第131話 空の選択 その2

 ペスカに勧められて、療養所に向かった空は、目を疑いたくなる光景に遭遇する。運ばれていたのは、旧メルドマリューネ戦で負傷した兵士だけでは無かった。


 手足が千切れ飛ぶ者、大火傷を負い苦しんでいる者、全身の複数個所が骨折し動けずに居る者等、様々な症状で苦しむ一般民達が、手当てを受けていた。

 いずれも、旧メルドマリューネのミサイル攻撃で、運よく生き残った者達である。

 

 兵士と一般民が混じり、治療を待っている。患者に対して、療養所にいる職員の数が圧倒的に少ない。故に多く見受けられるのは、応急手当を施された後、放置されている患者である。

 痛みは消えていない、歩く事もままならない。そんな患者達が、療養所の廊下にひしめいていた。

 

 そこかしこから、苦しみ喘ぐ声が聞こえる。だれもが治療の順番を待ち、痛みに耐えていた。ただ空には、この状況が違和感でしかなかった。


 この世界の医療は、全て回復魔法で行われる。

 イメージを具現化する魔法では、現代医療で不可能と思われる事も、可能に出来るはず。しかし見る限り、治療の効果が明らかに弱い。何故、応急手当程度の処置しか行わないのか。


 それは、使用者のマナ量によるものなのか。それとも治療が出来る職員が少ないのか。人員不足は誰が見ても、明らかである。療養所から溢れ出る程の患者が、治療を待っているのだ。


 空は国境沿いの光景を思い返す。そこでも、単に傷を塞いだだけ、流れる血を止めただけの応急手当しかされていなかった。

 戦場で治療が簡易的なのは、治療施設が無いからだと思っていた。衛生兵を揃えていても、戦場ではやれる事に限りがあるだろう。

 

 ただ、問題は本当にそれだけなのか?

 人員不足が要因で、マナを節約する為に効果を低くしている。それならば理解は出来る。しかし魔法で治療をしているのだ、仮に応急処置であろうと、高い効果を与える事が出来るはずなのだ。

 待機患者が多いのは、職員不足だけが原因ではないと、空は感じていた。


 助けを呼ぶ声に、耐えられなくなっていた空は、職員の一人を捉まえる。そして、職員の前で頭を下げた。


「私に、手伝わせてください」

「君、回復魔法を使えるの?」

「はい、微力ですがお手伝いは出来ると思います」

「そう。なら、来てくれる?」

「わかりました」


 怪訝そうな顔をする事なく、職員はあっさりと頷く。そして、会話をする暇すら惜しいとばかりに、足早に廊下を歩いていく。空は職員の後に続き、治療室に入る。

 そして、治療室に入るなり、職員は言い放った。


「じゃあ、この部屋にいる人達に、回復魔法をかけて。よろしく」

 

 自分の持ち場に戻るのだろう。特に詳しい説明もなく、案内した職員は去って行く。疑問が残る対応に、首を傾げながらも空は呟いた。


「あの人、良く私に治療を任せたね。猫の手でも借りたい状況なのかな? 命を預かる場所にしては、対応が軽すぎだと思うけど」


 呟きながら空は、治療室内を見渡す。患者達は、比較的軽傷に見える。

 案内した職員は、何も考えずに空をこの治療室を担当させた訳ではないのだろう。多少納得した空は、回復魔法を順番にかけ始める。


 切り傷は瞬時に治り、捻挫も簡単に治療した。数十人の患者が待機していた治療室は、数分でからになる。その光景を、偶然見ていた一人の男が、空に近づき声をかけた。


「君、凄いね。ちょっと、こっちも手伝ってくれる」


 空は男に案内される最中に、疑問をぶつける。


「あの、失礼ですが、私の事を疑わないんですか?」

「あぁ、ここは特別な結界が施されていてね。害意が有る人間が、入り口を通ると警告が鳴る様になってるんだよ。君がどこの誰だか知らないけど、人手不足の状況では頼るに充分って事だ」 


 次に、空が連れて来られたのは、重傷者の集まる治療室であった。

 深い傷を負った者、四肢を失くした者等は、簡単な血止めだけして放置されている。ベッドを置くスペースが邪魔だと言わんばかりに、患者達は床に転がされている。

 誰もが痛みに耐えきれず、呻き声を上げていた。


 空は先ず、末梢神経に働きかけ、痛みを抑える事をイメージして魔法をかける。流石に失った四肢を復元させる事は、空に出来ない。

 しかし、患部の炎症を抑える事は可能で有る。傷や骨折程度なら復元も難しくは無かった。

 

 傷で抉れた箇所は、付近の真皮を増殖させ、抉れた箇所を埋めるをイメージする。骨折は、折れた箇所の適切な診断と、整復をイメージして魔法をかけた。


 次々と治療をしていく空を見て、院内ではどよめきが起き始めていた。

 無論、重傷者の治療を行っている場所である。空以外にも、職員は何人かいる。職員達と空では、明らかに効果が違うのだ。

 

 驚いていたのは職員ばかりではない。患者達からも驚きの声は上がっていた。彼らは一様に、常識を覆された様な表情を浮かべていた。


 驚く職員達に、どの様に回復魔法をかけているのか、空は尋ねる。返って来た説明の中に、空がずっと疑問に感じていた答えが存在していた。


 空は医学の知識に、精通している訳では無い。だが日本生まれという環境で、ある程度の基礎知識は持ち合わせていた。

 対してこの世界では、回復魔法という現象は、漠然と元の状態に戻すという解釈が一般である。その為イメージの大小で、魔法の効果が変わる。治療効果が出ない場合も有り得るのだ。


「そっか、この世界では医学の知識が、乏しいのね」


 所謂この世界は、回復魔法が有る為、医学知識に乏しい。簡単に言えば、痛いの痛いの飛んでいけで、傷も病気も治ってしまう。

 平時ならこれでも通用するのだ。ウィルス性の疾患であったり、軽度の怪我程度なら、容易に治せるだろう。しかし重症患者が大量に発生する中、効率よく治療を行うには、不十分と言わざるを得ない。


 これが、空の抱いていた違和感の正体で有る。そして治療に対する解釈の差が、歴然とした結果に表れた。

 遅々として進まなかった治療院の作業が、空を中心にして急速に回転し出した。


 何時間にも渡り魔法を使用し、空はマナが枯渇しかける。だが、それでも職員達から請われ回復魔法を使用し、使い方も教えていった。

 

 空は、自分のすべき事を実感し始めていた。それと同時に、力不足も感じていた。

 もっと、知識が有れば多くの人を救える。多くの傷を癒し、多くの病を治せる。

 その知識が、私には足りない。知識が欲しい。

  

 渇望を埋める様に、空は治療に没頭する。それは日が暮れても宿に戻らない空を、心配したペスカが治療院を訪れるまで続いた。

 ペスカが見たのは、治療院の中を駆け回る空の姿であった。


「空ちゃん、何してんの? もしかして、ずっと治療院の手伝いしてた?」

「うん。手伝い出したら、帰れなくなっちゃった」

「馬鹿なの? クラウスに言っておくから、宿に戻ろ。もうヘロヘロじゃない」

「うん。でも」

「でもじゃないの。帰るよ、空ちゃん」


 ペスカは、念話という魔法で、クラウスに連絡を取る。


「あのさぁ、クラウス。空ちゃんが、治療院で強制労働させられてんだよ。引き揚げさせるからね」

「申し訳ありませんペスカ様。治療院の所長には、きつく申し付けます」


 職員達が止める間もなく、空の手を引きペスカは、治療院を後にした。ペスカが空の顔を見やると、少し残念そうにも見える。


「空ちゃん。無理しない程度にだったら、明日からも治療院の手伝いが出来る様に、クラウスへ伝えとくよ」

「う、うん。ペスカちゃん。お願いしよっかな」

「でも、マナが枯渇するまで働いちゃ、駄目だからね」

「わかったよ、ペスカちゃん」


 軽く息を吐くペスカは、空の顔を見やると言葉を続ける。


「見に行くだけだと思ってたのに。アグレッシブになったね、空ちゃん」

「だって、あんな光景見せられて、そのまま帰れないよ」

「そんで、何か掴めた?」

「うん。私、日本に帰るよ。それで医大を目指す。医師免許を取ったら、ここに戻って来るね」

「そっか。それをお兄ちゃんにも、伝えてあげてね。多分、褒めてくれるよ」


 晴れ晴れとした空の顔をみて、ペスカは笑みを深める。宿に帰った空は、冬也へ日本に帰る決断と意図を伝えた。


「そっか。やっぱり凄いな空ちゃんは。絶対にまた会おうな」

「いやいや、それだけですか? 撫でるとか」


 冬也は少し顔を赤くしながら、空の頭を撫でる。だが空は、更に注文を加えた。

 

「確かフィアーナ様が、冬也さんのお母さんなんですよね」

「そうみたいだな」

「あの女神様って、冬也さんのお父さんに、連絡してましたよね」

「あぁ。そう言えば、糞親父がそんな事、言ってた気がするな」

「母親の女神様に出来て、冬也さんに出来ない事は、無いですよね」


 空の笑顔が冬也に突き刺さる。

 空は、邪神ロメリアに立ち向かっただけではない、互角以上に戦ったのだ。その内には、とてつもない強さを秘めている。冬也がたじろぐ程に。


「私が日本に帰っても、定期的に連絡下さいね。とうやさん」

「お、おう」


 満面の笑みを浮かべる空に、冬也は嫌だと言えなくなっていた。

 定期連絡の約束を、冬也からもぎ取った空は、翌日も治療院で働いた。数日も経たずに、空はエルラフィアの天使と呼ばれる事になる。

 いつの日かその天使は、ラフィスフィア大陸の医療に、革命を起こす一員となる。

 これは、一人の少女が起こす奇跡。始まりの物語。

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