第116話 首都へ向けて

 邪神ロメリアが、クロノスの洗脳を行い、魔道大国メルドマリューネが崩壊を始める。三百年に渡り、繁栄を続いていた大国は終焉を迎え、その国土は邪神ロメリアの領域となり、魔窟と化していた。


 邪神ロメリアの猛威に、神と人間、二つの勢力が対抗する。女神を中心に神々が大地を癒し、エルラフィア軍、三国連合軍が元メルドマリューネ軍を救おうと尽力していた。


 その中で、エルラフィア軍から離脱し、クラウスは単独で首都を目指していた。

 自走式荷車では、汚泥と化した大地を進むのに難が有る。しかしクラウスは、巧みに荷車を操り首都へ向かう。

 

 クラウスを突き動かすのは、喧嘩別れの様に、離れてしまった兄への想い。

 かつて緑に覆われた大地は、見る影も無く薄汚れ、空気は淀んでいる。生物が次々とモンスターとなり徘徊する。これは、決して兄の目指した国では無い。

 

 クラウスは今でも、兄のやり方に納得はしていない。

 人間を、あたかも人形の様に扱う姿は、理解が出来ない。例え大切な国民を守る為であっても、やってはならない。自分が領主として、民を導く立場に立ったからこそ、尚更それは強く感じる。

 兄が起こした戦争と大量虐殺は、決して許されてはならない事だ。だが、こんな荒廃を生むために、兄が半生を尽くしたはずが無い。

 もう、あの優しい兄は戻らないのか、邪神ロメリアのせいで。


 クラウスの頭には、まとまらない考えが渦巻いている。ただ、兄に会わなければ。その想いが、クラウスを盲目的に突き動かしていた。


 一方ペスカ達は、スクリーンに映る点で、クラウスの位置を捕捉していた。クラウスの向かう方向に、モンスターと思われる赤い点が群がっていく。


 ペスカ達は焦っていた。

 既にここは、旧メルドマリューネの中心部に位置する。神々が周囲から浄化を行っても、中心部には至っていない。

 不用意に息をすれば、異常化したマナを取り込み、体が変異するだろう。ただでさえ大地が汚泥と化し、進み辛いのだ。その上、モンスターを倒さなければ、首都に辿り着く事すら出来まい。


 クラウスの単独行動は、無茶にも程が有る。幾ら人と異なり、マナの保有量が多いエルフという種族であっても、途中でマナが尽きる。

 クラウスを回収する為、ペスカ達は車のスピードを上げていた。


「冬也、運転を代われ。ここからは、僕が運転する。冬也は力を溜めろ」


 スクリーンに映される異様な光景に、車内全員が気が付いている。ここは、もう普通の世界では無いのだ。だからこそ、邪神ロメリアに対抗できる手段として、翔一は冬也の力を温存させようとした。


「ペスカちゃんもだよ。ここからは、私達に任せて。ね、工藤先輩」

「そうだね。ペスカちゃんも休む事!」


 ペスカと冬也は、少し微笑んで頷く。空と翔一が二人に託す想いは伝わっていた。そして二人は、互いの役目を理解していた。

 邪神ロメリアを今度こそ止める。その為に戦い続けてきたのだから。

 

 二人が、ベッドに身を預けて目を閉じる。そして翔一は。極力モンスターとの遭遇を避ける様に、車を操った。来るべき戦いに向け、自分や空も力を温存するつもりであった。

 そして、数時間ほど経過した頃、空が声を上げる。


「工藤先輩、見つけました。多分、あの人です。今、スクリーンに映します」


 車のサイドスクリーンに拡大投影された人の姿に、二人は驚愕した。

 物凄い勢いで、モンスターを駆逐しながら真っ直ぐに突き進む姿は、まるで重戦車の様だった。しかし同時に、危うさも感じた。このまま戦いつづければ、城に着く前にマナ切れで倒れるのでは無いか。


 それは決して、杞憂ではなかった。

 奇妙な乗り物は、どうせペスカの発明だろう。だが驚くのはそこではない。乗り物を運転しながら、肩で息をしている。まるで、エネルギーを猛スピードで消費しているかの様に。

 進行方向を睨み過ぎたのか、目は充血している。時折、意識が遠のくのか、頭をふらつかせる様子も見える。

 既に限界なのだろう。いや、疾うに限界を超えているのかもしれない。


 間違いなくクラウスは、命を削りながら進んでいる。空は急いで、魔攻砲の発射席に座る。

  

「援護射撃するので、工藤先輩は車を近づけて」

「わかった、空ちゃん」


 クラウスに群がるモンスターを目掛けて、空は魔攻砲を撃つ。魔弾が数発放たれ、クラウスの周囲からモンスターが次々と姿を消していく。間髪入れずに、翔一は猛スピードでクラウスに近づいた。

 空は勢いよく車のドアを開ける。 


「クラウスさんでしょ? 早く入って下さい」

「君達は?」

「いいから早く!」


 こんな場所で、誰とも知らぬ相手に声をかけられたのだ。クラウスは、多少呆気に取られる。しかし、上部に取り付けられた魔攻砲で、誰が制作した乗り物かは、容易に予想が着いた。

 車に乗り込むと直ぐに、クラウスは問いかけた。


「君達は、ペスカ様の関係者か?」

「友達です。空って言います」

「僕は、翔一です。よろしくお願いします」

「あぁ、よろしく。それに助かった、ありがとう」

「ところで、ペスカ様はどこに?」

「後ろで寝てますよ。冬也さんも寝てます。起こしますか?」


 空はベッドを指さす。クラウスは少し見やると、軽く息を吐く。

 

「いや、結構だ」

「クラウスさんも、おやすみになって下さい。眠れなくても、横になるだけでも違うでしょ?」


 クラウスが少し逡巡していると、再び空から声がかかる。


「ペスカちゃん、怒ってましたよ。無茶し過ぎだよ、馬鹿って。これ以上、ペスカちゃんに怒られたく無ければ、横になって下さい。城には、私達が責任持って運びます。譲れない戦いが有るんでしょ?」


 クラウスには、返す言葉が無かった。空の言葉に従い、クラウスはベッドで横になる。

 確かに眠れはしない。目を閉じても、様々な考えが浮かんでは消える。

 

「眠れないなら、強制的に眠らせてあげるよ」

「ペスカ様? 起きてらっしゃったのですか?」

「大声出さない! お兄ちゃんが起きちゃう」

「申し訳ありません」

「その謝罪は何? 私の命令に逆らって、勝手にこんな所に来た事? 無茶をして戦いの前に、マナを空にしそうになってる事?」

「両方です」

「だったら、着くまで寝てなさい」

 

 ペスカからマナが放たれると、クラウスは眠りにつく。


「寝たのか?」

「お兄ちゃん、起こしちゃった?」

「気にすんな。あれだけバタバタしてりゃあ、仕方ねぇよ」

「お兄ちゃんも、寝かせてあげよっか?」

「余計な事を言わねぇで、お前も寝ろ。空ちゃんと翔一が、気を利かせてくれた時間だ」

「わかってる。おやすみ、お兄ちゃん」


 車は首都へ向かいひた走る。

 邪神ロメリアの下まで後少し。神々は更に神気を強め、大地の浄化を急ぐ。悲しい傀儡達を救おうと、兵士は戦う。

 高笑いを続ける邪神ロメリアに、三つの勢力が共に抗う。

 

「良いよ、良いよ、ゾクゾクするよ。あぁ、楽しみだ。あの生意気な面をどうやって、壊してやろうか。あぁ、とても興奮するね。希望の一手がいとも簡単に潰されたら、奴らはどれだけどん底に落ちてくれるんだろうね。あぁ、ワクワクするね」


 その声は、暗く低く城に響き渡る、世界の終末を希う声だった。

 邪神ロメリアは、これから始まる絶望の世界に想いを馳せて、笑みを浮かべた。

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