第245話 英雄ペスカ その2
「ペスカ殿! 本当にペスカ殿なのか?」
「あぁ、姉上。よくお戻りになられました」
「陛下からお聞きした時は、まさかと思いましたが。ペスカ殿、冬也殿、お二人共ご無事で良かった」
三者三葉の声が上がる。
誰もがペスカ達の帰還に、様々な感情が混じった様な表情をしていた。
エルラフィア王は、驚きながらも安堵している様な表情で、ペスカ達を見ている。シリウスの瞳からは涙が溢れ、止められないでいる。
元気そうな二人の姿に、トールは優し気な表情を浮かべている。
「あっ、そっかぁ。警報はお城にも筒抜けだったよね。みんな久しぶり!」
ペスカが元気そうに手を上げると、最初にエルラフィア王が崩れる様に、へたり込んだ。
英雄の不在が、どれだけの不安を与えたか。それは、国民だけではない。国民の命を背負う国王の心労は、計り知れない。
倒れていく民、救えない命。旧メルドマリューネ軍との戦争で多くの民を失い、傷も癒えぬままに苦難が襲う。
それがどれ程、悔しかったか。それでも、投げ出す訳には行かない。苦しみに喘ぐのは自分ではない、民なのだから。
神を恨んだ事もあった。力の無い自分を、呪った日も有った。
それでも、激を飛ばした。そして自分を叱咤した。最後まで諦めるなと、言い聞かせて来た。
あの日、ドラゴンから聞かされた言葉に絶望した。同時に、淡い期待も与えられた。
「諦めないで良かった。我らは、間違っていなかった」
「陛下。仰る通りです」
へたり込んで呟くエルラフィア王を支える様にし、シリウスは答えた。流れる涙を止める事も無く、ただエルラフィア王の言葉に頷いた。
シリウスはこの数か月の間、エルラフィア王国で一番忙しい人物であった。
姉の不在を補う様に、懸命に働き続けた。
絶望し、自暴自棄になるのは、一般の民だけではない。貴族達の中にも、絶望は広がっていた。
その貴族達を奮起させまとめ上げたのは、シリウスなのだ。
誰よりも姉を敬愛している。姉ならばどうしただろう、どんな選択をするだろう。
絶望が広がる王国内で、最適解を考え国王を支えて来た。耐えた日々の分だけ、涙は溢れる。
それは、勝者の証でもあった。
そして、勝者はもう一人。
ペスカに叱咤された後、自ら志願して軍と近衛隊の再編を行ったトールである。
人は弱い、だからこそ相手に勝つのではなく、己に打ち勝て。そう教えられ、幼い頃から鍛えて来た。帝国で士官になってからも、それは変わらなかった。
しかしトールは、邪神ロメリアに洗脳され、王国に攻め入った。それだけでは無い。直ぐにトールは、主と祖国の両方を失った。
エルラフィア軍に加わったのは、居場所が欲しかったからではない。故郷、仕える主、友、家族、何もかも失っても、トールは戦士であった。
悔しさも、恨みも、戦う事でしか晴らせない。トールは戦い続けた、抗い続けた。
人は弱い。兵士も人である。逃げ出したくなる、絶望し自棄にもなる。それは仕方ない事だ。
だが、仕方ないでは済まされない。守る為に、従軍したのだ。
自分は一度全てを失った。だからこそ、同じ思いを他人にさせたくは無い。だから叱咤し続けた、鼓舞し続けた。
エルラフィア軍が崩壊せずに、民を守り続ける事が出来たのは、トールの戦果でもある。
トールは、勝者であった。
三者三葉の想いが溢れる中、ペスカが静かに口を開く。
「さあ、みんなで世界を救おうか」
その言葉にエルラフィア王が、シリウスが、トールが、マルスが大きく頷いた。
ペスカが言うなら可能だろう。
そう感じるのは、ペスカが神になったからではない。今尚、人々の英雄だからであろう。
かつてペスカは、二十年前に起きたモンスターの大量発生を止める為、陣頭指揮を執った。また様々な発明をし、人間社会の文明を進歩させた。
病に倒れ転生した後は、世界の為に邪神と対峙し消滅させた。王の名前を知らない者は多くても、この大陸でペスカの名を知らない者は居ないだろう。
どんな不可能も可能にする。ペスカは、そんな期待を寄せてしまう存在であった。
そして始まる。英雄の帰還と共に、世界の再生が。
「さあ、案内して。通信機の本体に」
ペスカが言うと、直ぐにトールが動く。
トールを先頭に、エルラフィア王やシリウスが研究所を後にする。そしてペスカと冬也が後に続く。
マルスは職員達に幾つか伝言を残し、ペスカ達に続いた。
胸が躍る、全てが報われる。
エルラフィア王を始め、シリウス達はそんな思いに駆られていた。
「言っておくがよ。何か期待してても、俺達は何にもしねぇぞ。頑張るのは生き残ってる人間達だ、履き違えるなよ! 救ってもらおうなんて思ってたら、お門違いだぜ!」
「ちょっと、お兄ちゃん。そんなきつい言い方しなくても」
安堵の表情を浮かべて先頭を歩く者達に、釘を差す様に冬也が厳しく言い放つ。
そして冬也を咎めようとするペスカを、エルラフィア王が制した。
「いや、ペスカ殿。兄君の仰る通りだ、我々は抗って来た。それはこれからも変わらない」
「陛下・・・」
「我々は、これからも抗い続ける。しかし貴殿等は、我々には出来ない事を今までやり遂げて来た。その意味では、貴殿等に期待をしても罰は当たるまい」
エルラフィア王は、口角を吊り上げて笑顔を浮かべた。
こちらの意図を見通した様な表情を見て、冬也は頭を掻いた。
「わかってるなら、良いんだ。悪かったな王様。あと悪かったついでに、働ける奴らを貸してくれ」
「労働力が必要なのか?」
「あぁ、通信とは別件だ。二百人も居れば充分だ。出来れば、農作業に詳しい奴らが欲しい」
「それならば、何とかしよう。勿論、詳細は教えて貰えるのだろうな、冬也殿」
「あぁ、これが終わったら説明する。こっちにも段取りが必要なんでな」
ぶっきらぼうに話す冬也に、エルラフィア王は頷いて答えた。些細なやり取りをしている間にも、一行は城へと辿り着く。
ペスカと冬也は、この城に感慨深いものを感じていた。そして、少し思い耽る。
邪神ロメリアとの戦い後は、面倒を避け城に足を踏み入れなかった。
そして城を訪れたのは、帝国に旅立つ前に開かれた会議の時である。あの時にいたシグルドは、もういない。郷愁めいた物悲しささえ感じる。
しかし、シグルドが残したのは、哀愁に浸る事ではあるまい。シグルドが残した勇気は、後世に伝えなければならない。
そして、あの勇敢な男が命を賭けて守ろうとしたものを、再び守る為に全力を尽くそう。
「やっぱり守らなきゃな」
「そうだね、お兄ちゃん」
改めて、炎のごとく燃え盛る決意をその身に宿し、大型の通信機を新設した王の執務室へと、兄妹は足を踏み入れる。
執務室に入るなり、通信機の調整をトールが行う。ペスカ達は、広い執務室に据え付けられた大きなソファーに腰を下ろし、準備が整うのを待った。
「ペスカ殿。これで何を?」
エルラフィア王は、改めてペスカに問いかける。
「陛下、全員に説明するんですよ。神々が地上に戻って来た事を」
「神々が? では!」
「そう、絶望の時はもう終わりです」
執務室内には、歓喜の声が響き渡った。その声が治まらない内に、トールから準備が整った合図がかかる。
ペスカは大きく息を吸い込むと、通信機に向かって神気を流し始める。人間が使う力よりも、遥かに大きな力を、慎重に流していく。
通信網を通って、幾つもの拠点に繋がるのを感じる。回線の接続は問題ない。
ペスカはそう実感し、通信機に向かって静かに語り始めた。
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