第148話 先ずは狩りを覚えよう

 意図せずに冬也が鼓舞した形になったが、エレナは意気揚々と瞳に炎を宿す。かつて、国境警備隊を鍛え直した事を思い出し、エレナはゴブリン達の訓練内容を思い浮かべた。

 だが、エレナは肝心な事に気が付いていない。


 運ばれて来たゴブリン達の介抱を続けていたズマが、空き小屋に戻って来る。


「*******」

「そう、お疲れさまズマ。あなたもゆっくり休みなさい」


 エレナは首をかしげた。

 ズマと呼ばれたゴブリンは、何を言っているのだろう。ふと思い出せば、トロールも何か言っていた様だが、理解はできなかった。


「そう言えば、ズマ。おまえ達はいつも何食ってるんだ?」

「*******」

「いや、それじゃあ腹減ってしょうがねぇだろ。もうちっと、ましな物食えよ」

「*******」

「そう言う問題じゃねぇよ。狩りの仕方もわからねぇのか?」

「*******」


 ズマの表情としぐさで、何と無く言わんとしてる事が、わかる気がする。

 だけどエレナには、やはり言葉がわからない。なのにペスカと冬也は、なぜ会話をしている。


「ちょっと待つニャ、冬也。なんでゴブリンと会話しているニャ。言葉がわかるのかニャ? おまえは余り賢そうに見えないニャ。不思議ニャ」

「随分な、言い方じゃねぇか、エレナ」

「本当の事ニャ。私は嘘をつかないニャ」


 ピクリと眉を動かす冬也。不思議そうに首を傾げるエレナ。

 別段、腹を立てている訳では無いだろうが、これ以上エレナが不用意に冬也を挑発すると、鉄拳が降り注ぎかねない。

 ペスカは仲裁する様に、話しに割り込んだ。

 

「あのさ、エレナ。あなたは、魔法を使えないの?」

「魔法は苦手ニャ。でも、困らないニャ」

「いや、現に困ってるじゃない」

「何の事ニャ?」

「私達は、ゴブリンの言葉を知ってるんじゃないの。魔法で通訳してるだけだよ」

「ズルだニャ!」

「ずるく無いよ。馬鹿なの? あなたは、言葉も伝わらない相手に、どうやって軍事指導をするの?」

「無理だニャ。困るニャ。どうにかして欲しいニャ」


 回転の良い頭を持つ癖に、操りやすい単純な性格。悪気が無く思った事を口にする割には、案外その場の空気を読んで行動する。警戒心が強い割に、人懐っこい。

 ペスカは、そんなエレナを憎からず思っていた。

 

「仕方ないな。お姉さんが、人肌脱いであげよう」

「何言ってるニャ。おまえはちびっ子だから、私がお姉さんニャ」

「はいはい。ならお姉ちゃんに、魔法をかけてあげるから、じっとしてるんだよ」


 ペスカは、エレナの額に手を翳す。

 そして、言語野に働きかける様に、呪文を唱えた。


「汝、異なる言語を解せ。これより後、全ての言語は、共通した一なる言語へ」


 呪文と共にペスカの手が光る。エレナは眩しさに目を瞑り、光が消えるのを待つ。

 暫くし、おずおずとエレナが目を開くが、特に変わった様子が無い様に感じる。


「何か変わったかニャ? ペスカは失敗したニャ?」

「失敗したかどうかは、試してみたら」


 ペスカが、ズマに視線を送る様な仕草をする。そしてエレナは、ペスカの意図を汲み、ズマに話しかけてみた。


「あ、あ、あ。わかるかニャ? 伝わってるかニャ? おまえ、ズマって言うんだニャ? 私はエレナニャ」

「うん? わかるぞ。ズマだ、変な姿の人間よ。エレナだな。理解した」

「凄いニャ。伝わったニャ。でも、変な姿は酷いニャ」

「それは悪かった。だが、おまえは我々と近しい存在な気がする」


 知識に乏しいだけで、ズマの言葉には悪意がない。理解力も有る。ちゃんと教育をすれば、真面目な分だけ伸びしろは大きいだろう。

 ズマが仲間の為に、忙しなく動いているのを、エレナは見ていた。だからこそ警戒心の強いエレナが、簡単にズマという異形の存在を受けれたのだろう。


 和やかなムードが辺りを包む。そして、エレナの腹が盛大な音を立て、更に穏やかな空間を作り上げていく。

 だが、空腹は大問題である。取り急ぎ、ズマに集落の食糧庫へ案内させる。しかし、木の実が少し残っているだけで、碌な物が無かった。


「おまえら、本当に何食ってんだよ」

「さっきも言っただろう。木の実だ。前はトロールが、ネズミや蛇をくれたがな」


 冬也は頭を掻きながら、エレナに向かい合う。


「エレナ。おまえ、狩りってした事あるか?」

「勿論ニャ。得意ニャ!」

「因みに、おまえらの狩りはどんなのだ?」

「どんなのって普通ニャ。獲物を見つけたら、息をひそめて近づく。隙を見つけて一気に倒す。それだけニャ」

「弓とかは、使わないのか?」

「使えるニャ。当たり前の事を聞くニャ」

「じゃあ、エレナ。先ずはズマに、狩りの仕方から教えてやってくれ」

「はぁ? 馬鹿ニャ? 狩りも出来ないニャ?」


 冬也は、空の食糧庫で大きく腕を開き、エレナに言い放つ。


「見ろよ、この空っぽの食糧庫! それと少し残った木の実! こいつらの食事は、これっぽちなんだよ。狩りが出来なくて、碌に飯が食えねぇから、こいつらガリガリに痩せてるだろ!」


 エレナは、まじまじとズマを見た。

 確かに冬也の言葉通りに、ズマは骨と皮だけの様に、瘦せこけて見える。これでは訓練どころの話しでは無い。


「言われてみれば、そうニャ。痩せっぽっちなのは、いけないニャ。食べないと元気にならないニャ」

「当面の食糧確保なんて言わねぇから、せめて四人分の食糧を取って来い!」

「わかったニャ。行くニャズマ」


 エレナは、ズマの首元を掴み小屋を出て、密林の中に消えていく。冬也は、少しため息をつくと、後を追う様に小屋を出る。そして、密林に向かって歩きだした。


「お兄ちゃん。どこへ行くの?」

「あいつらだけだと不安だから。俺も何か取って来るよ」

「気を付けてね。私は、怪我人の経過観察が有るから残るよ」

「あぁ。わかってる。そっちは頼むよ。それと、何か有れば木々が教えてくれるはずだ」

「うん。いってらっしゃい」


 冬也も密林に消え、獲物を探す。

 冬也の場合は、狩りとは言えまい。密林が獲物の場所を教え、それを辿るだけの簡単な作業だ。しかしズマは違う。碌に狩りが出来ない為、エレナのしごきを受けていた。


 集落を出て数分で、エレナは鳥のさえずる声を聞く。直ぐにズマへ手で合図をし、音を立てない様に指示をする。

 だがズマは、エレナの合図に気が付かず、音を立てて木に登ろうとする。当然の結果だが、鳥はズマに気が付き、羽音を立てて飛び去って行った。


「ズマ、音を立てたら駄目ニャ」

「すまない、エレナ」

「次は、気を付けるニャ」


 ズマは、申し訳なさそうに肩を落とす。しかし、エレナは気にするなとばかりに、明るく手を振った。


 最初から上手く行くなら、教える必要は無いのだ。出来なくて当然である。一つ一つ間違いを指摘し、正しい方法を教えればいい。

 ただ、もし数度の失敗で諦める位なら、生きる事を諦め死を待つだけの、惰弱な種族としか言いようがない。それなら、いくら頼まれ様とも、教える事は何もない。


 少し密林を歩くと、木の麓を這う蛇の姿を、エレナが見つける。


「ズマ。私のナイフを貸すニャ。後ろから近づいて、一気にグサッといくニャ」

「わかった。後ろからだな」


 ズマは、ナイフを順手で握り構える。

 そして、蛇の後ろからそっと近づき、手首を無理に捻る様に、ナイフを振り下ろす。しかし、ナイフは蛇に掠る事なく、大地を抉った。

 何度ズマがナイフを振り下ろしても、呪いでもかかっているかの様に、ナイフは蛇を捉えなかった。そして、蛇がいつまでも、そのままでいる訳が無い。直ぐに体を動かし、茂みの中に消えていく。


「ズマ。おまえ、冗談かニャ? 本気でやらないと、獲物は取れないニャ。そもそも、ナイフの握り方が変ニャ」

「本気でやっているぞ。何を言ってるんだエレナ」


 流石のエレナも、呆れた表情でズマを見つめた。

 不器用以前の問題である。狩りが出来ないと言うより、狩りの仕方を全く知らないのだ。だからわざわざ音を立て、獲物に自分の居場所を知らせる。それに武器の扱い方もなっていない。


 ゴブリンは本当に弱いのか? 違う! 戦い方を知らないだけ、獲物の取り方を知らないだけ。それなのに、誇りだけは一人前。そんな物は生きていく上で、何の役にも立たない。誇りより大切なのは、生き抜く力だ。仮に卑怯だと罵られ様が、生き抜いた者が勝ちなのだ。

 これを彼らに教え込まないと、ゴブリンという種族は、いずれ自然淘汰されるだろう。


 かつて鬼隊長と言われた、エレナの一面が姿を現す。

 鬼となり、ズマを鍛え上げよう。その一心で、エレナはズマに剣突を食わせる事に決めた。

 数分後、野ネズミを見つけ取り逃がした際は、エレナは容赦なくズマを殴りつけた。


「きさまぁ~! 何度言ったらわかる! 音を立てるな! 獲物が逃げるだろ!」

「今はおまえの声がでかい」

「口答えするな! 獲物も取れないゴミ屑がぁ! 教官と呼ばんかぁ!」

「教官。おまえが、ウガッ」


 エレナに殴られ、頭を押さえるズマ。しかし、エレナの罵声は止まらない。

 

「答えは、はいだ。わかったかズマ!」

「はい。わかった」

「馬鹿者! はいだけで良い!」

「はい!」

  

 エレナは叱責と共にズマを殴り飛ばす。何度も何度も、痛みと共に体に覚え込ませる。言葉遣いから態度まで、全てを叩き直そうと、エレナはズマを叱りつけた。


「わかったなら、早く獲物を探せ! 全員分の獲物を確保しなければ、帰れんぞ!」

「はい!」

  

 結局、日が暮れてもズマは、獲物を取る事が出来なかった。

 エレナは、ナイフの握り方から、体捌き、歩行術などを色々教えたが、一長一短で技術は身につかない。

 だが、エレナにどれだけ殴られても、ズマは立ち上がる。教えられた事を、身に付けようと、必死に足掻く。 

 エレナは、そんなズマの姿を好ましく感じていた。

   

「もう日が暮れた。貴様は夜目が利かぬだろう。今日は、私が取った獲物を持って帰る」

「はい!」

「明日も狩りの訓練を続ける。貴様に続ける覚悟は有るか?」

「有ります!」

「明日は必ず、獲物を取れ! 出来るか?」

「出来ます!」

「なら、やり遂げろ! わかったな!」

「はい!」 

  

 集落にもどったズマを見たペスカは、少し引き攣った表情になる。対して冬也は、とても満足気な表情でエレナとズマを迎えた。

   

「この調子で、ゴブリン達を鍛え直すニャ」


 エレナの表情は、星明りに煌めく様に輝く。そしてズマの表情は、今朝とは全く異なり、引き締まったものになっていた。

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