第179話 神龍の目覚め その2

 スールは、避難する魔獣達を、時を操る魔法で癒した。その結果尽きるはずの無いマナはほとんど使いきり、飛ぶ事や数回ブレスを吐く僅かなマナしか残されていない。

 それでもスールは、冬也の手助けでブレスに神気を乗せて、ミューモを包む闇を取り払った。


 スールは感じていた。

 己の体内を巡る冬也とペスカの神気を。巨大な力のうねりを。そして実感した。この力を使えばまだ戦える、主達の力になれると。

 

 スールは冬也の眷属となり、神龍として生まれ変わった。そして、主である冬也の下で、新たな生を始めた。

 如何に神に最も近い原初のドラゴンとて、与えられた神気をいきなり使いこなせるはずが無い。これまでスールは、体の中に眠る力を引き出せずにいた。

 しかしスールは冬也の手助けで、神龍としての大いなる力を、その本領を発揮しようとしていた。


 体に流れる神気を意識し、より膨れ上がらせる。流れる神気がスールの黄金の鱗をより輝かせる。

 圧倒的な存在感で、魔獣の頂点に君臨する原初のドラゴン。その原初のドラゴンを超越した、神龍の力が解き放たれようとしていた。

 

 そのスピードで、ミューモを翻弄し続けていたグリフォン。スールはいとも簡単にグリフォンの背後を取り、巨大なかぎ爪で叩き落した。

 神気を纏った体から繰り出される攻撃は、力を増したグリフォンでも、ひとたまりも無い。

 スールは、一撃でグリフォンの意識を奪った。

 

 空域を制したスールが行ったのは、広範囲のブレス。神気の籠ったブレスが、ヒュドラが放つ毒を尽く浄化していく。


 だが油断はならない。相手は、巧みな連携でミューモを追い込んだ連中である。

 地上から放たれる、ミサイルの様なフェンリルの攻撃。そして、ベヒモスが放つ魔法もスールを襲う。

 

 ミューモをとことんまで苦しめた連携攻撃も、スールに届く事は無い。

 スールは神気を身体から放出し、結界の様に張る。ベヒモスが生み出した黒い塊は、スールに届く事が無く、神気の結界に尽く打ち消されていく。

 

 そして、スールが翼の羽ばたかせると、竜巻が起こる。

 スールのひと扇ぎで、勢い良く飛んでくるフェンリルは空中で失速し、竜巻に巻き込まれて地上に叩きつけられた。

  

 すかさずスールは、範囲を極小にしたブレスを放つ。まるで水道のホースの口を狭めた様な勢いは、強靭な皮膚のベヒモスを軽々と貫く。

 神気の宿るブレスは、肉体を破壊を破壊せずに、その身に宿る悪意を破壊する。


 ブレスを受けたベヒモスから、邪気が消えていき、その場で崩れる様に意識を失った。

 更にスールは、三発のブレスを放った。それは、グリフォン、ヒュドラ、フェンリルにそれぞれ当り、体を蝕む悪意を消し去っていく。そして三体の魔獣達は、全て意識を失った。


 到着してから約数分、あっと言う間の出来事である。スール自身でさえ驚く様な、力の差を見せつけた勝利となった。


「これが、儂の力なのか? いや、考えるのは後じゃのぅ」


 スールは上空から辺りを見回す。

 治療を受けたアトラスが、巨人達を運んでいるのが見える。ペスカは懸命に巨人の治療を続けている。冬也の方に視線を向けると、呼び出した光が、少しずつ形を成していくのが見える。


 今の二人に助力するより、自分はミューモを優先すべきだろう。

 そう判断したスールは、意識を失うミューモに素早く近づいた。そしてスールは手足を器用に使い、巨人達を避難させた場所までミューモを運んでいく。更にスールは、ミューモに問いかけ続けた。


「ミューモ、目覚めよ。ミューモよ、聞こえんのか? 早く目覚めんかミューモ!」 


 体からは完全に邪気が消え、僅かではあるがマナがミューモに戻っている。傷が酷く、暫くは戦えないだろう。

 それでもミューモは、生態系の頂点に立つ、エンシェントドラゴンである。その影響力は計り知れない。戦えずとも、無事を示すだけで、効果はあるだろう。


 そして、巨人達が横たわる場所まで辿り着いた頃、何度も呼び掛けるスールに、ようやくミューモが応えた。


「スール。スールなのか?」

「あぁ。助けに来たぞミューモ」

     

 意識を取り戻すと同時に、ミューモの体中に痛みが走る。スールはミューモを降ろすと、静かに語りかける。


「ミューモ、傷も癒えぬ状況では何も出来ぬじゃろう。だが、エンシェントドラゴンとして、お主はこの場を守れ。ここには、勇敢に戦った巨人達が眠っておる。残念ながら、お主の体を治療してやる余裕は無い」

「あぁ、わかったスール。それに、自分の体くらい自分で治せる。それで、魔獣達は?」

「奴等は儂が倒した、安心しろ」


 スールを見るミューモの目は、驚き見開かれていた。

 原初のドラゴンとは異なる、圧倒的な存在感を感じる。スールから溢れる神々しい力は、何なのだろう。

 呆気に取られるミューモに、スールは言い放った。


「これからが本番じゃ。気を抜くなよミューモ。お主は巨人達を守る事だけ考えよ」

「いったいお前に何があった?」

「それは後で話してやろう」


 スールはミューモとの会話を終わらせると、ペスカと巨人達を庇う様に結界を張り巡らせる。

 まだ終わってはいないと、ミューモの感が告げている。それ故に、ペスカの治療に邪魔が入らない様、結界を張ったのだ。

 そして冬也の目の前では、光が完全に形を成す。美しい女神が姿を現す。


 全ての条件が揃う。何かが起きようとしている。

 スールの緊張は高まった。

 この場に居る全ての者を守り抜く。その強い意志が結界に籠められた。


 そして、女神を見ていた冬也は、威圧する様な低く響く声で、言葉を口にする。それは、スールでさえ驚く言葉であった。


「お前、女神じゃねぇな。糞野郎と同じ匂いがするぜ。正体を現しやがれ」


 大陸西部の戦況は佳境を迎え、本当の戦いが始まる。四体の魔獣、そしてミューモを闇に落とした原因が、姿を露そうとしていた。

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