第176話 戦う巨人達

 ドラグスメリア大陸の西部で、ドラゴンの次に力を持つ四体の魔獣。ベヒモス、フェンリル、グリフォン、ヒュドラは、体を真っ黒に染め暴れ続けていた。


 木々は焼け、力の無い魔獣は命を落としていく。その暴れ様は、ミューモの眷属であるドラゴンでさえ、太刀打ちが出来ずに倒れた。

 全てを灰塵に帰さんと、四体の魔獣が猛威を振るう中で、エンシェントドラゴンであるミューモは、大陸の秩序を取り戻す為に戦っていた。

 しかしその状況に立ち向かっていたのは、ミューモだけでは無かった。


 大陸西部で暮らす、平和を愛する巨大な体と力を持った種族、巨人達が立ち上がった。

 彼らはその巨体故、集団で生活する事は無い。しかし大陸の窮地に、巨人の王テュホンと最古の巨人ユミルが呼びかけ、仲間の巨人達が集まった。


 神より剣を与えられし巨人の剣士スルト、巨人の守護者アトラス、平和を愛し卓越した鍛冶技術を持つサイクロプスの一族、全身に目を持つアルゴス。

 いずれも計り知れない力を持った強者であった。

 

 上空では、ミューモが光り輝くブレスを吐き続ける。

 その隙に乗じて、アトラスはその強靭な肉体を盾にし、多くの魔獣達を南へと逃した。

 スルトは、その手に有る剣に炎を宿し、ヒュドラが吐く毒のブレスを切り裂く。

 テュホンとユミルは、九つ有る首を引き千切ろうと、ヒュドラを羽交い絞めにした。

 死角が無いアルゴス複数の目は、フェンリルの素早い動きを的確に捉え、サイクロプスの一族が集団でフェンリルを取り囲んだ。

 

 ミューモの眷属をも圧倒したベヒモス、フェンリル、グリフォン、ヒュドラの四体は悪意に染まり、以前の比では無い程に力を増している。

 この四体の魔獣に対し、幾ら巨人達であっても、到底力は及ばない。テュホンとユミルは、ヒュドラが首を一振りするだけで、吹き飛ばされる。

 取り囲んでもフェンリルには、対して効果を齎さない。スピードの有る攻撃で、サイクロプスやアルゴスは一蹴される。

 

「お前達、何をしている! 早く逃げろ! お前達の敵う相手では無いぞ! テュホン、ユミル、聞こえているか? 早く皆を連れて南へ避難しろ!」

「馬鹿を仰るなミューモ。我ら巨人族の力は、この様な事態に対処する為に有る」

「馬鹿はお前だテュホン。無駄死にをするなと言っている!」

「無駄死になどは有り得ん! 我らの命が尽きようと、この地から災いを消して見せよう」


 テュホンの咆哮にも似た激しい怒号で、倒れた巨人達が立ち上がる。しかし、フェンリルはその隙を逃さない。素早く大地を駆け、立ち上がろうとするサイクロプスの一族に襲い掛かった。


 フェンリルの鋭いかぎ爪が、サイクロプスの一族を引き裂こうと迫る。そこに立ち塞がったのは、アトラスであった。

 巨人族の中でも一際頑丈な体に、フェンリルのかぎ爪が深々と突き刺さる。それでもアトラスは揺らぐ事無く、突き刺さったかぎ爪ごとフェンリルを両腕でがっしりと捕えた。


「そのまま離すんじゃねぇぞアトラス! 焼き尽くせレーヴァテイン!」


 スルトは、アトラスごと切り裂く勢いで、炎の剣を振るう。凄まじい勢いで振られた炎の剣は、フェンリルを一刀のもとに斬り捨てたかに見えた。

 

「な、利いてねぇのか?」


 フェンリルには傷一つ付いておらず、身を激しくよじるとアトラスの拘束から抜け出て、猛烈な速度でフェンリルはスルトに襲い掛かった。

 スルトは炎の剣で、何とかフェンリルの爪を食い止めるが、勢いは殺せず吹き飛ばされる。

 

 一方、ヒュドラと対峙していたテュホンとユミルは、毒のブレスに苦しんでいた。じわじわと体を蝕む毒の霧は、テュホンとユミルの身体を中から腐らせていく。

 それでも二体の巨人は、その剛腕で引き千切ろうと、ヒュドラの首に取り付いた。


 アルゴスとサイクロプス達の前にも、立ちはだかる魔獣がいた。

 ドラグスメリア大陸でも最大級の魔獣、ベヒモス。およそ十メートルは有る密林の木々も、ベヒモスの足先を隠すだけ。

 サイにも似た巨体は、サイクロプス達よりも遥かに大きく、身体はアトラスよりも硬い。突進されれば、一溜りもなくサイクロプス達は粉砕されるだろう。

 更に厄介なのは、魔法を放つ事だった。サイクロプス達の頭上、広範囲に黒い塊が出現する。


「逃げろ~!」

 

 アルゴスの叫びも空しく、黒い塊はサイクロプス達の一族に向かい、雨の如く降り注ぐ。

 激しい勢いで襲いくる黒い塊を、サイクロプスの一族は必死に棍棒を使って防ぐ。しかし棍棒は簡単に折れ、黒い塊を受けたサイクロプスの一族は、次々に膝を突く。

 そして、サイクロプスの一族に気を取られていたアルゴスの背後から、ベヒモスが迫る。その圧倒的な巨体に、逃げる事も叶わず、アルゴスは撥ね飛ばされた。


 次々と仲間が倒れていく状況でも、テュホンは叫ぶ。自分達の身を犠牲にしても大陸を守る。強い意志がその言葉に宿っていた。


「ミューモ。我らが地上の奴らを足止めをしている。早くグリフォンに止めを刺せ!」


 まさに命がけの足止めである。

 決して、命を軽んじている訳では無い。守るべきものを守る、その為に振るうべき力を振るう。己に課せられた役割をやり遂げようと、巨人達は懸命に戦い続けた。

 

 そしてミューモは、酷く焦っていた。

 グリフォンの飛ぶ速度は、ミューモに勝る。高速で飛び回るグリフォンを、ミューモはなかなか捉えられないでいた。

 視界の隅には、倒れる巨人達が映る。そして、ミューモを翻弄する様に飛ぶグリフォン。このままでは、全滅は必至。焦るミューモは、グリフォンの術中に嵌っていく。

 

 地上で足止めをする間に上空を制し、有利に戦いを進めようとした巨人達。戦力の差を突き、一方的に勝負を決めようとした四体の魔獣。

 戦況は四体の魔獣に傾く。

 

 次々と放たれる黒い塊の前に、サイクロプスの一族全てが意識を奪われた。

 アルゴスは撥ね飛ばされて以降、起き上らない。

 テュホンとユミルは、両者ともに毒で意識を失う。

 スルトは飛ばされた衝撃で立ち上がれず、フェンリルの追撃を受けておびただしい血を流した。

 そして最強の守護者アトラスは、倒れる仲間達を守ろうと身を盾にし、ベヒモス、ヒュドラ、フェンリルの三体から激しい攻撃を受けて倒れ伏した。

 

 勇敢に脅威に立ち向かった巨人達は、足止めすら出来ずに全滅をした。巨人達の安否は不明。やられた眷属達は、依然として目を覚まさない。

 そして、巨人達を無力化した勢いは、ミューモへと向く。


 四体一の不利な状況へと、ミューモは追い込まれる。大陸西部の状況は、ますます悪化の一途を辿っていた。

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