第105話 国を作った一人のエルフ

 数万発のミサイルを大陸の各国に向けて発射した。エルラフィア王国とグラスキルス王国へ、同時に大軍を送り込んだ。大陸に住まう人々を一瞬にして大量に殺し、尚も殺戮の手を止めようとしない。


 混沌勢と呼ばれる神々により、混乱を来す大陸に更なる悲劇を齎す国。その国の名は、魔道大国メルドマリューネ。

 国王が存在せず、一人のエルフが指導者として君臨している、エルラフィア大陸でも稀有な国である。ラフィスフィア大陸の北部に位置し、広大な国土を有する。しかし四分の一は、氷に覆われている。

 かつてそこは、神の恩恵が届かない、打ち捨てられた地域だった。


 神の恩恵が乏しいその大地は痩せ、碌な作物が育たない。人々は飢え、少ない食料を奪い合って暮らしていた。そこでは、乳児死亡率が極めて高く、例え成長しても平均年齢が二十歳を切る程に低かった。


 そこは犯罪を犯した者が、捨てられる場所。

 国を追われた者が、行き付く墓場。

  

 国としての体裁を持たず、ただ集落がある。その地域で生き残れるのは、奪う力を持つ者だった。


 だが、それは一人のエルフによって変化を齎していった。

 クロノス・メルドマリューネ。

 彼の氏を取って国が作られ、絶対的存在として君臨し続けるエルフ。


 クロノスは生まれながらに、強大なマナを保有していた。強大な魔法の才は、保守的なエルフの中で危険視され、疎まれながら育ってきた。


 しかしクロノスは、どれだけ疎まれても仲間を愛する子供だった。自然を愛する子供だった。才に溺れず、決して努力を怠らない子供だった。

 だが、同時に幼くして真理を悟る者だった。世界の成り立ちを、神々の行動を知る者だった。

 

 そして彼には、血を分けた弟がいた。その名はクラウス・メルドマリューネ。

 クロノスは、弟クラウスをとても可愛がった。魔法を教え、倫理を教えた。生きる術と知識を教えた。


「いいかクラウス。何が正しいかを考えなさい。そして力は正しい事に使いなさい」


 クラウスは、兄を尊敬していた。必死に兄から知識を吸収し、いつか兄の役に立ちたいと切に願っていた。 

 だがクロノスはある日突然、全てを捨てラフィスフィア大陸に旅だった。真理を悟る故、己の力を必要とする者達の下へ赴いた。


 クロノスは、ラフィスフィア大陸の北部に辿り着くと、荒れ地で育つ作物を普及させて、人々を飢えから解放した。魔法を持って病を治し、死亡率を下げていった。

 

 やがてクロノスの下に人々が集まっていく。それは国へと変わっていく。

 クロノスは、諍いの無い世界を目指して教育を施した。法を定め、人々の管理を始めた。


 彼が目指したのは、平和な世界。

 誰もが飢える事無く、争う事無く、幸せを享受出来る世界。人々が笑い合い、未来に夢を輝かせる事が出来る世界。


 およそ百年をかけて、クロノスは豊かな国を作り上げた。

 魔法で管理される、極めて快適な都市を作り上げた。同時に農業にも力を入れた。

 土壌管理から生産迄、魔法で一括して行う、画期的なシステムを作り上げた。


 それは、誰もが平等で安全に暮らせる国、彼の思い描く理想の楽園だった。だが、クロノスの想いを裏切ったのは、人間だった。

 

 豊かになった人間は、怠惰となり富を独占し始める。そして、羨む他国から侵略を受ける。

 それでもクロノスは諦めなかった。人間を信じていた。クロノスは、人間達の為に尽くした。


 だが、諍いは絶える事が無かった。


 どれだけ法で縛っても、どれだけ教育を与えても、人間から欲望が失われる事は無かった。それ故に戦いが消える事は無かった。

 

 そしてクロノスは理解した。


 人間の欲望は、未来を切り開く大きな力となる。同時に身を亡ぼす、災いとも成り得る。

 己の為に世界が有る。人間達は根底に、そんな傲慢が宿している。それが大きな間違いである。生きとし生ける者全てが、この世界の為に存在しているのだ。 


 クロノスは少しづつ変わっていった。

 人間に価値を見出せなくなっていった。彼の純粋さは、人間によって歪められた。


 人間の好き勝手に、奪わせない。

 自分の作り上げた、この楽園を壊させない。


 そしてクロノスは、軍備強化に力を費やし始めた。

 人間に徹底し、魔法の教育を施した。

 才の有る者は、全て兵士として働かせる。才の無い者は農奴となるか、都市機能を動かす為、マナを絞り出す燃料となる。

 

 人間は、世界に安定を齎す為の道具。人間は等しく、世界を維持する動力源。それ以外に価値は無い。

 人間に徹底的な洗脳を施し、更に二百年をかけて国を大きくした。

 こうして歪んだ国は出来上がっていった。

 

 今から数十年前、兄を追い海を渡ったクラウスは、変わり果てたクロノスと対面する。

 人を道具として扱う兄、軍備を強化し戦う事を是とする兄に、クラウスは驚愕した。そこには、かつて平和と仲間を愛する兄、慈悲深い兄の姿は無かった。

 

「兄貴。三百年の間に何が有った。何でそんなに変わってしまった」

「クラウス。人間は愚かだ。人間はこの世界を滅ぼす害悪だ。だから、私が管理しなくてはならん」

「間違ってる。兄貴、本当に人間は害悪なのか? 昔の兄貴はそんな事、言わなかった」

「それは、私がまだ知らなかっただけだ。人間の本性は悪鬼の類だ」


 クラウスは二の句が継げなかった。

 

「クラウス、お前は見ただろ。私が作り上げた国を。全ては魔法で管理され、飢えも病気も無い世界だ。貧富の差が無い平等の世界。最も人間が安全に暮らせる世界だぞ。私が管理しなくては、成り立たん理想郷だ」

「ならば、なぜ武力を欲するのだ?」

「それは、我が理想郷を脅かす者達がいるからだ。誰にも奪わせたりはしない」

「兄貴は、何を目指しているんだ?」

「私の目標は、この大陸全てに理想郷を広げる事だ。争いの無い平和な世界を築き上げるのが、私の使命だ」


 クラウスは信じた。あの優しかった兄が戻る事を、聡い兄が真の意味で平和を求める事を。

 だがそれは叶う事無かった。やがてクラウスは、兄の下から去る。そしてクロノスは激怒した。その怒りは、ペスカに向く。


「おのれ小娘。我が家族を奪った不逞の輩を、いつか成敗してくれる」


 その想いは叶う事無く、ペスカの策略で停戦協定が結ばされる。

 クロノスの怒りは更に募る。ペスカが病で倒れた報せを聞いた時は、地団駄を踏んで悔しがった。


「あの小娘は、私が殺すはずだった。病如きで倒れるとは。おのれ、おのれ、おのれ~!」


 天を突く様な、クロノスの怒りに引き寄せられ、影が現れる。それは大陸を破滅へ誘う、悪魔の囁きであった。

  

「あの娘は、いずれ君の前に再び現れるよ。僕が手を貸してあげるよ」

「貴様の様な、邪悪な存在に力を借りる気は無い。失せろ!」

「あえて、僕が君の国にモンスターを放たなかった意味を、理解してないのかい?」

「貴様は邪神であろう。この国で力を振るえると思うな」

「確かにこの国の人間達は、嘘みたいに感情を失くしてるね。だけど、君は違う。あの小娘を憎いと思わないのかい?」

「憎いに決まっている」

「だったら、手を組むべきだと思うよ。僕が手を貸せば、より君の理想に近づく事になる」

「ふん。貴様は何を求める?」

「僕はただ遊びたいだけさ。少し厄介な事に、神々に目を付けられ始めてね。いざとなったら、匿って欲しいんだよ」

「それに応える代わりに、貴様は何を対価とする?」

「そうだね。君の手伝いかな?」

「よかろう。手を組んでやる。約束を違えるなよ」

「君もね、相棒」


 その約束は、果たされる事になる。

 背信が確定した邪神ロメリア達を、クロノスは神の目が届かない場所に匿った。その対価として、邪神ロメリアは近代化学兵器の知識を授けた。


 二十年の時を平安な時を壊す様に、混沌の神達が大陸を荒らしまくる。そして遂に長い沈黙を破り、クロノスが動き出した。

 大量のミサイルを、大陸全土に降らせ、都市を破壊しつくす。そして、鍛え上げた軍隊を持って侵攻を開始する。


 これはクロノスの描く、平和な未来の幕開け。それは同時に、人間達の絶望の幕開けとなった。

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