第160話 ゴブリンの反撃

 ズマは、ゴブリン軍団全員に、肉体強化の魔法の真実を伝えた。

 

「イメージをしっかり持て。俺は恩人達の三人をイメージした。その後は、マナを意識して女神ミュールに祈れ」


 冬也と関わりを持ったゴブリンは少ない。

 しかし、自分達を治療してくれたペスカ、訓練教官となったエレナの姿は、ほとんどのゴブリンが容易に想像が出来た。


 全てのゴブリン達が一様に、能力が高まる訳では無い。不揃いな点は否めないが、呪文を唱えた後のゴブリン達からは、今までとは明らかに違う力の高まりを感じる。

 直ぐにズマは、思い付いた作戦を皆に伝えた。


「今から班を元に戻す。遠距離狙撃班は、左右に分かれて牽制を行え! 索敵班は、麻痺毒の実を搔き集めろ。後方支援班は、傷付いた仲間達の治療だ。近距離攻撃班は、俺に着いて来い」

「族長。毒の実を集めた後は、どうするのですか?」

「すりつぶして、使用可能にしろ。近距離攻撃班が奴らの足元を撹乱する。その隙に、麻痺毒を密林の上に散布しろ。奴らを体内から破壊する」

「族長。回復させた仲間は、どうするのですか?」

「里の護衛に回せ。戦況次第では前線に出て貰う。だが、俺の指示を待て。それと後方支援班は、治療の他に矢の作成を行え」


 ズマは、全員を見渡す。そして、力強く仲間達を鼓舞する。


「俺達は、今この瞬間に大陸最弱の汚名を返上する。この脆弱な体でも、巨人を倒せる事を示す! 皆、自分を信じろ!」


 ゴブリン達から、一斉に掛け声が上がる。


「戦え! 勇敢なるゴブリンの一族よ! 奴らを倒すぞ!」


 ゴブリン達から津波の様な雄叫びが上がり、興奮は最高潮に高まる。

 

「行くぞ!」


 ズマの掛け声と共に、後方支援班と傷付いた仲間を除く、全てのゴブリン達が密林内を駆けだした。


 ズマが最初の作戦を遂行した際に、頭から抜けていた事が有った。

 肉を獲る事が出来ないゴブリン達は、木の実や植物等を主食としてきた。その為、植物が有する毒についての知識は、他の種族よりも深い。

 そしてゴブリン達は知っている。密林とその上空では、空気の流れが異なる事を。密林の上に毒を撒くだけで、顔を出すトロール達は必然的に、大気中に散布された毒を吸い込む。


 天の時は地の利に如かず。

 密林はゴブリン達の味方として、ならず者のトロール達を排除する意思を持っている。地の利はこちらに有るのだ。それでも、劣勢には変わりない。

 圧倒的な力と数のトロールに対して、ゴブリン達がどの様に抗うのか。それは、ズマが身を持って、仲間たちに示した。

 

 先頭を走るズマは、その手に有る石のナイフを軽々と粉砕する。武器は必要ない、本当の武器は己の体なのだから。

 そしてズマは、両手と両足にマナを集中させて、トロールに正面から突っ込んだ。

  

「この拳は、全てを砕く。この足は、全てを薙ぎ払う。我が体、爪の先まで全身が武器なり!」


 ズマのマナは、再び爆発的に高まる。

 思い切り跳躍したズマは、スピードを乗せてトロールの鳩尾を目掛けて、拳を振り抜く。ズマの拳は、黒く硬いトロールの皮膚を突き破る。トロールは、全身を巡る痛烈な痛みにより昏倒した。


 元より、一対一では敵わないはずの相手だった。相手は更に大きく強くなった。そんな相手を、ただの一撃で倒したのだ。

 ゴブリン達の歓声は、密林の中に響き渡り、木々を大きく震わせた。


「皆、俺に続け!」


 ズマの怒声が、密林に響く。

 近距離攻撃班が、一斉にトロールの大軍に迫る。そしてズマを真似て、口々に呪文を唱える。

 身体の強化を得てゴブリン達は、トロールの厚い皮膚を突き破る、鋼鉄の弾丸となった。


 ある者は足を砕き、ある者は睾丸を潰す。トロール達の前線から、次々に負傷者が増えていく。また、負傷して倒れるトロールを、迂回しようと左右に分かれた所に、矢が降り注いだ。

 目を貫かれて、膝を突くトロールが量産される。


 地の利は人の和に如かず。

 ゴブリン達の連携が、トロールの大軍を足止めし始めた。


 ゴブリンの奮闘は続く。中でもズマは獅子奮迅の活躍を見せる。全身を鉄の様に硬くし、トロール達を屠り続ける。

 返り血で真っ赤に染まったズマの姿は、誰もが最弱とは呼ばないだろう。


 近距離攻撃班は、ズマを中心にトロール達を倒し続ける。後方支援班は矢を大量に作成し、遠距離狙撃班に手渡す。

 ズマの作戦が効果を上げ、ゴブリンの軍団が機能していく。   

 

 巨体と剛腕が取り柄のトロールは、素早く動くゴブリンを捉えられない。視界の悪い密林の中では、尚更だろう。 

 無造作に棍棒を振ろうとも、ゴブリン達は容易く躱し、トロールに深いダメージを与える。足元に意識を向ければ、矢が瞳を貫く。矢の出現元を探ろうとすれば、足元からゴブリンが迫る。


 小一時間の戦闘が続く中、トロール軍団の後方からも倒れる者が現れた。索敵班が散布した麻痺毒が、効果を出し始めたのだ。


 トロール達は次々と倒れ、半数以上のトロールが先頭不能となっていた。戦力の大半を失って初めて、トロール達に動揺が生まれた。

 

 命令に従い、盲目的に行動するトロールと、強い意志を持って抗おうとするゴブリン。その違いは、明確な結果として現れた。

 ただ周囲を破壊しながら、ゴブリンの集落を向かっていたトロール達は、困惑する様に動きを止める。

 

「どうやら、上手くやってるようだね」

「ペスカは、この結果を予想してたニャ?」

「半分位しか期待してなかったよ。頑張ったね。充分な成果だよ」

「あいつ等が上手くやれなければ、どうしてたニャ?」

「その時は、エレナの出番だよ。まさか、嫌とは言わないよね。作戦を伝えた時に、任せるニャって言ってたのに」

「当たり前ニャ。あいつ等は私が守るニャ。でも、あいつ等マナを使い過ぎニャ。これ以上は、不味いニャ」

「そうだね。お兄ちゃんからの荷物が届いたし、一気に止めと行こうか」


 ペスカが視線を向けた先には、大きな木桶が蔦によって運ばれてくる様子があった。ペスカは神気を通じ、木桶を後方支援班の所まで運ぶ様に、木々に指示をする。

 

「さぁ、行くよエレナ」

「わかったニャ」


 木桶に続くように、ペスカとエレナが集落から飛び出した。ペスカとエレナの動きは早く、直ぐに後方支援班が待機する場所に辿り着く。


「直ぐに伝えて! 全軍撤退だよ!」


 ペスカの言葉を受けて、ゴブリンの一体が指笛を鳴らす。指笛が密林に響き渡る。ゴブリン達は攻撃を止め、ズマを中心に撤退を開始した。


「じゃあ、お願いね」

 

 ペスカは、語り掛ける様に、大地に神気を流す。

 木々から、大量の蔦が伸び、木桶の中にある手榴弾型の魔鉱石を掴む。スリングの様に遠心力を利用し、魔鉱石をトロールに投げつけていく。

 魔鉱石は、放物戦を描きトロールの頭に当り爆発する。爆発と共に光が周囲に広がり、トロール数体を包む。光に包まれたトロールは、意識を失い倒れ伏した。


「おぉ! 流石お兄ちゃん。神気マシマシだね。続けて、投げちゃって」


 ペスカの言葉に応える様に、蔦は魔鉱石を掴み次々に投げていく。

 トロールの頭上から、雨の様に魔鉱石が降り注ぎ爆発する。爆発は連鎖的に広がり、周囲数キロが光りに包まれる。

 

 既にゴブリン達の手によって、視界を潰されたトロールを含め、次々とトロール達の意識が刈り取られていく。

 あっと言う間に、侵攻してきた全てのトロールが浄化される。副次的な効果か、トロールに破壊された密林の木々に、緑が戻り始めていた。


 神秘的な光景に、ズマを始め退却中のゴブリン達の足が止まる。エレナは言葉を忘れ、ただ茫然と眺めていた。


「じゃあ、エレナ。後はよろしくね」


 ペスカから声をかけられ、エレナは我に返る。ペスカはゴブリン達から離れ、トロール達の下へ走る。


「な、何がよろしくニャ。待つニャペスカ」

「ちょっと、着いて来てもいい事ないよ。集落に戻って、ズマ達と待機してなよ」

「ペスカは変ニャ。隠しても無駄ニャ」


 走るペスカをエレナは執拗に追いかける。そしてペスカは少し溜息をついた。 

 

「はぁ。仕方ないな。さて、鬼が出るか蛇が出るか。どっちにしても、動きが有ると良いね」

「ペスカ、どう言う意味ニャ?」

「これからが、本番って事だよ」


 エレナは首を傾げる。

 そしてペスカの言葉通りに、局面は動きを見せる。それはエレナの常識を塗り替える、生物の英知を越えた異常な事態であった。

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