第106話 ペスカ達の決断

 ペスカ達は車内で安らかな寝息を立てていた。四人にとっては久しぶりの休息であった。それだけの戦いを続けてきた。


 アンドロケイン大陸で神二柱を倒し、ラフィスフィア大陸に渡ってから、戦い詰めの毎日だった。

 碌に休みも取れず全力で戦ってきた。領民を守り、モンスターを駆逐した。全てがペスカ達の功績ではない。だが紛れもなくペスカ達は、国と民が一丸となるきっかけを作った。

 

 大陸中央部で、ゾンビを駆逐した。

 勿論、女神の助けがあってこそ成し遂げた。しかしペスカ達が動かなければ、今頃は大陸中がゾンビに埋め尽くされていたかも知れない。

 

 いつだってペスカ達は、困難に立ち向かい、乗り越えてきた。困難の先に有る未来を掴み取ってきた。

 これは、次の戦いに向けての一時の休みであった。


 だが、その安らかな眠りを妨げる様に、通信機のベルがけたたましく鳴る。


「う~、うるしゃい。おに~ちゃん、出て~」

「うぁ? おぅ」


 眠い目を擦りながら、冬也が通信機を取る。通信機の先からは、捲し立てる様な声が聞こえてきた。


「ペスカ殿か? 聞こえてるのか? おい、返事をしろ? 聞こえて無いのか? 緊急事態なんだぞ!」


 寝起きにがなり立てられ、冬也は些か機嫌が悪かった。


「うっせぇな、喚くんじゃねぇよ! 誰だてめぇ!」

「その声は冬也か? 大変なんだ!」

「だから、うっせぇって言ってんだ! てめぇ誰だよ、ぶっ飛ばすぞ!」

「もう忘れたのか? サムウェルだ、サムウェル! 何日か前に会ったばかりだろ。冬也、ペスカ殿を出してくれ」

「何の用だ。俺が聞いてやる」

「仕方ない。冬也、ペスカ殿にちゃんと伝えろ。メルドマリューネが攻撃を仕掛けてきた。未知の兵器で一斉に都市を狙ってきたんだ。その上、軍が国境を超えて侵攻を始めた。今、ミーアがエルラフィアとの通信構築を急いでいる。直ぐにそっちにも行くと思う。連携をしないと、メルドマリューネは抑えられない」

「なげぇし、捲し立てんじゃねぇ! よくわかんねぇけど、ミーアさんってのがこっちに来るんだな?」

「くそっ、もうそれで良い! 通信が繋がったら足並み揃えて、反撃開始だ!」


 冬也は通信機を置くと、伸びをした。


「あ~、目が覚めちまった」


 冬也の独り言に反応する様に、ベッドでモゾモゾとペスカが体を動かす。そして半開きの瞼で、冬也を探し始めた。


「おに~ちゃん、うっさい。なんだったの?」

「サムウェルさんからだ。ミーアって人、知ってるか?」

「ミーアがどうしたの?」

「こっち来るって。通信がどうのって言ってたぞ。後、反撃がどうのって」

「はいはい。おに~ちゃんに伝言を任せちゃ駄目って、改めて分かったよ」


 溜息の代わりに、ペスカは大きな欠伸をする。そして小さく伸びをして、息を吐く。

 冬也の声が大きかったのか、空と翔一も目を覚まし、上体を起こす。


「みんな、起きちまったのか?」

「冬也さんの怒鳴り声のせいですよ」

「そうだよ冬也。みんな疲れてるのに」


 全員が目を覚ました所で、冬也は料理を始める。

 最近碌に調理が出来なかった為、余りぎみのオーク肉。それを使って、冬也は鍋を振るう。

 覚醒しきれていない三人は、食事の完成を待ちながら、朝の微睡を楽しんでいた。戦いの日々とは打って変わり、ゆったりとした時間が流れている。


 やがて、食欲をそそる香りが車内に充満する。そして三人の腹が、音を立て始める。

 久しぶりの冬也の手作り料理に、ペスカ達は舌鼓を打つ。そして心が軽くなっていくのを感じた。

 

「美味しいけど、寝起きにオーク肉は重いよ。お兄ちゃん」

「確かに美味しいけど、ポン酢が欲しくなるね。冬也の豚しゃぶ、美味しんだよな」

「そうそうって、呑気か~! 冬也さん、通信の件は急用じゃ無いんですか?」

「サムウェルさんか? 何か焦ってた感じだったぞ」

「空ちゃん、お兄ちゃんは伝言が出来ない駄目な子なんだよ。ミーアが来るって言ってたから、直接聞いた方が早いよ。って言ってる傍から、来たみたいだね」


 ペスカの言葉に、全員がスクリーンに目をやる。

 投影された地図の上で、青い点が猛烈な勢いで動いているのが見えた。その点は、数分程で現在地まで到着するだろう。

 やがて、車のドアを激しく叩く音がする。透過したドアの向こうでは、かなり慌てた表情の女性がいた。

 冬也がドアを開けると、堰を切った様に、車内に飛び込んで来る。


「ペスカ様。緊急事態です」

「ミーア、落ち着いて。何が有ったの?」


 息を切らせたミーアは休む事無く、皆に委細を説明をした。

 謎の兵器が降り注ぎ、都市を破壊した事。魔道大国メルドマリューネが、国境を越え侵攻した事。予想以上の事態に、四人は顔を青ざめさせた。


 ペスカ達が束の間の平穏を過ごせたのは、ここが既になにも存在しない旧帝国周辺だからであろう。魔道大国メルドマリューネの目的を鑑みれば、この一帯は攻撃対象とはなり得ない。

 ペスカ達が、魔道大国メルドマリューネの攻撃に気がつかなくても仕方がない。

 ただ、万が一の対策も容易していたはずなのだ。その対策が進んでいれば、被害を少なく出来ただろう。


「ミーア、結界は?」

「ペスカ様から頂戴した魔石を組み込だ結界は、正常に働きました。東の都市はほぼ無傷ですが、エルラフィアは結界の設置が間に合わず、都市の約半分が消滅。恐らく、南方の三国は全滅かと思われます」

「マジかよ! それにペスカ、謎の兵器って・・・」

「多分、聞いた感じだとミサイルだろうね。それと黒幕はロメリア。やっぱり、メルドマリューネと繋がってたか」

「ペスカちゃん。呑気に言ってる場合じゃないよ。ピンチじゃない!」

「そう言われてもね~!」


 ペスカは、腕を組んで考え込む。


「エルラフィアとグラスキルスの対応は?」

「両国共に現在、軍を再編中です」

「サムウェルは何て言ってるの?」

「ペスカ様のお考え次第で、今後の方針を決めるとだけ、仰ってました」


 ペスカは珍しく逡巡していると、冬也が声を張った。


「ペスカ! 戦争はしない。お前を人殺しにはさせない!」

「お兄ちゃん・・・」


 ペスカは冬也を見つめた。

 事はそう簡単では無い。それは、冬也以外の全員が理解していた。

 だが、冬也は言葉を続ける。


「いいかペスカ! 人の命は軽く無い、重いんだ! 戦争は人を殺す覚悟の有る奴がやるんだ。殺した人数が多ければ英雄になれるなんて、道理は間違ってる! 殺した分だけ、背負う気概が無ければ、戦っちゃ駄目だ!」


 冬也の言う事は至極もっともだ。ペスカ自身がそれを良く理解していた。しかし、戦力が落ちきった所を、相手は狙ってきたのだ。

 これまで、どれだけ大切な命を失ってきたか。守りたかった命は、自分の手が届かない所で簡単に失われる。もう、見知った人達を、みすみす殺させたりしたくない。助けてやりたい。


「ペスカ。お前が世界を託した人達を信じろ! クラウスさん、シリウスさん、モーリスさん、ケーリアさん、サムウェルさん。みんなを信じろ! 俺達は、俺達にしか出来ない事をするんだ!」


 冬也が告げた名前は、かつての地獄をペスカ共に生き抜き、後の世を託した弟子達である。正に今、彼らを中心に大陸が一つになろうとしている。

 ペスカは暫くの間、目を閉じていた。そして、ゆっくりと目を開くと、全員に告げる。


「私達は、メルドマリューネの首都へ向かおう」

「親玉をぶっとばすのか?」

「そう! メルドマリューネの親玉をぶっ飛ばして、戦争を止めさせる。その後、ロメリアをぶっ飛ばす。いいね!」


 ペスカは空と翔一に視線を向ける。二人は共に、深く頷いた。


「そういう事だからミーア、サムウェルにはよろしく伝えてね」

「承知しました。ですが、閣下のご命令ですので、通信機の新調をさせて頂きます。エルラフィアとグラスキルス、ペスカ様の三か所で、直接通信が可能となります。例えペスカ様達が、遊軍として本拠地を落とそうと、連絡手段は必要でしょう」

「ありがとう、ミーア」


 通信機を付け替えると、ミーアは車を去る。そして、ペスカ達は車を動かした。

 目指すは、魔道大国メルドマリューネの首都。世界の命運をかけた、ペスカの旅が再び始まった。

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