されていない状態になっていた。


 残された少ない神に神気を分け与え、更に大地を維持すべく神気を流し続ける女神ラアルフィーネに、眷属を作る余裕などあるまい。心配そうに顔を覗き込むエレナの頭を少し撫でる様に、女神ラアルフィーネは語りかける。


「心配しないで、本当に大丈夫だから。それに、すぐ眷属に出来るのはエレナちゃんだけだもの。どの道、他の子は時間をかけなきゃいけないわ」

「でも、候補なんて居るのかニャ? 強い奴は居ない事は無いけど、モーリス達に張り合える程じゃ無いニャ」

「それはあなたにかかってるわよ。大会までに鍛え上げて頂戴な」

「あ~、やっぱりニャ。そう言うと思ったニャ。でも仕方ないニャ」


 やや、空を仰ぐエレナ。だが、否とは消して言わない。

 エレナは女神ラアルフィーネを慕っている。単に信心深いのではない、女神ラアルフィーネを敬愛している。誰にも分け隔てなく接する女神ラアルフィーネを。「聞くニャ、この前ラアルフィーネ様とお話したニャ、凄いニャ、嬉し~ニャ~」と破顔しながペスカ達に話す程に。

 

「で、どいつを選んだニャ?」

「先ずは、ドワーフの将軍二人。ガロス君とグラウ君」

「お~、中々の人選ニャ! あいつらドワーフの英雄ニャ、結構やるニャ。鍛えたらいい勝負が出来るかも知れないニャ」

「それと、エルフ達から二人。ソニアちゃんとレイピアちゃん」


 それまで、朗らかに話をしていたエレナから、一瞬の間に笑顔が消える。真っ青な顔で震えながら、女神ラアルフィーネを見つめていた。

 

「その二人だけは、止めとくニャ。絶対に後悔するニャ」


 幾多の戦場を乗り越えて来たエレナがそこまで言う理由を、女神ラアルフィーネには直ぐに理解出来なかった。しかし、次の一言で確信した。この子は全て知って自分を止めているのだと。それでも女神ラアルフィーネは、決断を変える事はなかった。何故なら、選ぶなりの理由が有ったから。


「あの二人がエルフ達の中で、何て呼ばれてるか知ってるはずニャ」

「ええ」

「なら何でニャ? あいつらは、自分の事にしか興味が無いニャ。だから、同胞が窮地に陥っても見殺しにするニャ! 邪魔をする奴は、容赦なく切り捨てるニャ! アルよりよっぽど質が悪いニャ! 邪神と大差ないニャ! あいつらの逆鱗に触れたら、亜人は全滅するニャ! だから、みんなが放置してるニャ! 関わらない方が良いニャ!」

「ありがとう、エレナちゃん。でも大丈夫」

「何が大丈夫ニャ? 私はちゃんと知ってるニャ! ペスカに教えて貰ったニャ! 何でこの大陸に神様が少ない理由を! あの二人は、必ずラアルフィーネ様を裏切るニャ! また同じ事を繰り返すつもりなのかニャ? ラアルフィーネ様の優しさを、私は踏みにじる奴は許さないニャ!」


 喫茶店の中で、エレナは声を荒げる。感情が荒ぶる様に尻尾の毛が逆立ち、臨戦態勢とも言える程にマナが膨れ上がる。他に居た客達は、恐れおののき足早に店を後にする。

 そんなエレナを宥める様に、穏やかな口調を続けていた女神ラアルフィーネは、静かに目を瞑る。そして、エレナの体から放たれるマナを、神気でそっと優しく包み込み、周囲の影響を抑えた。ゆっくり目を開くと、女神ラアルフィーネは静かに語り掛ける。


「落ち着きなさい、エレナちゃん。わかってるわ、何もかもね」


 ソニアとレイピアの名は、エルフの中で伝承として語り継がれてきた。

 数百年にも渡り、ひたすらに剣を振り続けていた存在。自らは何も求めず、ただひたすらに剣を振り続けていた存在。しかし、彼女らの物語はそれだけでは終わらない。


 それは悲劇であった。それは同胞を思う気持ち故だった。

 ある日、深い森に囲まれた山中で、剣を振り続ける彼女らの下に、一人のエルフが赴き問うた。


「何故、それ程までに剣を振り続けるのか。里に来て、一緒に暮らさないか?」


 彼女らはその言葉に耳を貸す事は無かった。しかし、そのエルフは諦めなかった。何度も彼女らの下を訪れ、食事を用意し声を掛け続けた。

 彼女らが籠る山中近くに住まうエルフだから声をかけたのか、理由は今になってはわからない。しかし、同胞を思う一人の行動は、そのエルフが住まう村だけでなく、近隣の村々をも動かした。

 次々に訪れては、温かい声を掛ける近隣に住まうエルフ達。ある者は温かいスープを運び、ある者は彼女らが疲れた時の支えにと寝床を作った。

 しかし、悲劇は起こった。

 ある時を境に、その山中の近隣からはエルフが消えた。残されたのは、膨大な数の死体であった。

 死体は語る。鋭利に胴を半分にされた切り口から、相当な達人の仕業であると。残された首には唖然とした様な表情が浮かぶ、まるで知人の思わぬ行動に唖然とした様な。


 何の感情も抱かず、何の感慨も示さず、ただ邪魔だとエルフ達は殺された。ソニアとレイピアによって。


 それは単なる伝承ではない。それだけの強さを他国が欲しないはずが無い。ドワーフの国を始め、多くの国が軍を送ったが、帰った者は誰一人としていなかった。

 

 エレナ自身、軍に身を置いていた時に、二人が籠る山を訪れている。その際にエレナは、成す術なく国へ逃げ帰る。周辺に転がる死骸の山に恐れたのではない。二人を目にした時に感じた絶対なる恐怖、それはエレナを蝕む。その後何日もの間、エレナは眠る事が出来なかった。


「邪神が現れた時に、あの二人は何をしてたニャ? みんなが苦しんで、戦ってる時にあの二人は何をしてたニャ? ラアルフィーネ様、止めとくニャ。世界には触れてはいけないものがあるニャ」


 伝承を知り、実際に目の当たりにしたからこその言葉であろう。しかし、女神ラアルフィーネは首を横に振った。


「ねぇ、エレナちゃん。アルキエルと会ったのは、大乱の後じゃないわよね。あの時のアルキエルと、今のアルキエル。どう思う?」

「私が覚えてるのは、ドラグスメリアでの事だけニャ。最近はあの時ほどムカつかないニャ」

「それは何故だと思う?」

「冬也が抑えつけてるからかニャ?」

「違うわよ、アルキエル自身が変わったの。神でさえ変われるんだもの、亜人が変われないはずが無いわ」

「あの二人だけは、別ニャ! だからラアルフィーネ様は、甘いって言われるニャ!」

「甘いくらいが丁度いいのよ。それにもう話しは通してあるしね」

「どうなっても知らないニャ!」


 こうして、アンドロケイン大陸からの大会出場者が決定する。エレナを筆頭に、亜人の五人が大会で熱い戦いを繰り広げる事になる。

 そして時は二か月程進み、最後の出場者がこの世界ロイスマリアに呼び出される。

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