第170話 ペスカと山さん

 食事を終えたペスカは、スールの背中に飛び乗る。続けて冬也も飛び乗った。


「スール。揺らさない様に、気を付けてね。じゃないと、あんたの背中に色々ぶちまけるからね。金色の鱗が小汚くなるからね」

「ペスカ様。それは、構いませぬが」

「いや、気にしろよスール。ペスカ、お前も吐くって脅すんじゃねぇ!」

「お兄ちゃんだって、酔ってたじゃない!」


 ペスカは冬也に頭を小突かれて、涙ぐむ。


「病気を魔法で治せるなら、乗り物酔いくらい、何とでもなんだろうが!」

「まぁ、そうでしょうな。宜しければ、ペスカ様。道中は、私が魔法を掛け続けましょうか?」

「うむ。良きに計らえ」

「何処の殿様だ!」


 再び冬也に頭を叩かれ、再びペスカは涙ぐんだ。そんな、ほんわかした雰囲気に包まれ、スールは飛び立つ。しかし、そのスピードは、ほんわかとは程遠い。


「い~や~!」


 ペスカのけたたましい叫び声を乗せて、スールは飛んでいく。そして、あっという間に目的地へと辿り着く。ほんの僅かのフライトであったが、ペスカは顔面蒼白となっていた。

 スールの背から降りるなり、ペスカは這いつくばって嘔吐く。そして冬也は、優しくペスカの背中を擦った。


「まさか、儂の魔法が利かんとは。申し訳ありませぬ、ペスカ様」

「お前が、車のサスペンションにこだわった理由がよくわかったよ」


 今は、優しい言葉をかけられても、今は毛ほども嬉しくない。ペスカは、朝食をすべて吐き出して、ぐったりとしていた。


「なんで今回、お兄ちゃんは酔わないかったの?」

「だってなぁ。あいつは、俺の眷属なんだろ? 神気を繋げれば、自分が飛んでるみたいな感じになるし。酔いはしねぇよ」

「早く言ってよね、そう言う事はさぁ」


 背中を擦られながら、ペスカは力無く呟く。冬也は心配そうな面持ちで、ペスカを覗き込む。そんな二人に、穏やかに響く声がかけられた。


「喧しいと思ったら、お主だったか冬也。随分と戻るのが、早かったのぅ」

「おぅ、山さん。あんたに会いに来たんだよ」

「何じゃ? 儂はお主にこき使われて、疲れておるんじゃ」


 自らの肩を揉み、疲れを示す山の神は、冬也達を見渡すとニヤリとほほ笑んだ。


「お主、随分と面白い事になっておるのぅ。スールを眷属にしたのか」


 山の神の言葉に、冬也達の後方に控えていたスールが、頭を下げた。


「山の神、お久しぶりです。あなたがご無事で良かった」

「お主もだ、スールよ。どうじゃ、神の眷属になった気分は?」

「途轍もない力を感じます。まだ片鱗も力を扱えない状態ですが」

「仕方なかろう。ところで、娘の方はどうしたのじゃ?」

「どうやら、ご気分が優れない様で」


 自分に話しが向いたペスカは、すくっと立ち上がる。青い顔のまま、山の神に向かい頭を下げた。


「ペスカと申します。山の神」

「仰々しい挨拶は要らんぞ、ペスカ。お主と顔を合わせるのは、これで三度目じゃ。お主は覚えておらんじゃろうがな」

「申し訳ありません。山の神」

「座るが良い。どうせ、スールの背で酔ったのじゃろう。こ奴の飛び方は荒っぽいからのぅ」

「重ね重ね、申し訳ありません」

「お主は、良い子じゃのぅ。じゃが、砕けた話し方でも構わんよ。その方が話しやすかろう。冬也は端から、儂を舐めておったがのぅ」


 ペスカは山の神をしげしげと見る。

 やや出っ張った腹と優しそうな顔には、確かに見覚えがある。面影があるその姿は、何処で目にしたのか。思い出そうと、ペスカは頭を巡らせた。

 

 そして、徐々にペスカの記憶が蘇る。

 女神ミュールには、膨大な神気を持つ神が何柱も傍らにいた。その力の大きさから、ペスカは原初の神だと推測していた。

 確か山の神は、女神ミュールと共にメルドマリューネの浄化に参加し、神々の協議にもいた。


 ただ、目の前で微笑む山の神からは、あの時の力強い神気を感じない。決して、神気を抑えている感じではない。単純に、とても弱々しいのだ。


 何故、そんな事になっている。

 メルドマリューネの浄化で力を使い過ぎたなら、神々の協議の場で違和感を感じたはず。この短期間の内に、何が有ったのか。

 ペスカの違和感は、膨れ上がった。同時に仮定の一つが、真実味を帯びてくる。


「早速だけど、お言葉に甘えさせて貰うね。山さん、何でそんなに神気が少ないの?」

「それは、儂の信者がブルだけだからじゃ。冬也にも説明したが、聞いておらんのか?」

 

 山の神の言葉に、ペスカは訝し気な視線を投げつける。


「私がそれで納得するとでも? あなたは、土着の神じゃない。この大陸全土で、信仰する魔獣がたった一匹なんて有り得ない」

 

 山の神は言葉に詰まる。そしてペスカは、追い打ちをかける様に、スールに視線を向けた。


「スール。あんたはどうなの?」

「儂ら原始のドラゴンは、生み出して下さった原初の神々への崇拝を、怠った事はありません。眷属達も同様です」

「これでも、信仰が足りないと? 神の協議から何があったんです?」


 ペスカは山の神を問い詰める様に、やや強い口調になった。

 ペスカの問いかけに、山の神は深い溜息をついた。冬也の様に、容易にはぐらかせる相手では無い事は明白である。

 山の神は黙考する。押し黙る山の神に対し、ペスカはポツリと呟いた。


「第三者の介入」


 その言葉に、山の神の眉がピクリと動いた。その僅かな機微を、ペスカは見逃さない。


「どうやら、当りみたいだね」

「なっ!」


 山の神は、思わず驚きの声を漏らした。

 ペスカ達のやり取りに、冬也が反応する。やや荒げた声は、驚き以外の感情が含まれる様だった。


「どう言う事だよペスカ? それと山さん。やっぱり何か隠してやがったんだな! しらばっくれやがって、この野郎!」

「落ち着かんか冬也」

「うっせぇ! 知ってる事があんだろ! 今すぐ話せよ、全部だ!」

「お兄ちゃん、ちょっと黙ってて。今は私に任せて」


 少し熱くなっている冬也を、ペスカがピシャリと止める。そして、ペスカは山の神を見据えた。

 山の神は動揺する様に、目を左右に動かしている。そしてペスカは、徐に質問を続けた。


「山さん。あなたは、何でここにいるの?」

「知らない間に、封印されとったんじゃ。冬也に助けて貰わんと大変じゃった」

「嘘だね。あなたは、東の異変に一早く対応した。違う?」

「知らん。儂は協議会の後で、惰眠を貪っておった」

「ふ~ん。それで、神気を吸われたと。そんな答えじゃ、流石にお兄ちゃんでも、納得しないよ」

「知らん。お主らは、こんな所で油を売っとらんで、早く家に帰らんか」

「私達がこの大陸で暴れて、何者かの思惑をぶっ潰す。それで、引き摺り出そうって魂胆だね」


 山の神は、再び押し黙る。

 最初こそ動揺が見えたものの、直ぐに落ち着きを取り戻した。流石は海千山千の老巧な神である。しかし、ペスカも負けていない。


「黙秘は肯定と取るよ。良いの?」

「これ以上、お主らは関わってはいかん!」

「こんなに深く関わってるのに、何言ってんの? 馬鹿じゃ無いの?」

「お主の為に言っておるのだ! わからんのか!」

「余計なお世話だよ、山さん。私にはお兄ちゃんが付いてるもん」


 その時初めて、山の神が声を荒げた。

 短い付き合いでも、冬也は知っている。山の神は、叱る事は有っても、怒鳴り散らす事は無い。その山の神が声を荒げるなら、相当の事なのだ。

 それなら尚更引く訳にはいくまい。

 

「今からでも良い、手を引け! それで、異世界に帰れ! お主らの様な子供が関わって良い問題では無い!」

「山さん。わりぃが、手は引けねぇよ」

「冬也! お主は、事の重大さを知らんのだ!」

「そりゃ、山さんが教えてくれねぇからだろうが」

「良いから言う事を聞け! 狙われとるのは、お主の妹なんじゃぞ!」


 顔を真っ赤にして、山の神は怒鳴り散らす。だが、ペスカはニヤリと笑みを浮かべた。


「ようやく本音が聞けたよ。おおよその事情もわかったし。ありがと、山さん」

「お主・・・。怖くは無いのか?」

「怖いよ。でも、お兄ちゃんがいるもん。それに、山さんも味方なんでしょ?」


 なんと強い子供なんだろう。

 山の神はそれ以上の言葉が出なかった。


「例えどんな奴が相手でも、ペスカを傷付ける野郎は、俺がぶっ飛ばしてやる。心配すんな山さん」


 実感の籠った強い言葉、山の神にはそう感じられた。

 確かにラフィスフィア大陸での動乱は、この二人が中心となり収めたのだ。それ故に説得力がある。

 冬也は妹を、ペスカは兄を信頼して止まない。二人の深い絆を感じ、山の神はふうっと息を吐くと、ゆっくり言葉を紡ぐ。

 

「そうか、ならもう何も言わん。それと南の事は儂に任せておけ、上手く取り計らおう。お主らは北と西に向かえ。悪意に取り込まれた同胞が、原始のドラゴンを狙っておる。じゃが、儂の様に避難した神もおる。助力を願えば、戦力になるじゃろう」

「わかったよ。ありがとう山さん」

「くれぐれも注意するんじゃぞ。特にペスカ、お主はな」

「うん。じゃあ行こっか、お兄ちゃん」

「おぅ。ありがとな、山さん」

「お主は、ちゃんと妹を守るんじゃぞ」

「あぁ、約束するぜ」


 ペスカは立ち上がり、スールの背に乗る。続けて冬也も、スールの背に飛び乗った。二人を乗せて、スールは飛び上がる。

 そして二人は、山の神に手を振った。

 

 目指すは、ノーヴェとミューモが待つ北と西へ。そして、北と西の大陸では、未だブレスが吹き荒れる。

 それは、戦いの序章でしかなかった。

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