第163話 エンシェントドラゴン、スール

 ドラグスメリア大陸の東は、一帯が黒い闇に染まっていた。

 その闇から、黒いドラゴンが次々と現れる。溢れ出す勢いで生まれ続ける黒いドラゴンに向かい、輝くブレスが放たれる。そして、黒いドラゴンを消し飛ばしていった。


 大空には、全身が黄金の様に光り輝く、巨大なドラゴンの姿。それは、ドラグスメリア大陸の南側を支配する、最も古いドラゴンの一体である。

 

 原初の神々が世界を創造した時、初めて作った生物は四体のドラゴンだった。

 どんな生物よりも知能が高く、あらゆる魔法を使いこなす。マナの保有量は、湖よりも深い。

 ドラゴンは、ロイスマリアに生きるどの生物よりも、神に最も近い力を持つ。そして神から、世界の守護を任された太古の存在であった。


 神の代理として、他種族間の戦争に介入した事が有る。神の先兵として、世界の理を乱す者を滅ぼしてきた事も有る。

 四体のドラゴンは、自由に大空を飛び、世界を守り続けてきた。


 そしてドラゴンは強大な力を持つ故、子を成さない。元より、永遠にも近い寿命を持つエンシェントドラゴンは、次代を継ぐ者を作る必要が無い。しかし、世界を守護するには、四体では心許ない。

 純潔とも言える四体のドラゴン、ノーヴェ、ニューラ、ミューモ、スールは、力の強い他種族を自分の眷属とする事で、種族を増やしてきた。


 眷属となる際に、元の種族からドラゴンへと姿が変わる。

 眷属のドラゴンとはいえ、ドラゴンの力は他の生物と一線を画す。故に、四体のエンシェントドラゴンは、限られた者しか眷属化をする事はなかった。

 だからこそ、黒いドラゴンが次々に現れる状況は、異常そのものだった。


 ドラグスメリア大陸の南を住処とするスールが東に向かったのは、ペスカと冬也が大陸に降り立った頃と、ほぼ同時期だった。

 女神ミュールの命を受けたスールは、大陸の東で起こる異変を食い止める為に、眷属を連れて飛び立った。

   

 東の地でスールが見たのは、真っ黒に染まった密林と、そこから溢れ出る黒いドラゴンである。豊かな緑は、影も形も無い。

 変わり果てて光景を目の当たりにし、スールは大陸の危機を感じた。そして自ら先陣に立ち、黒いドラゴンを消し飛ばす。


 しかし、どれだけブレスを吐いても、黒いドラゴンは闇の中から生まれ続ける。黒い闇は浸食する様に、東から各地へ範囲を広げていく。

 ブレスだけでは止められない事を悟ったスールは、これ以上闇が広がらない様に、眷属の力を借りて結界を張る。


 ただ、その結界は意味を成さなかった。ドラゴンの結界はあっさりと破壊され、黒い闇が広がっていく。既にドラゴン達では、止める事が難しい

 それ程に、事態は深刻化していた。


「本格的に不味いのぅ。これでは、ニューラが無事と思えんな。残してきた息子達は、大丈夫かのぅ」


 スールは、溜息を吐く様に呟いた。

 東の地を住処にするニューラの眷属は、スールと同様に数体しか存在しない。

 しかし、これだけのドラゴンが現れるのは、ニューラが無尽蔵に眷属を増やし続けているのだろう。それは、ニューラが闇に落ちた事を意味する。

 スールは最悪の事態を想定し、北に住まうノーヴェ、西に住まうミューモの下へ、眷属達を使いを出した。

 

 スールは、無詠唱で複数の魔法を操り、闇から生まれる黒いドラゴン達に向けて放つ。

 光や炎の球が、天空から降り注ぐ。それと同時に、大気に宿るマナを取り込む様に、深く息を吸った。

 

 魔法で作られた大量の球が降り止むと、スールは最大級のブレスを吐く。

 闇に染まった大地を、焼き払う様な勢いのブレスが、黒いドラゴンごと闇を消し飛ばしていく。ブレスを受けた密林は、浄化された様に闇が消えていく。しかし、直ぐに密林は黒く染まる。


 払っても直ぐに闇は広がる。神に最も近いドラゴン、スールの力を持ってしても、それを止める術は無かった。

 

「駄目じゃ。ノーヴェ、ミューモ、早く来てくれ。儂だけでは、止められん」


 だが、そのまま手をこまねいている訳にはいかない。スールは、ブレスと魔法を併用し、湧き出るドラゴンと大地の浄化を続けた。


 だが異常事態は、広がる闇と黒いドラゴンだけでは無い。

 本来ならば、大陸の東にも土地神が存在する。女神に託された大地を、土地神達が止める事無く、なすがままに蹂躙されるとは考えられない。

 この闇は、神をも凌ぐ力を持つとでも言うのだろうか。


 スールは思考を続けながらも、浄化を行う。暫くの後、懸命に抗うスールの頭に、呼びかける声が聞こえた。


「・・・・・ス・・・。ール・・・。・・・ル。キコエ・・・」

「な、ニューラ! ニューラなのか? ニューラ、聞こえるか? ニューラ!」


 途切れ途切れに頭に響く声は、古い友の声であった。

 慌てて、スールは問いかける。だが、応答は途切れて良く聞こえない。


「・・・ツタエ・・・。タノ・・、スール。スベテ・・・・ヤミニ・・・」

「どう言う意味じゃ、ニューラ! 無事なのかニューラ!」

「カミハヤミ・・チタ。オレハ・・ダメダ。・・・ミュ・・・マニツタ・・・レ。タノ・・・スール」

「闇? 闇がどうした! ニューラ、ニューラ!」


 スールの頭に響く声は、プツリと途切れる。

 辛うじて聞き取れたのは、闇、神、駄目だ、そんな断片的な言葉である。しかし事が、想像以上に深刻なのは伝わってきた。


 沈黙する土地神、そして片言の連絡を告げて途切れたニューラ。全てが闇に呑まれ、その力を媒介にしているなら、広がる速度が速すぎるのも頷ける。

 このまま広がれば、数日もかからずに大陸中に闇が広がるだろう。


 スールは身も凍る様な思いに囚われる。慌てて女神ミュールに連絡を取ろうと、マナを高める。その瞬間、再びスールの頭に呼びかける声が聞こえてきた。

 もしニューラが無事であるなら、取れる手段が有るかもしれない。

 

「ニューラ! ニューラ! しっかりするんじゃ、ニューラ」


 スールは、懸命に呼びかける。しかしスールの声に反応したのは、ニューラと異なる禍々しいものだった。


「ハハ、ハハハハ。やっと、洗脳が終わったよ。この体は僕の物だ。ハハハハハ」

「貴様! ニュールでは無いな! 何者だ!」

「僕かい、神だよ。これから、世界を飲み込む。新たな神だ」


 スールは、血が凍りつく様な寒気を感じた。

 人間の大陸ラフィスフィアで、邪神は消滅した。しかし、今スールが感じている気配は、彼の邪神そのものである。もし、復活を遂げたのなら、スールだけでは止められない。

 スールはマナを高める様に集中し、女神ミュールへの連絡を急ぐ。


「ミュール様。聞こえますか、ミュール様」


 女神ミュールとの通信に、スールが気を取られた瞬間だった。大地を染める闇から、黒い光が放たれて、スールの胴を貫いた。

 

 激しい痛みが、スールの全身を駆け巡る。スールは飛行能力を失い、落下していく。真下には闇が広がっている。このまま落ちれば、自分も闇に呑まれてしまう。

 スールは、懸命にマナを使って飛空した。辛うじて、闇に染まっていない南の地に墜落したものの、そこでスールは意識は途切れる。


 新たな邪神の誕生し、広がる闇を食い止めていた、エンシェントドラゴンは姿を消した。

 ドラグスメリア大陸に、未だかつてない混迷が広がろうとしていた。 

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