第220話 山の神の本領

 ドラグスメリア大陸東部、北側の沿岸は東の沿岸と同様に、海と大地が朽ち果て、膨大な瘴気が渦巻いていた。

 そこで力を振るうのは、山の神ベオログであった。


 ☆ ☆ ☆


 邪神ロメリアがラフィスフィア大陸で暴れていた頃、女神ミュールと山の神達は、女神フィアーナの呼びかけに応え、メルドマリューネの浄化を行っていた。 


 火の神だけは、ドラグスメリア大陸に残された。何故なら、大陸東部には邪神ロメリアが接触した痕跡があったからである。


 火の神は、混沌勢と反フィアーナ派が繋がっている事を、知らなかったのかもしれない。

 ラフィスフィア大陸で混沌勢が大暴れしており、神の国は混乱を極めている。混乱した状況下では、例え反フィアーナ派であっても、何も出来はしない。

 そう考えた所に、油断があったのだろう。


 その油断を、反フィアーナ派に突かれた。

 火の神と大陸東部を拠点とする土地神達は、動きを封じられた後で神気を奪われた。そして新たな邪神の器となる様に、火の神の神格は様々な神の神格と統合させられた。


 眷属である火の神の消失は、女神ミュールをして予想外だった言えよう。曲がりなりにも原初の神である。たかが邪神ロメリアの残滓に、簡単にやられるはずが無い。

 警戒もしていた。だから、火の神を留守役として残した。


 しかし、反フィアーナ派の方が一枚上手だった。もとい、反フィアーナ派は、ドラグスメリアが手薄になる瞬間を狙っていたのだろう。

 そして、女神ミュールはいち早く事情を察した。

 

 ただ、神の国では混乱がおさまっていない。直ぐに事態を明らかにすれば、神同士の諍いに発展し、更なる混乱が待ち受ける。

 そうなれば、地上はただでは済まない。


 事を荒立てずに、眷属に手を出した奴らに罰を与える。それには、明確な証拠を押さえて、罪を立証する必要がある。そうすれば、神の協議会で堂々と、断罪する事が出来る。

 それ故に女神ミュールは、山の神を始めとした三柱の神を差し向けた。


「わかってると思うけど、フレイとの繋がりが切れているわ。東部の状況も少しおかしいみたい。あなた達、ちょっと様子を見てきてちょうだい。一応、手助けは用意するから」

「わかりました姉さん。でも、フレイが遅れを取るなんて考えられません」

「ゼフィロス。わたしも同感よ」

「確かになぁ。ちとおかしな予感がするが、大丈夫だろうかミュール」

「ベオログ。奴らの目があるわ、気を付けるのよ」

「ミュール様。手助けというのは?」

「カーラ。手助けに向かうのは、神の一員となるはずの子達よ。フィアーナには貸しがあるからね、承諾してくれたわ。協議会が終わったら直ぐに向かって頂戴ね」


 女神ミュールは、火の神が無事であると考えていない。その考えは、三柱の神にも伝わっていた。仲間の安否は気になる。しかし場合によっては、火の神と事を構えなければならない。

 ましてや、邪神ロメリアや反フィアーナ派の関与。それは、最悪の事態を示唆している。


 元より山の神は、戦闘が得意ではない。

 温厚な性格は戦闘に向いておらず、仲間内では補助的な役割をする事が多かった。水の女神は山の神と共に補助的役割を熟し、風の女神は攻撃と補助の両方を熟すユーティリティープレーヤーである。


 火の神は、原初の神々の中でも戦い上手で知られた男神。もし邪悪に乗っ取られ、火の神を相手にする事になれば、三柱の神が揃っても無事で済むはずがない。


 そして結果は、想定以上のものとなった。

 三柱の神が大陸東部に到着した頃、複数の土地神達と統合され、既に火の神は元の神格を失っていた。そして新たに誕生した邪神は、エンシェントドラゴンであるニューラの身体を媒介にして、強靭な肉体を得た。


 更に悪い事は続く。三柱の神は、反フィアーナ派の罠に、嵌り膨大な神気を奪われた。そして、風の女神と水の女神は、共に悪意の種を埋め込まれた。悪意の種を排除出来たのは、山の神だけであった。


 原初の神から奪った神気で、反フィアーナ派と新たな邪神の力が増す。

 風の女神と水の女神は、埋め込まれた悪意の種に対抗する為、自らの存在を封印した。悪意の種に対抗出来た山の神でさえ、失われた神気を回復させる為、眠らざるを得なかった。


 眠りについた山の神は、失意のどん底にあった。

 それは力が及ばない自分に対しての失望だったのか、仲間の窮地や火の神フレイの消失に対する絶望だったのか。

 恐らく両方だろう。


 予感はあった。女神ミュールからも、注意を促されていた。にも関わらず、何も出来ずに敗北を喫した。

 そして、ただ神気の回復を待つだけの日々は、山の神にとって苦痛以外の何ものでもなかった。

 だが山の神は、程なく目を覚ます事になる。


 万全とは程遠い。しかし目覚める事が出来る位には、神気を与えて貰った。

 山の神に神気を分け与えたのは、女神ミュールではない。誰あろう、女神フィアーナの息子にして、神の末席に加わったばかりの冬也である。


 山の神が兄妹を初めて目にしたのは、旧メルドマリューネの地。その時、半神とは思えない程の、勇ましさを感じた。

 山の神に流れ込んだ神気が、教えてくれる。そして近くによれば、より鮮明に伝わる。冬也の神気は、半人前とは思えない程に力強い。また、とても穏やかで心地が良い。

 

 山の神はやや圧倒されながらも、極力平然を装って冬也と接した。その後に会ったペスカには、全てを見透かされている様な恐れすら感じた。


 ペスカと冬也を間近で見て、山の神は確信した。

 この兄妹こそが、ロイスマリアに変革を起こす未来の可能性であると。


 原初の神と反対派で争う、神の世界。それに伴い、荒らされる地上。そんな争いの繰り返しを、終わらせる事が出来るなら、自分はこの兄妹を守ろう。

 山の神は、心の中で強く誓った。


 ☆ ☆ ☆


 大規模浄化魔法を邪神に利用され、力を増したモンスター達。邪神は今尚、猛威を振るい続ける。それでも皆が抗い続ける。

 山の神は多くのモンスターを屠りながら、気を吐いていた。まるで鬱憤を晴らすかのように、モンスターを薙ぎ払い、声を荒げた。


「こんな滓どもで、止められると思うな! 儂を舐めるなよ!」


 決して万全ではない。

 未だ神気が回復しきっていない山の神は、ハンデを背負っての戦いである。しかし、山の神の目には、闘志が漲る。


「ミュールよ。お主の力も少し借りるぞ」


 山の神は神気を高めて、大地に流す。大地が光り輝くと、浄化が始まる。


 調和を図り、自然な状態へ。

 全てが融和し、穏やかな環境へ。

 厳しい世界は緩和し、生きるべき者が生きられる世界へ。


 大気が清浄される。

 海が美しさを取り戻す。

 モンスターが消えていく。

 淀みが無くなる。

 

「これが、儂の力じゃ! 見たか馬鹿者!」


 美しい自然が、山の神を中心に蘇っていった。

 青々とした緑、透き通った海、優しく頬を撫でる風。全てが調和された様に、マナが循環し互いに融和をする様に、自然があるべき姿を取り戻す。

 これこそが、山の神が思い描いた世界。

 

「待っていろ。直ぐに行くぞ冬也、ペスカ。無事でいろよ」


 山の神は兄妹を想い、深部の空を見つめた。


 深部に向かった兄妹達は、邪神と最も近い場所に居る。周辺でもたついてる場合では無い。直ぐにでも駆けつけて兄妹を守らなければ。

 そして山の神は、走り出した。

 

 ドラグスメリア大陸の東部を囲む沿岸部は、東側をクロノスが、北側を山の神が浄化し、それぞれ深部に向かって進み始めた。


 西側からは、水の女神カーラが浄化を進めながら、深部に向かって侵攻している。南側からは、風の女神ゼフィロスが他の神々と共に、深部に向かい浄化を続けていた。

 神々が壁となりモンスターは一切外には出さない。そんな気迫に満ちていた。


 東部を囲む四方向から浄化が進む。

 大陸深部では、グロア大火山を凍らせた後に、周辺数十キロを浄化した。魔獣達を強襲した邪神は、冬也によって撃退させられた。


 大陸東部は大半が浄化され、既に邪神の領域とは言えなくなっていた。再び深部に戻った邪神は、変わり果てた光景を見て切歯扼腕し、禍々しい邪気をまき散らした。

 

 邪神を追いかける様に、ペスカの下に冬也が転移をする。戻った冬也にペスカが抱きつき、冬也は辺りの光景を見てペスカの頭を撫でる。

 そして二人の侵攻が再開される。長く続いた戦いが、終盤に差し掛かろうとしていた。 

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