第167話 ドラゴンの谷へ

 黒い光に胴を貫かれたスールは、その長い生涯に終わりを告げた。しかし、冬也とペスカにより蘇り、大量の神気を有する神龍へと変貌を遂げた。


 スールは、二人を背に乗せ、上空へ舞い上がる。

 高く飛び上がった先に見えたのは、真っ黒い闇に染まる密林と、闇が広がる光景だった。遠目で大地の詳細な様子はわからないが、禍々しい瘴気が放たれているのは見て取れる。

 そして、次々に黒いドラゴンが生まれては、大地から飛び立っていく。


「なんだあれ!」

「予想以上だね。スール、ここにはニューラがいたと思うんだけど」

「ペスカ様。ニューラは新たに生まれた邪神に、体を乗っ取られました。かなり抵抗した様ですが」

「そう・・・」


 驚く冬也と、言葉を失うペスカ。

 無理も無いだろう。メルドマリューネで起きた現象と、似た様な事がこの大陸で起こり、更に広がりを見せているのだから。

 

「見えますかな、あの広がる闇を。お二人には結界を張り、闇の広がりを食い止めて頂きたいのじゃ」


 スールに神気を与えた為、広大な大地に結界を張れる程の神気は残されていない。

 それは、ペスカとて然程変わりはない。だが、二人は視線を合わせて頷き合う。


「お兄ちゃん、私に合わせてね」

「おぅ、任せたぞ」


 ペスカと冬也は、残された神気を高める。そして自分達の神気を大地に繋げる。


「大地母神ミュールに代わり命ずる。この地に眠る女神の力を持って盾と成せ。邪なるものを通さぬ無双の盾を。その力を持って悪意を封じよ」


 ペスカと冬也の神気が大地に流れ込む。

 そして、大陸の東を取り囲む様に、光の線が走った。光の線からは、目には見えない障壁が、東の地を取り囲む様にドーム状に広がり、密林を包んでいった。


 黒い闇から生まれ続ける黒いドラゴンは、障壁に阻まれて出る事が出来ずにいる。黒い闇も拡大する事が出来ずにいた。東の地から溢れる瘴気は、障壁に阻まれ漏れ出す事は無い。

 女神ミュールの力を借り、結界を張る事は成功した。


 少し肩を撫で下ろすペスカと冬也。それは、スールも同様であった。


「流石は主とペスカ様」

「おい、スール。その主ってのは、止めろ!」

「諦めなよ、お兄ちゃん。スールはお兄ちゃんの眷属なんだから。可愛がってあげて」

「一先ず、ここから離れましょう。このまま、我が住処へご案内致します」

「よろしくね。スール」

「おい、呼び方!」


 冬也の叫び声が空しく響き、スールは二人を背に乗せたまま飛び立った。

 ペスカと冬也は、ここまでの道中でマナを使い過ぎている。それに加え、スールを蘇らせる為に、神気を使い過ぎた。その上、広大な範囲の結界を張った。

 既に疲れ切って、とても戦える状態では無い。


 結界のおかげで、暫く時間稼ぎが出来るだろう。それに状況は、ペスカと冬也だけで、どうにか出来るレベルを超えている。

 態勢を立て直し作戦を練り、万全を期して臨む事が肝要である。ペスカと冬也はスールの背に、腰を下ろす。やや気が抜けると共に、疲れが二人の体を鉛の様に重くした。


 スールは、二人が背中から落ちない様に、自身の身体に対物障壁を張る。そして、ゆっくりとスピードを上げ、スールは飛んでいく。

 ドラゴンの飛ぶ速度は、優にマッハを超える。そのスピードで飛べば、如何に障壁で風圧を抑えたとて、酷い振動や揺れで、激しい酔いを起こすだろう。


 スールは二人に負荷がかからない様に、スピードを抑えながら、ドラゴンの谷に向かった。

 慣れない空の旅は、ペスカ達には快適とは良い難い。しかし、ドラゴンの谷までは、そう時間はかからなかった。

 

 短い道中の間に、スールはペスカ達にこれまでの経緯を語った。

 ニューラを襲った、新たな神と自称する存在。ニューラが残した、闇や神と言った言葉。スールの説明で、全ての謎が解けた訳では無い。ただ、トロールの暴走とロメリアに似た邪神の出現。

 これは、ペスカが予測した通り、大陸の東側に因果関係がある事は確定的であろう。


 ペスカは考え込む様に、眉根を寄せる。特にニューラが残した、たどたどしい言葉。その言葉に隠された意味を探そうと、ペスカは頭を働かせた。

 

 大陸の南側、スールの支配地域の中でもやや北寄りに、六千メートルを超える大きな山脈地帯がある。

 スールは、その山脈地帯の間に走る深い谷に、ゆっくりと降りていく。谷の主が戻った事を感じた待機中のドラゴンが数体、スールを出迎える様に飛び、声をかける。

 

「長よ。ご無事でしたか」

「無事では無い。この方々のおかげで、再び戻る事が出来たのじゃ」

「東で何が有ったのですか?」

「新たな邪神が生まれ、ニューラの支配地が闇に呑まれた。今、北と西の長に使いを出しておる。じゃが、戻りが遅いのが気になる。お主等は、手分けして様子を見て来い」

「承知いたしました」

「くれぐれも、気をつけよ。危険が有れば直ぐに戻るのじゃ。良いな」

「はっ!」


 出迎えたスール配下のドラゴンは、すぐさま北と西に向かい飛んでいく。スールは谷底深くまで降りると、ペスカ達を背から降ろし声をかけた。


「先ずは、お休み下され。後の事はそれから話しを致しましょう」


 ☆ ☆ ☆


 一方、ゴブリンの里では、軍団を二手に分けていた。

 治療班はエレナが率い、トロールの治療へ。残りは、意識を取り戻したコボルトを集めていた。


 コボルト達は、ゴブリンの傘下に入る事が確定した。

 洗脳されていたとは言え浅く、戦いの記憶は残る。無論、ゴブリン達から与えられた恐怖も。極めつけは、ズマの脅しだったかも知れない。

 

「裏切りは許さん。もし、我等の寝首を搔こうとするなら、貴様等には鉄槌が下ると覚えよ」


 コボルトの大軍は、尽く震えあがり、ズマに従った。

 トロールの治療も順調に進む。ただ、モンスター化まで症状が進行していた事も有り、トロール達にはここ最近の記憶は残されていなかった。

 また、ゴブリン達をいたぶっていた事も、トロール達の記憶からは消えていた。

 既に姿が変わり、異質の存在となったトロール達も、大陸を守る戦力と成る為、ゴブリンの傘下に収まる。


 こうして、約百の巨大トロール、およそ八百近いコボルトが、ゴブリンの配下となり、大軍団が出来上がる。

 冬也から言われた統一の期限は、僅か五日。コボルトの件で一日が経過した為、残り四日。

 大陸南の魔獣を全て、配下に加える為の過酷な試練は、未だ終わらない。


 戦力はゴブリンを中心とした、コボルト、トロールだけでは無い。サイクロプスで有るブルは、魔攻砲を抱えて、ゴブリンへの協力を約束した。当然エレナは、作戦遂行の為に右往左往するだろう。

 心強い味方を加えて、大組織となったゴブリン軍団。試練は未だ始まったばかりであった。 

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