第177話 ミューモの危機

 悪意に包まれ、黒く体を染めた四体の魔獣達は、何れも強力だった。その力は、エンシェントドラゴンのミューモであっても、容易に止める事は出来なかった。


 そして大陸の大事に、ドラグスメリア大陸でも有数の力を持つ、巨人達が集まる。しかし四体の魔獣の前に、成す術無く敗れ去り、生死不明の状況に追い込まれた。


 眷属達が無事であったなら、巨人達を安全な場所に運ばせる事も出来ただろう。治療も可能だったはず。だが今は、眷属すら意識が戻っていない。

 ミューモは、巨人達が無事で有る事を信じるしか無かった。そして、彼らの勇気に応える為にも、一早くこの状況を治めよう。

 ミューモは、ブレスを吐いて四体の魔獣に応戦した。


 四体の魔獣は、依然として猛威を振るう。

 ヒュドラが吐く毒のブレスを少しでも吸えば、ミューモとて深いダメージを食らう。毒のブレスを避ける為に高度を上げて飛ぶと、上空からはベヒモスの魔法で作られた黒い塊が降り注ぐ。

 黒い塊を避けた先には、グリフォンが待ち構えており、鋭いかぎ爪が迫る。時折、まるで地上から放たれたミサイルの様に、勢い良くフェンリルがジャンプし、尖った牙と爪が身体を掠める。


 ミューモは、四体の魔獣から繰り出される攻撃を躱しつつ、輝くブレスを吐く。しかし、四体の魔獣は巧みな連携で、ミューモのブレスを容易く躱し攻撃を繰り返した。


 神々が作った最初の生物、原始のドラゴン。全ての生物の頂点とも言える力を持ち、世界の守護者として生きてきた。生を受けてより此の方、ミューモは追い込まれる事は一度とて無かった。

 

「神よ、どうか力をお貸しください」


 神の気配を探ろうとしても、妨害されているかの様に何も感じない。そして、連携が取れた攻撃は、ミューモを徐々に追い詰めていく。


 魔法と飛行による、ベヒモスとグリフォンの連携が巧みに活きる。ミューモの飛ぶ高度は、気付かぬ内に落ちていく。そして、大気に紛れた毒の霧が、ミューモの内臓を蝕み、動きが徐々に遅くなる。


 遂にミューモは、魔獣達の攻撃を躱せなくなる。並みの生物では傷を付けられない黄金の鱗は、少しずつ剥がれ落ち、翼には穴が開く。それでもミューモは空を駆けた。


 ミューモは、完全に防戦一方になっていた。

 世界で最も硬いドラゴンの鱗を、容易に貫通する黒い塊に牙やかぎ爪。痛みに呻く暇すら与えない、四体の魔獣の連続攻撃。

 失いそうになる意識を懸命に取り戻し、ミューモはブレスを吐く。だがミューモの攻撃は、尽く避けられる。

 行動を予測でもされているのか。そんな錯覚さえ起こす程に、ミューモは追い込まれていった。


 助けは来ないだろう。ミューモは本能的に悟っていた。

 大陸西部でこれだけの事が起きている。北部や南部が無事なはずが無い。東部は、スールの眷属の言葉からして、もう手遅れなのだろう。

 他のエンシェントドラゴン達も無事でいるかどうか。神とも繋がらない様な事態で、自分が倒れる訳にはいかない。


 ミューモは己を奮い立たせる。そして、膨大なマナを擦り減らし、飛び続けた。

 痛みが全身を駆け抜ける。それでも、魔法を放つ。それでも、ブレスを吐く。だが、ミューモの攻撃は当たらない。

 魔獣達の攻撃は、ミューモの身体を貫く。


 そして、絶望がミューモの頭に過った。その瞬間に、黒い闇がミューモの眼前を遮り、幻聴が聞こえる。


 お前には倒せない。お前は何も出来ない。

 何も守れない。全て失う。

 大地は荒廃する。生物は全て死に絶える。

 お前は使命を果たせない。神から与えられた大切な役目はここで終わる。

  

 止めろ!

 違う!

 俺は守れる!

 まだ戦える!

 まだやれる!


 頭に響く幻聴は、ミューモの精神を押しつぶしていく。どれだけ抵抗しようとも、幻聴はミューモを苛み続けた。


 終わりだ。もう終わりだ。

 お前はここで終わるんだ。


 うるさい!

 ふざけるな!

 終わるものか!

 負けはしない!

 俺は原初のドラゴンだ!


 違う、お前は違う、お前はもう死んだ。

 お前の肉体はもう無い、全ては闇の中だ。

 

 死んでない、俺はまだ死んでない。

 戦える、お前らを倒す。

 囁くな、俺の中で囁くな。


「ロメリア! 俺の中で囁くな!」

  

 ミューモは発狂した様に叫んでいた。

 悪意は、ミューモの精神を苛み続ける。魔獣は、ミューモの体を壊し続ける。既に体はボロボロで、飛ぶ事さえ出来ない。叫んだ直後に意識を失い、ミューモの体は静かに地上へ落ちていく。

 黒い闇がミューモの全身を包む。そしてゆっくりとゆっくりと、悪意がミューモを取り込んでいく。そして魂の輝きが光を失う。


 何も救えない。誰も救われない。お前自身が救われない。

 神の為に尽くしたお前に、神が何をした。お前は捨てられた。お前は見放された。

 神を恨め。ミュールを憎め。お前を利用し、使い捨てた神に復讐しろ。


 目に映るものは、全てが敵だ。誰もお前を守らない。お前しかお前は守れない。だから潰せ。目の前の敵を潰せ。神を潰せ。

 もういいだろう。そうだ堕ちて来い。こっちに来い。こっちに来い。こっちに来い。さあ、さあ、さあ。

 

 お前を歓迎しよう。お前は幸福になる。お前の幸せはこれから始まる。嘘に塗り固められた世界は終る。これからお前の生が始まる。

 さあ来い。こっちに来い。堕ちて来い。


 ミューモのマナが消えていく。ミューモの意思が消えていく。黄金の体は、どす黒く塗り替えられる。ミューモの体に、淀んだマナが流れ込んでいく。

 

 全てが闇に呑まれ様としていた。四体の魔獣に続き、エンシェントドラゴンが闇に落ちる。それは、大陸西部の終焉を意味していた。

 しかし、終焉を訪れさせまいと、雄々しい叫び声が響き渡る。


「簡単に終わってんじゃねぇよ、糞ドラゴン!」

 

 闇に落ちたミューモ。倒れ伏す巨人達。暴れ続ける四体の魔獣。その声は、悪化を続ける状況を照らす光明と鳴る得るのか。

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