それぞれの選択

第130話 空の選択 その1

 エルラフィア王国へ向けて車が走る。

 やり切った。持てる力を出し尽くし、全ての戦いを終えた。戦いの緊張が解けると共に、ペスカ達を襲ったのは猛烈な疲れであった。

 マナを極限まで超えて使ったのだ。それ以上に、神と戦う事がどれだけ精神的な負担を強いる。肉体的、精神的に疲労のピークを迎えていたペスカ達は、帰路の運転をクラウスに任せた。


 ペスカ、冬也、翔一がベッドで仮眠を取る中、ただ一人、空だけが目を開けている。空の頭の中では、女神フィアーナとのやりとりが、繰り返されていた。


 冬也は、日本には帰れない。ペスカも日本には帰らないと言う。冬也と離れたくない。無論、ペスカとも離れたくはない。

 日本と異世界ロイスマリアは、海外旅行気分で行き来は出来ないだろう。そうなれば、永遠の別れになる可能性だってあるのだ。二人と同じく残るなら、当然ながらこの世界で生きる事になる。

 ほとんど知らないのだ、この世界の事を。精々知っているのは、これまで通って来た場所だけ。知人すらほんの一握り。そんな場所で生きていけるのか。


 生活環境、文化が全く異なる世界に残るという事は、相応の覚悟が必要だ。

 邪神を倒して日本に帰る。その為に戦ってきたのだ。艱難辛苦にさえ耐えて来たのだ。気持ちを切り替える事など、簡単には出来ない。まだ将来の展望すら覚束ない状態で、決断など出来はしない。 


 目を瞑っても、寝れはしない。ベッドに体を預けても、休む事すら叶わない。

 空は体を起こし、ぽつりと呟く。それは無意識に出た言葉であろう。幼い頃から抱いていた想いから、出た言葉であろう。


「私も残ろっかな」


 荒地の中を走る車の音に遮られ、決して届かぬはずの言葉に、ただ一人だけが反応を示した。

 

「馬鹿言ってんじゃねぇよ、空ちゃん。学校はどうするんだ?」


 聞きなれた、ぶっきらぼうな言い回しである。しかしそれは静かに、そして優しく語り掛けて来た。

 ただ、その言葉を聞いた瞬間に、空の想いが溢れる。身勝手化もしれない、だが一時の感情では無いのだ。それは、まごう事無く空の本音なのだから。


「学校は止めます。ペスカちゃんや冬也さんがいない学校に行ったって、意味無いもん」

「意味が無い? ふざけてんのか? ちゃんと考えろ、空ちゃん!」

「だって」

「だってじゃねぇよ。それに、両親にはどう説明するんだ? 心配かけたままで良いなんて、思っちゃいないだろうな」

「それは・・・」

「空ちゃん、日本に帰るんだ!」


 反論したのは、想い人と親友を同時に失う寂しさ故であろう。だが冬也は、空を窘める。日本に帰れと言う。


 空は納得出来なかった。

 このままこの世界に残れば、当然両親は心配するだろう。寧ろ、今も心配しているに違いない。

 両親と想い人、両親と親友。天秤に掛けた物が重すぎる。全てを捨てて残れる訳が無い。


 空の心は、更に揺れた。同時に、冬也に対する怒りが膨れ上がった。

 ペスカちゃんは良いのに、私は駄目なの? 冬也さんは、私の事を何とも思ってないの?

 頑張って戦ってきたのに。頑張って守ったのに。あれだけ尽くしたのに。これでお別れなの? なんでそんなにあっさりと、帰れなんて言えるの?


 冬也の言っている事は、十二分に理解している。見返りなんて求めていない。

 だが、悔しかった。ただ、悲しかった。心が引き裂かれる気がした。空にとって冬也からの言葉は、別離の様に聞こえていた。

 

 そのまま空は口を噤んだ。そして、冬也は再び目を瞑る。無言のままに時間が過ぎ去り、エルラフィア王国へ入ろうとしていた。

 丁度その頃、翔一を最初に順に目を覚ましていく。


 そして、空と翔一を待ち受けていたのは、余りにも残酷な光景であった。

 戦場となた国境沿いでは、戦いが終わって数時間が経過しても、兵士達の応急手当が行われている。そして、手当が済んだ者から順に王都へ搬送されていた。

 

 手当を待つ兵士の呻き声は、至る所から発せられる。間に合なかったのだろう、所々で息絶える兵の姿もあった。

 足を失い、ライフルを杖代わりにして歩く兵士は、少なくなかった。両足を失って、動けずにいる兵士もいた。半モンスター化した兵士が、悲鳴を上げながら治療を受けていた。


 まだ生きているなら、ましなのだろう。

 乾ききれていない血が、至る所で池を作っている。苦痛に悶えて、最後を遂げたのだろう。悲痛な顔を浮かべた死体は、あちこちに転がっていた。

 どちらが敵か味方か判別すらつかない死体の山。それは善悪入り乱れた、戦いの結末であろう。


 スクリーンに映る映像は、戦争とは斯くも悲惨なものだと語っていた。空と翔一は、思わず吐き気を催した。言葉が出て来ず、顔を青ざめさせた。

 この世界に来て、モンスターやゾンビと戦ってきた。人間同士の凄惨な争いも見て来た。モンスターなら、気持ちの整理がつけられた。大陸東部の争いも、邪神の仕業と思えば耐える事が出来た。

 スクリーンに映し出される光景は、そのどれとも違った。     


 兵士の治療や搬送で、忙しなく指示を送り続けるシリウスの姿を見つけ、クラウスは車を止める。ペスカに頭を下げたクラウスは、車を降りてシリウスの下へ走っていく。

 だが空と翔一は、とても車から降りる気になれなかった。

 

「空ちゃん、これが本物の戦争だよ。わかる? 人と人が殺し合う事なんだよ」


 ペスカの声に、空は言葉を失ったままだった。


「マナがすっからかんの私は、何も彼らにしてあげられない。誰一人助けてあげる事は出来ない。空ちゃんは、助けられるの? 誰か一人でも、救えるの?」


 空は黙ってペスカを見つめる。そしてペスカは、言葉を続けた。


「兵士は、覚悟を持って戦う。自分の命を投げ出して、国や想い人の為に戦う。その気持ちは確かに尊いよ。だけど、結果はこれなんだよ。どれだけ大義名分が有っても戦争は結局、ただの殺し合いなんだよ」

「ペスカちゃん・・・」

「確かに今回はロメリアっていう、共通の敵がいた。ある意味メルドマリューネ兵は、犠牲者かも知れない。でもね、この中には家族どころから、国すら失った人達がいるんだよ。沢山の命を失って、ただ悲しいだけじゃ終われないんだよ。私達は、最前線にいたんだから」


 空の瞳からは、涙が零れ始めていた。


「空ちゃんは凄いよ。だってあのロメリアに立ち向かったんだもん。この世界の人が誰も出来ない事を、空ちゃんはやってのけたんだよ」


 空の涙は止まらない。様々な想いが胸に詰まる。


「お兄ちゃんが、空ちゃんを日本に帰そうとする意味をわかってあげて。フィアーナ様の神気が回復するまで、少し時間がある。ちゃんと考えて、答えを出して」


 ペスカの言葉に、空は直ぐに頷く事は出来なかった。

 ペスカの言う通り、マナが枯れ果てた今の空には、出来る事など何一つない。せめてこの結果は、ちゃんと受け止めなければならない。空は、そう感じ始めていた。


 負傷した兵士達に、回復魔法をかける姿を、空はしっかりと目に焼き付ける。暫くするとクラウスが戻り、車が再び王都へ向けて走り出した。

 その間、空は終始無言だった。ペスカと冬也は、敢えて声をかけなかった。空ならば自分で答えを出せると信じて。

  

 既に頭の中からは冬也への怒りは消え、空はひたすら考えていた。

 自分に何が出来る。何がしたい、何をしなければならない。

 直ぐに答えが、出るはずが無い。だが、今の自分をしっかりと理解しよう、開ける未来は、必ず有るはずだ。空は真摯に自分を見つめた。そして自己に問いかけ続けた。


 車内での生活は、淡々としていた。

 冬也は、空の答えを待つ様に料理を率先し、クラウスと運転を交代して行う。ペスカは敢えて、空と距離を置いた。

 言葉こそ発しなかったが、翔一にも思う所は有っただろう。そして兄をその手で殺したクラウスも。

 冬也に至っては、正式に神となったのだ。ペスカも遠くない未来に、神と認定されるだろう。

 

 戦いの終わりは、新しい未来の始まりでもある。ラフィスフィア大陸から、多くの命が消え多くの国が無くなった。

 やるべき課題は、山の様にある。これからが本当の戦いと言っても過言ではないだろう。

 ペスカ達はそれぞれの立場で、山積みになった課題に向き合おうとしていた。


 何日か過ぎて、車は王都に到着する。クラウスの手配で宿が用意されていたが、車は宿の前に停車す事は無く、王立魔法研究所に向かった。

 現在に行われている、旧メルドマリューネの兵士達の記憶植え付け。その成果を確認する為に。


 ペスカ達が、王立魔法研究所に足を踏み入れる。すると連絡を受けていたマルスが、飛ぶように建物から出て来た。


「ペスカ、やっと帰って来たか。冬也もいるのか、丁度いい。二人共早く来い、手伝ってくれ。人が足りんのだ」

 

 息を切らせながら、マルスはペスカと冬也に言い放つ。そして治療施設へ連れて行こうと、二人の手を引っ張った。


「ちょっと待てよ、マルスさん。何がしてぇんだよ」

「いいから、来てくれ冬也。こんな時は、お前の馬鹿みたいなマナが必要なんだ」


 冬也は少し力を込めて、マルスを止める。今は、ペスカと二人じゃなのだ。ペスカは、冬也の意志を汲み取り、空と翔一を見やる。ペスカの視線を感じ、マルスは問いかけた。


「そこの二人! 君らもペスカの連れなら、手伝ってくれんか?」

「駄目だよ所長。二人は、この世界の住人じゃ無いから、力になれないよ」

「そうか、ならお前達だけでいい。着いて来てくれ」

「マルス所長。私は後で行くから、お兄ちゃんだけ連れてって」

「わかった。冬也、行くぞ」


 マルスに引っ張られ、冬也は治療施設へ連れて行かれる。それを見届けたペスカは、空と翔一へ向かって優しく告げた。


「空ちゃんと翔一君は、宿で休んでなよ。あの様子だと、見学ですら邪魔になりそうだしね。もし暇なら、療養所に行ってみたら。翔一君はともかく、空ちゃんには必要な事だと思うよ」

 

 そう言い残すと、ペスカは建物に向かって歩き出す。空はペスカの言う通りに、療養所に向かう事にした。

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